↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界の森のレストラン  作者: 海和 喜助


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/13

朝の戸口と、灰麦の焼き餅

台風が31号までできたんですって


 扉を叩く音で、ユータは目を覚ました。


 体を起こすと、背中が痛んだ。かまどの火は灰に埋もれ、窓の隙間から白い光が差している。


 朝になった。


 それだけのことが、胸にしみた。


 りんはすでに扉の前にいた。閉じた戸の下を嗅ぎ、ユータを振り返る。


『きのうの、かたいひと』


「……鎧の人か」


 椅子をどかし、扉を細く開けた。


 ガレスが立っていた。朝露を吸った濃緑の外套。その下には、鉄の小板を革紐で綴った胴鎧が見える。肩の縁は擦れて白く、頬には剃り残した髭があった。


 昨日の切っ先を思い出し、ユータの指が戸板を強くつかむ。


 ガレスはその手を見た。何か言いかけて口を閉じ、腰の剣から手を離した。


「昨日の食事代だ」


 差し出された布袋には、茶色がかった粉が入っていた。


「灰麦粉。詰所の支給品だ。俺たち三人の取り分から持ってきた」


「……もらっていいんですか」


「借りたままは落ち着かん」


 ぶっきらぼうな口調だった。ユータは袋を受け取り、ようやく扉を広く開けた。


     *


 泉へ水を汲みに出ると、小屋の周囲が昨日よりよく見えた。


 屋根を覆う黒い苔。足元に半ば埋もれた敷石。その先には、森へ続く道らしい窪みがある。道の両脇を若木が塞ぎ、昔の幅をかろうじて残していた。


「ここ、前は何だったんですか」


「荷継ぎ小屋だ。国境が今の位置になる前は、商人が通った」


 ガレスは窪みの先を見た。


「今は道を使う者も少ない」


 ユータは水桶を持ち直した。誰も来ない店の戸口に、看板だけ立てようとしていたのかもしれない。


「それでも、来てくれた人はいたわけだ」


「見回りのついでだ」


 答えが早かったので、ユータは少し笑った。


 小屋へ戻り、粉を指で擦ってみる。粒は粗く、殻も混じっている。パンにするには性質を確かめたい。


 まず少量に水を加え、練った。


 まとまりはするが、伸ばすと端が裂ける。


「なるほど。今日は薄くしすぎないほうがいいな」


『きょうは、なに?』


「焼き餅。うまくできたら」


 昨日の赤根を煮て潰し、ひとつまみの塩を混ぜる。生地で包み、掌で平たく整えた。


 かまどには細い薪から火を育てる。鉄鍋を温め、最初は小さな生地の切れ端を置いた。


 焦げるのが早い。


 薪を一本引き、鍋の位置をずらす。


 見慣れないかまどでも、熱の強さは生地が教えてくれた。


 焼き餅を並べると、しばらくして麦の香りが立った。裏返した面には、細かな茶色の斑点がついている。


 仕上げに少量の湯を注ぎ、皿を伏せて蒸し焼きにした。


 じゅう、と鳴る鍋を、三人で見つめた。


「……それだけ待つのか」


「中まで火を通したいので」


「待てないとは言っていない」


 ガレスの横で、りんが律儀におすわりをしていた。


 蓋代わりの皿を外す。


 膨らんだ焼き餅を割ると、薄い湯気の奥に橙色がのぞいた。表は香ばしく、中はしっとりとしている。


 ガレスは大きな手で受け取り、端を噛んだ。


 かり、と焼けた皮が割れる。その下の生地はむちりと歯を受け止め、赤根のねっとりした甘さが広がった。


 男は口を閉じたまま、しばらく動かなかった。


「……砂糖を入れたか?」


「赤根だけです」


 もう一口。今度は中身を逃さないよう、反対の手を添えた。


「支給の粥と、同じ粉とは思えん」


 ユータも食べてみる。殻のざらつきは残っていた。けれど、その素朴な麦の匂いが、甘い赤根によく合った。


「次は粉を少しふるってみたいな」


『つぎも、これ?』


「気に入った?」


 りんは冷ました小さな一切れを食べ終え、皿を見てからユータを見た。


 わかりやすい返事に、頬が緩んだ。


 ガレスは最後の欠片を口へ入れると、外套の内側から小包を取り出した。


「これも、三人分の礼だ」


 中には白い塩の塊があった。


 ユータは思わず棚の壺を見る。底に残った塩は、あとわずかだった。


「これ、どこで買えますか」


「東の渡し場だ。ただし、魔族の村へ食料を渡したと知られれば、売り渋る商人もいる」


 温まっていた胸に、冷たいものが触れた。


 ガレスは返事を待たず、炭を拾った。卓の端に板を置き、泉と沢、それから東へ延びる道を描く。


「道は教える。買い物は、お前が決めろ」


 ユータはまだ白い塩を掌に乗せていた。


 たったひとつまみで味が変わる。それを手に入れるまでに、人の顔色を読む必要がある。


「……まず、値段から教えてもらえますか」


 ガレスは初めて、少しだけ口元を緩めた。

うちの柴犬がかわいすぎ。

すいません。

いつもありがとうございます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。