↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界の森のレストラン  作者: 海和 喜助


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/13

魔族の村と、月色の粥

よろしくお願いします!

 

 鍋をくわえたりんを先頭に、一行は境界の森を進んだ。


「こぼすなよ」


『だいじょうぶ』


 直後、木の根につまずきかけたりんを見て、ユータは鍋を受け取った。


『だいじょうぶだったのに』


「汁が一滴減った」


『りんのぶん?』


「みんなの分だ」


 リゼが小さく笑う。その横でガレスは剣から手を離さず、森の奥を警戒していた。


 やがて木々の間に、黒い石壁が現れた。見張り台から角を持つ男たちが弓を構える。


「人族を連れてきたのか!」


「弟を助けてくれたの。この人たちは敵じゃない!」


「人族の言葉など――」


「その話は後だ!」


 ユータの声に、全員が黙った。


「病人はどこですか」


     *


 薄暗い家の寝台に、十歳ほどの少年が横たわっていた。


「ノア」


 リゼが駆け寄る。


 少年の頬は赤く、息は浅い。腕には森裂きの爪痕が残っていた。薬草の汁を塗ると、荒かった呼吸が少しずつ落ち着いていく。


「姉ちゃん……おなか、すいた」


「すぐ何か持ってくる」


「でも、固いものは食べられない」


 ユータは家の台所を見回した。


 壺の中には黒い粒の穀物。干した赤い根菜と山羊の乳、それに小さな鳥の卵が三つ。


「これ、使っても?」


 リゼの母親らしい女性が、不安げにうなずいた。


 黒い穀物を布で包み、瓶の底で軽く砕く。鍋に残った牙猪のスープへ加え、弱火でゆっくり煮た。


 ふつ、ふつ。


 固い粒が熱い汁を吸い、次第にふっくら開いていく。細かく刻んだ赤根を加えると、土のような甘い香りが立った。


「その白いのも入れるの?」


「少しだけ。味を丸くする」


 山羊乳を注ぐと、琥珀色のスープが柔らかな乳白色へ変わる。最後に溶き卵を細く流し入れた。


 黄色い卵が、月明かりのようにふわりと広がった。


 塩をひとつまみ。


 木匙ですくい、何度も息を吹いて冷ます。


「急がなくていい。ひと口ずつな」


 ノアは粥を口へ含んだ。


 とろりと煮えた穀物が舌の上でほどける。牙猪の旨味を山羊乳が優しく包み、赤根の甘さがあとから広がった。ふわふわの卵は、噛む力さえ要らない。


「……あったかい」


 少年の喉が、こくりと動く。


「もうひと口」


 リゼが目元を拭いながら、粥を運んだ。


「おいしい?」


「うん。姉ちゃんの料理より、ずっと」


「元気になったら覚えてなさい」


 泣きながら怒る姉を見て、ノアが笑った。


 その様子を、入口に立つ魔族と人族の兵士たちが黙って見守っていた。


 ガレスが鼻をすすり、顔を背ける。


「煙が目に入っただけだ」


『たべたいだけ』


「犬に何がわかる!」


 りんの言葉は聞こえないはずなのに、返事だけは妙に噛み合っていた。


 ユータが残りの粥を器へ分けると、魔族たちの警戒は湯気と一緒に少しずつ薄れていった。


 帰り際、リゼが小さな袋を差し出した。中には黒い穀物と赤根が入っている。


「お礼。それと……また料理を教えて」


 見上げる赤い瞳に、ユータの胸がわずかに鳴った。


「もちろん」


 外ではガレスが、魔族の見張りと同じ鍋を挟んで座っていた。


「今度は肉を多めにしろ」


「人族は遠慮を知らないのか」


 二人とも口では争いながら、器だけは空だった。


 境界の森へ戻ったユータは、石造りの小屋の扉に一枚の板を立てかけた。


 炭で書いた文字は、たった二つ。


『食堂』


 最初の客が誰になるのか、そのときはまだ誰も知らなかった。

ありがとうございます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。