真夏の夜の夢
芽衣さんトラブルなう。
ひたひたひたと大理石の床を裸足で壁伝いに歩いて行く。
これは夢なんだろうか? それにしてはなんだかひやりと嫌な予感がする。
オレンジを基調としたの石造りの高い天井に所々にある高そうな調度品が時々視界の端に映る。
まぁ、私の場合オチもバッチリついた設定の細かい夢を見ることも多いし、お金持ちの豪邸という設定の夢もありかもしれない。そして窓からは綺麗な夜空が見えている。月明かりのお陰でほんの少しだが明るい。
しかし、それにしては視界が広い。いつもはその瞬間瞬間を斜め上から俯瞰するような感じで周りの様子が見えるのに。これは起きている時と変わらない視界だ。しかも服が寝巻きって…足が素足なのでなんだかとても心もとない。夜なので見張りのみで皆寝静まっているようだ。けれどさっき角から頭だけだして覗いて見た大きな通路のところには騎士服を着た男性が扉の前に立っていた。誰もいないというわけではないようだ。
なんだか夜に少しの明かりが廊下の壁にほんのちょっとずつ申し訳程度にしかついていないので、前に進むのにも苦労するような暗闇が怖い。
ひたひたひた、シュルリと足首を何かが通る。
―っ!!
危ない。うっかり悲鳴を上げるところだった。今のは猫?
いや、何かわからないものがいるというのは余計に不安に拍車をかけるものだ。ここから離れよう。今すぐに。ドキドキドキと心臓の音がとても響いているような静寂。
何でー!? 私ホラーテイストの夢なんてよっぽど弱ってる時しか見ないわよー!!
いつもなら、そのへんで明かりがついたり、夜目が聞いたりするようになるようなご都合主義な展開にすぐなるのに…。もう! 私幽霊は怖くないけど真っ暗なのは苦手なんだってばー!
そう、昔忍者屋敷に小さい頃入ったのだが、それがとても暗くて手探りで探って進むしかないし脅かし役もタイミングを見計らってしかも遠慮なしにしかも怖がっていそうな人を狙い、また機械仕掛けの人形も斧を目前にズダン! と下ろすというキツイものもあって、もう忍者屋敷何だか、お化け屋敷何だかで、とにもかくにもすごかった。
かなり気合が入っていたようで、30分間歩き通してやっと出口にたどりつくという代物であった。それはとても心臓に負荷がかかる芽衣にとってすごくながーい体験であった。納涼効果バッチリだ。申し分ない。しかも相方の女性の友達はスタスタと歩いてしまい。こちらを笑っている始末で(彼女は緊張なんてここ十年したことないそうだ)そして何かにつかまることも出来ず早く出ようと足早になんとか己を奮起して終わらせたのである。もう二度と入りたくない……。
ああ、あの時と同じ感覚…。しかもこの場合いつ終わるのかが分からないのが余計に精神的に負担であることは間違いない。
もうこの際手当たり次第にドアを開けてしまう?
でも中に誰かいるかもしれないし…。と考えながらもとりあえず手近な扉の方へ向かう。
そしてそっと耳を扉につけて中の様子を窺う。
風の音くらいしかしない。足音はゼロ。とりあえずほんの少しだけ空けてみよう。
そぉっと片目だけをすき間に入れて視線を中に走らせる。
「…………。」
――誰もいないようだ
なんというか懐かしいというか慣れ親しんだ匂い…。
机に載った、カサリとした紙の感触。
もしかしてここ図書室? うわーいいなぁ。家に本だけの部屋があるなんてー!!
でも電気ついてないし。物色なんてできそうもないなぁ…。
しかし長い夢。それにもう少しいつもは展開速いのよね。移動時間なんてほぼ録画していたDVDのCMスキップ機能並みに早いってのに。
うあー棚が沢山…。図書館とは違って通路が狭い。なんていうかそう、高校の図書館みたいな。こじんまりした感じ……。まぁそれよりは立派な棚にふかふかのじゅうたんだけど。掃除大変そうだなー。
ひょいと一冊抜き取ってみる。だけど暗くてそこに本があるということしか認識できそうにない。
はぁ、とため息をついていると、ガタリと物音がする。びくり! と反応するもどこに隠れたらいいのかわからない。だって下手したらどこかの棚に頭をぶつけてもおかしくないくらい足元がおぼつかないのだ。しかもこんな格好……家でなければ許されない、私的に。
光がだんだんこちらに近づいてくる――もう駄目! きっと見つかって不審者扱い。悪くすれば殺される!
暗闇に慣れた目にはランプの光は私にはまぶしすぎるなと思っていると。
「―ひっ! え、あ、ほんが、本が浮いてるーーーー!!!」
ドタドタドタ… ガシャン! と、物音を立てて男が逃げ出す。
バタンとドアが勢い良く閉まる。
――は?
もしかして…私見えてないってこと? なにその聞き覚えありすぎる便利能力…。
でもまさか……、だからって他の人を探してまた確認するのもリスクが高すぎる。
まぁ、もしかしてとは思った。でもそうは思いたくはなかった。だってこんなところに布の服に木の棒の初期装備にすら劣りそうなこの状態で放り出されてどうしろっていうのよー!!(絶叫)
それに唯一の助けであろうカイトがこの建物の中にいるとは限らない。さらに下手すれば彼にすら私は見えないかもしれない。ここで誰にも知られずに骨になっていくのか……。
~~~っう もうやだぁ……。
とその場にへたり込む。だけど頭の一番冷静な部分はここにいたら先刻の人が誰か呼ぶかもしれない、だからここから離れた方がいいんじゃないかと告げる。
四つんばいになってさかさかと不恰好にさっきの扉になんとか寄っていく。
硬く立派な造りの扉にたどり着いて一息つく。
そして少しずつズッと音を立ててゆっくり扉を開ける。
そして、そこからそろそろと離れてどこかの廊下の隅にうずくまる。
――これからどうしよう。
ここから外に出るのは“ナシ”だ。裸足だし、それに街灯もない道を歩くのは無鉄砲通り越して無謀だ。車は存在しているかわからないがそれに順ずるものの可能性は否めない。あとは治安の良さの程度もわかっていない。あちらからは見えていないかもしれないとはいえ、女の夜の一人歩きも危ない。うあー、八方塞りというか時間が経ったらこれ戻れるのか? 怖いなー。
あー。カイトずるい。私も誰か助けほしいぜ こんちくしょうめ!
とつい心の中で悪態をついてしまう。ていうか今思うとカイトってかなり強運?なんじゃ…。
とりあえず動くか、ここで還る時間になるまで待ってみるか…
動いても止まってもどちらが吉なのかはまずは御覧じろ、か。
――動くか。ここで座っててもなんかとっても落ち着かない。なんというか鳥のホーホーという音しか聞こえないって…。ははは。
とりあえず扉を開けていこう、立派過ぎるのはきっと大広間とかだろうし避けて避けて…。
――っ! 小指打ったー! 痛い…。
のたうち回ることも出来ずにその場でうずくまって堪える。くっそう、二度目はないと思え。
ちょこちょこちょこと少しずつ進んでいく。
あれ? ここ扉がない。通り抜けられる? でも廊下とはまた違った感じ通路っていうか。
かさかさと少しずつ進んでいくと
ガチャンと何かにぶつかったと思うと大きめの物音。
「うひゃあ!?」
カランカランカラン……と何かが転がっているような音。だけどその後には静寂が流れた。
誰もいない、な。よかった…。
「あー。これボウルだ…」
多分料理用の…ということは厨房か。よし! なんか食べるもの頂戴しよう。いつ戻れるかわからないし、このあとここに戻れる気がしない。だってここのお屋敷広そうだ。私は地図なしでは無理。
とりあえず戸棚を物色~♪ 小さな戸棚の奥にカギつきの箱。だけどなんというかアレみたい。
ああ、保冷バックみたいな…。というか中身は食べ物だね、きっと。
ピンは寝る時さしてないし、代わりになるものっていうと…。
あ、ポケットの中に手品用ハンカチが。
何故だ! と皆様きっと思うことであろう。しかし弟に昨日教えてもらって寝る前にベッドの上でちょこちょこと練習していたのだ。やー。彼方ありがとう! お姉ちゃん頑張る!!
実はこのハンカチには針金が仕込んであったりする(ネタバレだったらゴメン)
カチャカチャと針金を鍵穴に差し込んでサクサク鍵を開ける。
よし。というかカイトと付き合ったお陰で手癖が悪くなりつつあるな……。
(いや、俺の所為じゃねえよ……)
んーっと。これはパイかな? 何のだろ? まぁ厳重に仕舞ってあるんだし誰かのとっておきのおやつかな。すいません緊急事態なんで許してください。また来れたら(もう来たくないけど)何かお詫びの品持ってきますので。というか法学部生的には犯罪は絶対NGなんですけどね。
ですがこの際は仕方ない、のかな? よくは絶対ないけど…
まぁ、まず一口
んー? アップルパイかな。うん、美味しい…。
へぇ酸味があんまりなくて食べやすいし生地もまだサクサクだ。甘いものって癒される……。
どこかの誰かさんありがとうございます。少し回復致しました。
あ。飲み物欲しいな。水場くらいはあるよね。えーっと。あー水道はないのか。
まさか井戸じゃなかろうな…。それだったら果実をさがすか。きっとその辺に一つくらいはあるだろ。
お。発見。なかなか幸先いいじゃないか。と山済みになっている果実から二つほど拝借しそのうちの1つを皮を手でむいて齧る。んー柑橘系。でも少し苦いな
うん。食料もゲットしたし次いこう。
なんだか、少しお腹が膨れると思考もだんだん落ち着いてきている気がする。神経が切れそうな感じはもうしない。まぁ、真っ暗闇にはまだ慣れないけど。
ひたひたと歩いて行くそのうち階段に突き当たった。
2階あるのか? 行ってみるか
ペタリと手で確認する。これも石造りか。全体の構造が石中心なのか地震きたら崩れるのかな、これ。一段一段最初は丁寧に上がっていたが、だんだん面倒くさくなってさくさくと登っていく。
2階に出ると、左は突き当たり右はまだ廊下は続いているようだ。
まずは左。すこし頑丈そうな金属の扉。ぐっと足をつかって踏ん張り力のかぎり押す。だけど音が出来るだけならないようにゆっくりと。
息苦しい。蒸気のせいで前が見えない、暑い。ここに長居したらマズイ。脱水症状で死ぬ
何とかドアに手探りでたどり着いて廊下に慌てて出る。そしてそこにへたり込む。
「あ”-。」
よかったオートロックじゃなくって…というかその可能性も考えなきゃだったわ。今度から戸に何かしら挟んでおこう。たぶんあれはボイラー室だろうな。あーびっくりした。うっかりで死ぬとこだったわ。息を深呼吸して整える。こんな時こそ大げさに丁寧に。
よし、進めー!と次は右側の廊下を歩くとまた扉がある。
(失礼しまーす)
と内心謝りながらも扉を開ける。今回のは何か質素な感じの扉だ。
トコトコと足をどこかにぶつけないように気をつけながらゆっくり歩く。
奥のほうまで歩くとふわっとしたものが足に当たる。
これ、シーツ? ここリネン室だ。ということはタオルもある感じかな。
ポフンとその場に倒れる。あぁ、疲れた。まだ還れないのかな。というかまだきっと数時間経った程度だろう。もう本当に1日バイトよりも疲れる。
うーあー。お日様の香りだぁ。ちゃんと毎日干してるのか手がちゃんと行き届いてるな。しかし本当にどうしよう。ここで朝まで待つか。朝になったら良くも悪くも回りが見える。これ以上動き回ってもここ以上のいい場所もきっとみつからないだろ。人の気配がしたら部屋の隅にすぐ隠れよう。
うん。そうしよう。
朝になったら…。何が必要だ? 食料は一つだけだがあるし、まずはここがどこか…情報だ。図書室に戻れるといいんだが。というか朝になったら人も増えるし容易にはいかんだろな。
あとは頼むの綱のカイトがみつかったら最高なんだけどねー、無理かな、むりで す よ
ね……
チュンチュン チチチチ…
「朝か。」―むくりと上体を上げる。
なんか身体いたい。それに少し肌寒い。布団はないのか…。
ん?
そういえばトリップしたんじゃなかったっけか?
目が急激に覚める。周りに人の気配はない、か。というかここって…
“私の部屋”だ。
よかった。本当に良かった戻ってこれて…! それに私の部屋で本当に良かった。
外だと絶対補導されてるか、変な輩に絡まれるかだったよ!
マジで神様仏様ありがとう! いるか分からんけど。
「…………眠い。」
とりあえずベッドに戻って寝よう。考えるのはまずそれからだ。
ころりとポケットから丸い物体が転がり、爽やかな香りが鼻につく。
あぁ、今日はもう閉店です。




