↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界の森のレストラン  作者: 海和 喜助


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/13

 銅貨三枚ぶんの仕事

第7話 銅貨三枚ぶんの仕事


「塩は、小袋で銅貨三枚ほどだ」


 ガレスが卓へ並べた銅貨は、どれも形が少しずつ違っていた。縁が欠けたものもある。ユータは一枚を借り、指で裏返した。


 麦の穂と、横顔の王冠。


 見知らぬ国のお金だった。


「……俺、一枚も持ってないんです」


「物と交換する商人もいる。だが、相手が欲しがらなければ話にならん」


 ユータは残りの灰麦粉を見た。これを手放せば、今日の夕食が減る。


 ガレスは急かさず、銅貨を財布へ戻した。


     *


 出発したのは、日が木々の上まで昇ってからだった。


 巡回へ戻るガレスと分かれ、教わった東の道を進む。目印は二股の巨木と、崩れた石柱。ユータは曲がるたびに振り返り、帰りに見える景色を覚えた。


 りんは落ち葉へ鼻を埋め、突然、横へ跳んだ。


 青い背中の蛙が、草むらへ消える。


『はっぱが、うごいた』


「俺もびっくりした」


 笑ったあと、二人とも少し足を速めた。


 一時間ほどで水音が太くなり、木々の向こうに川が開けた。対岸へ張られた綱に、平たい渡し舟がつながれている。岸辺には天幕が七つ。魚と獣脂、濡れた縄の匂いが混ざり、荷車の軋む音が絶えなかった。


 人のいる場所だ。


 ほっとしたのも束の間、腰に剣を下げた男と目が合い、ユータは視線を落とした。


 りんの背へ指を触れさせてから、塩を積んだ露店に近づく。


「何か、仕事と交換してもらえませんか」


 商人はユータの細い腕を見た。


「荷運びなら足りてる。買わないなら、そこを空けてくれ」


 悪意のない声が、かえってこたえた。


 元の世界なら、財布を出すだけだった。ここでは料理人だったという言葉さえ、信用の足しにならない。


 引き返しかけたとき、焦げた魚の匂いがした。


 隣の天幕で、太い腕の女性が焼き網を持ち上げている。革の前掛けには鱗が貼りつき、赤い髪を包んだ布が汗で濡れていた。


「また黒焦げだ。薪が悪いのかね」


 網の下では炎が魚を舐めていた。


 ユータは足を止めた。


「あの。火を少し落としたら、どうでしょう」


 女性の眉が上がる。


「腹の中がまだ生なんだよ。落としたら余計に焼けないだろ」


「身を開いて、厚さをそろえれば。一本だけ、試させてもらえませんか」


 言ってから、喉が乾いた。


 断られたら、今度こそ帰ろう。


 女性は少し考え、桶から銀色の魚を取り出した。


「失敗したら、皿洗いで払ってもらうよ」


     *


 魚は『銀瀬』という川魚だった。


 貸してもらった小刀で腹を開く。内臓を傷つけないよう取り、血の残った背骨の際を丁寧に洗った。布で水気を拭い、厚い背の身へ浅く刃を入れる。


 女性がその手元をのぞき込んだ。


「ずいぶん、慣れてるね」


「……これは、やってきたので」


 薪を端へ寄せ、炎の下にあった赤い熾火を均す。


 塩を振った魚を網へ置くと、しばらくして、ちりちりと皮が鳴り始めた。


 ユータは待った。


 焦って返すと、皮が網へ残る。縁が白くなり、身が自然に離れるところを見て裏返した。


 落ちた脂が炭に触れ、香ばしい煙が細く上がる。


『いいにおい』


 足元でりんが鼻を上げた。


「今、すごく大事なところだから」


「誰に言ってるんだい?」


「……自分にも」


 女性が初めて笑った。


 焼けた魚を木皿へ移す。皮は薄い飴色、切り目からは透明な汁がにじんでいた。


 女性は端を割り、白い身を指でつまんだ。


 皮が、ぱり、と小さく砕ける。


 続いて、ふっくらした身が歯の間でほどけた。


「……甘いね」


 もうひと口。今度は皮と身を一緒に取る。


「いつもの魚なのに。塩も同じなのに」


「焦げる前に、中まで火を通せたからだと思います」


 女性は骨の間の身まで拾い、空になった皿を見つめた。


「マルタだ。昼の舟が着くまで、手を貸せるかい」


 ユータは思わず顔を上げた。


「はい」


「賃金は銅貨三枚。食事つき。小刀は返すこと」


 胸の奥が熱くなった。


 何か答えようとして、声が詰まる。代わりに深くうなずくと、マルタは次の魚を差し出した。


 仕事が終わるころ、りんは骨を除いて冷ました魚を食べ、満足そうに口の周りを舐めていた。


『ユータ。おしごと、できたね』


「……うん」


 掌の銅貨三枚は、魚の脂で少し滑った。


 ユータはそれを握り直し、隣の塩の露店へ向かった。今度は、値段を聞くために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。