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境界の森のレストラン  作者: 海和 喜助


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2/13

硬いパンと、ほどける警戒

今日もよろしくお願いします

「……人間の食べ物は、いらない」


 少女の言葉とは裏腹に、視線は鍋から離れなかった。


「そっか。じゃあ、火だけでも当たっていって」


 ユータは椅子を引き、泉の水で濡らした布を置いた。少女は迷った末に腰を下ろしたが、短剣は膝に残した。


 焼いた肉を皿へ移す。途端、ぐう、と先ほどより大きな音がした。


 少女が腹を押さえる。


 ユータは聞こえなかったふりで、皿を差し出した。


「余分に焼いちゃったんだ。手伝ってくれると助かる」


「……嘘が下手」


「接客は修業中でね」


 少女の口元が、ほんの少し動いた。

 彼女は肉を一切れつまみ、用心深く口へ入れた。


 ぴたり、と指が止まる。


 焼けた表面を噛み破ると、閉じ込められていた肉汁が舌を包んだ。猪らしい力強い旨味。そのあとから、脂の甘さがじんわり追いついてくる。


「……なに、これ」


「塩焼き」


「牙猪って、臭くて、噛み切れなくて……」


 言い終える前に、もう一切れ。


「筋を避けて、繊維を断つ向きで切ったんだ。焼きすぎないように――熱いから、ゆっくりな」


 少女は何度もうなずいた。その間も頬は忙しく動いている。


 空になった皿を見て、今度こそ困った顔をした。


「私、お金……」


「代わりに、この辺のことを教えてくれないか。俺、道に迷ってて」


「こんなところで?」


 少女は呆れ、それから腰の袋を外した。


「なら、これも使って。私の夕飯」


 出てきたのは、石のように硬い丸パンだった。

ユータは受け取って表面を指で叩いた。


「立派な音がするな」


「三日前は、もう少し静かだった」


 思わず笑った。


 鍋には、肉の焼けた茶色い旨味がこびりついている。余分な脂をよけ、水を注ぐ。


 じゅわっ、と白い湯気が立った。


 木べらで鍋底をこすると、透き通った水が琥珀色に染まっていく。


「その葉っぱは?」


「香り草。干し肉の臭み消し」


 一枚ちぎって嗅ぐ。清々しい、柑橘に似た香りだった。


 少量を加え、薄切りの肉にも火を通す。最後に割ったパンを沈めた。


 かちかちだった断面が汁を吸い、ふっくら膨らむ。


 少女は木匙でひとすくいし、息を吹きかけた。


 唇に触れた途端、目が丸くなる。


「パンが……柔らかい」


 噛むと麦の甘みがほどけ、染み込んだ肉の旨味があふれる。香り草の爽やかさが鼻へ抜け、次のひと匙が欲しくなる。


 少女は器を両手で抱えた。


「お腹の中まで、あったかい……」


 その声から、ようやく棘が消えた。


「私、リゼ」


「ユータ。こっちは、りん」


『おかわり』


 ユータは肩を跳ねさせた。


「……まだ慣れないな、それ」


『まえから、いってた』


「前から?」


『ごはんって』


 五年間の鳴き声を思い返し、ユータは額を押さえた。


「だいたい予想どおりだった……」


「誰と話してるの?」


 リゼには聞こえていないらしい。


 説明しかけたとき、りんが顔を上げた。戸口を見つめ、低く唸る。


 リゼの指が、再び短剣へ伸びた。


「追ってきたんだ」


 外で鎧の擦れる音がした。


「魔族の娘! 出てこい!」


 リゼが立ち上がる。置かれた器には、まだ湯気が残っていた。


 ユータはその器を見て、火のそばへ戻した。


 せっかく温まった手が、また震えている。


「……まず、話を聞こう」


 りんを足元に伴い、ユータは戸口へ向かった。

本当にありがとうございます

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