剣を置かせる香り
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第3話 剣を置かせる香り
扉の外には、三人の兵士がいた。
先頭の男が長剣を抜き、ユータへ切っ先を向ける。
「退け、少年。その娘は魔族の密偵だ」
「違う! 私は薬草を採りに来ただけ!」
リゼがユータの背後から叫んだ。
「境界を越えた魔族の言葉など信じられるか!」
兵士が踏み込んだ瞬間、りんがユータの前へ出た。
低い唸り声とともに、額の紋様が金色に輝く。空気が重く沈み、三人の剣が一斉に震えた。
『ユータ。このひと、かんでもいい?』
「駄目。絶対に駄目」
「その犬と、何を話している?」
「しつけの最中です」
男が怪訝な顔をした、そのとき。
頭上で枝が折れた。
黒い影が降ってくる。四本の腕と鎌のような爪を持つ、巨大な猿だった。
「森裂きだ! 散れ!」
兵士たちが剣を構える。だが一人が爪を受け、地面へ転がった。
「りん!」
柴犬の小さな体が跳んだ。
空中で森裂きの鼻先へ前足を一発。
どん、と腹に響く音がして、巨体が地面へ叩きつけられた。りんはその背中に着地し、尻尾をひと振りする。
『かんでない』
「うん。そこは偉い」
森裂きは這うように逃げ、木々の奥へ消えた。
静まり返る中、リゼが倒れた兵士へ駆け寄る。
「触るな!」
「このままでは毒が回る!」
彼女は腰袋から青白い葉を取り出し、噛み潰して傷口へ押し当てた。
「私の弟も、森裂きに襲われた。これが必要だったの」
先頭の男は剣を下ろさなかった。しかし仲間の顔色が戻るのを見て、握る手から力が抜けた。
ユータは小屋へ引き返すと、温め直した鍋へ残りのパンと肉を足した。刻んだ香り草も散らす。
ことこと、と優しい音が鳴る。
肉の脂と麦の甘い香りが、開いた扉から流れ出した。
「話をするなら、何か食べながらにしませんか」
「こんなときに飯だと?」
ぐう。
兵士の腹が、立派な返事をした。
リゼが口元を押さえる。
「……人のこと、笑えないけど」
結局、全員が小屋の中に座った。
深皿へ注いだ熱いスープは、牙猪の旨味で琥珀色に濁っている。兵士の男は警戒しながらひと匙すすった。
「熱っ……!」
眉をしかめて息を吹き、もう一度。
柔らかく煮えたパンが舌の上でほどける。肉の濃い旨味を吸った生地から、噛むたびに熱い汁がにじみ出た。
「なんだ、これは……うまい」
隣の兵士は無言で匙を動かしている。傷を負った男まで、青い顔のまま器を抱えた。
「生き返る……」
『おかわり』
りんが空の皿を前足で押し出した。
ユータは苦笑し、最後の一杯をよそう。
先頭の男は剣を壁に立てかけた。
「国境隊のガレスだ。娘を信じたわけではない。だが、薬草を届けるまで監視する」
「それでいい」
リゼは答え、ユータを見た。
「あなたも来て。弟に、そのスープを食べさせたい」
「鍋ごと運ぶのか?」
『りんがもつ』
「どうやって?」
りんは鍋の取っ手をくわえ、得意げに胸を張った。
その姿を見て、リゼと兵士たちが同時に笑う。
人族と魔族が初めて同じ食卓を囲んだ小屋には、剣ではなく、食器の触れ合う音が響いていた。
ユータは煤けた壁を見回す。
ここを綺麗にして、机を増やしたらどうだろう。
誰でも温かい料理を食べられる場所にする。
その考えはまだ、胸の中に灯った小さな火にすぎなかった。
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