彼と彼女の朝
朝起きて目の前に人の顔がドアップで存在していた時どう反応するだろうか。
私の場合はふにふにした肌色の肉の塊がなぜか横たわっているという微妙にグロテスクな情景にまずギョッとする。寝起きだからね。そして心臓が早まって、脳に血が行き渡った頃にやっと眼前の事実にそれはないだろう自分で自分にツッコミ現実を認識する。
そしてそれを認識できたとき、私はどうしたらよいのだろうか。
……固まるしかないだろう。
目の前には長いまつげをふせたキレイな顔が横たわっており、息がかかるほどその距離は近い。
いつも見ている青い目が見えないせいなのか、人懐っこい表情が消えうせ、どうにもやっぱり置物のようである。
抜け出そうと試みるも力の差は歴然。胸を両手で押し返すことすら、上手いこと押さえ込まれているのでできない。腕すら自由に動かせない状態にため息をつきそうになるもこの距離ではその息づかいですらカイトを起こしそうで、グッと息を詰める。顔がお互いぶつからないようにじりじりと少しずつ身じろぎして自分の顔をカイトの胸あたりまで下ろそうと試みた。自分の胸が息で上下するにしても目の前の人物の身体に抱きしめられてるので呼吸すらまともにできていない。もう少し力を緩めてくれないだろうか。そしてとりあえず顔ゴッツンが起きそうもない場所まで避難して、今何時だろうか、とハタと思い出す。
しかし窓はこの部屋に存在しないので今の時間帯すらわからない。しかし窓がないと気分が落ち込みやしないだろうか。
空気はシンとして、肌を刺すような寒さが耳を冷やす。乾燥した空気がこの部屋を占めていた。喉が渇くような冬の空気。けれど逆に体温がものすごく近くにあるのでそれ以外は温かい。むしろ少し暑いくらいである。その上なんとか脱出しようとしたその熱量も加算されている。
この状態に甘えて寝たら何かが色々終わってしまう気がしたので、今度は土這うモグラのように抜け出そうとするも、さらに身体をきつく締められ余計にどうしようもない状態に行き着いてしまう。
……どうしてくれようか、この男。
と動きが完全に封じられて、カイトは何をもってこうしているのかと不思議に思う。意外と寝相が悪いのだろうか。
自分の身体がすっぽり収まるように抱えられ、改めて女性と男性の身体の違いが分かる。その上筋肉がバランスよくついた身体は脂肪が少なく柔らかくない。これ以上強く抱かれたら痛そうである。
――カイトの腕が自分の身体に回っていることにどうしようもなく安堵感がする。そしてじわりじわり…と身悶えするような感覚が走る。
カイトの腕や熱や鼓動の音を直に感じて乱れた息と情緒のぶれを押さえる。そして今更ながら女としても危機感を抱く状況下なのではないかと思い当たるも、いや、この人なら他にもわんさかより取り見取りだと思い直す。
(……このままベッドに横たわって目を閉じたら絶対寝る)
目をしっかり開けてみた。けれど何の音もない沈黙の中で時間が過ぎることに退屈を覚え、更に温かい布団とカイトの腕の中にいるせいで抗うこともできず、結局最後には目蓋がおちそれと一緒に芽衣の意識はいつのまにかとろりと眠りに落ちていった。
***
泥のように眠ったおかげで、寝落ちない程度に睡眠を摂取したカイトは、ガバリと上半身を起こす。
すると、ころりと軽いものが脇に飛び出る。そこには白い脚が寝台に無防備に投げ出されている。
芽衣の脚である。彼女にはぶかぶかの大きいシャツから出たむき出しの素足が目に入る。靴下やタイツのような下着でさえぎられる事のない生脚。
カイトにとっては朝から目に毒な光景であった。
「……なんつうシチュエーション。まるで事後……いやいやいや。
何言ってる俺。ていうか何でまだ居る」
シャツの下にはちゃんと芽衣も服を着ているのだが、パッと見はシャツ1枚に見えるので彼には知るよしもない。
次の仕事に取り掛かるために氷水のような温度の水で顔を洗い、寝ぼけた顔をシャンとさせる。
今、何時だっけ。朝四時くらい……? とガシガシと頭をかいてジャケットを手に取る。
既に夜は明けて日はまたいでいる。のに芽衣は存在している。
とはいえ俺にはどうしようもない。今後の身の振り方をどうしたらいいのかについて陛下への追加報告リストへと新たに刻んだ。芽衣はこちらに来てから既に丸一日が過ぎていることを知ったらどうするだろうか。
泣くか、喚くか、呆然とするか……それとも無反応か。
「……とりあえず、おやすみ芽衣」
とそれを聞いてないであろうベッドの上の彼女に挨拶を残し、カイトは部屋を後にした。脚が納まるように布団を彼女にかけ直してから。
今彼女を起こして一緒にその問題を考える余裕は彼にはなかった。




