硬いパンと、ほどける警戒
今日もよろしくお願いします
「……人間の食べ物は、いらない」
少女の言葉とは裏腹に、視線は鍋から離れなかった。
「そっか。じゃあ、火だけでも当たっていって」
ユータは椅子を引き、泉の水で濡らした布を置いた。少女は迷った末に腰を下ろしたが、短剣は膝に残した。
焼いた肉を皿へ移す。途端、ぐう、と先ほどより大きな音がした。
少女が腹を押さえる。
ユータは聞こえなかったふりで、皿を差し出した。
「余分に焼いちゃったんだ。手伝ってくれると助かる」
「……嘘が下手」
「接客は修業中でね」
少女の口元が、ほんの少し動いた。
彼女は肉を一切れつまみ、用心深く口へ入れた。
ぴたり、と指が止まる。
焼けた表面を噛み破ると、閉じ込められていた肉汁が舌を包んだ。猪らしい力強い旨味。そのあとから、脂の甘さがじんわり追いついてくる。
「……なに、これ」
「塩焼き」
「牙猪って、臭くて、噛み切れなくて……」
言い終える前に、もう一切れ。
「筋を避けて、繊維を断つ向きで切ったんだ。焼きすぎないように――熱いから、ゆっくりな」
少女は何度もうなずいた。その間も頬は忙しく動いている。
空になった皿を見て、今度こそ困った顔をした。
「私、お金……」
「代わりに、この辺のことを教えてくれないか。俺、道に迷ってて」
「こんなところで?」
少女は呆れ、それから腰の袋を外した。
「なら、これも使って。私の夕飯」
出てきたのは、石のように硬い丸パンだった。
ユータは受け取って表面を指で叩いた。
「立派な音がするな」
「三日前は、もう少し静かだった」
思わず笑った。
鍋には、肉の焼けた茶色い旨味がこびりついている。余分な脂をよけ、水を注ぐ。
じゅわっ、と白い湯気が立った。
木べらで鍋底をこすると、透き通った水が琥珀色に染まっていく。
「その葉っぱは?」
「香り草。干し肉の臭み消し」
一枚ちぎって嗅ぐ。清々しい、柑橘に似た香りだった。
少量を加え、薄切りの肉にも火を通す。最後に割ったパンを沈めた。
かちかちだった断面が汁を吸い、ふっくら膨らむ。
少女は木匙でひとすくいし、息を吹きかけた。
唇に触れた途端、目が丸くなる。
「パンが……柔らかい」
噛むと麦の甘みがほどけ、染み込んだ肉の旨味があふれる。香り草の爽やかさが鼻へ抜け、次のひと匙が欲しくなる。
少女は器を両手で抱えた。
「お腹の中まで、あったかい……」
その声から、ようやく棘が消えた。
「私、リゼ」
「ユータ。こっちは、りん」
『おかわり』
ユータは肩を跳ねさせた。
「……まだ慣れないな、それ」
『まえから、いってた』
「前から?」
『ごはんって』
五年間の鳴き声を思い返し、ユータは額を押さえた。
「だいたい予想どおりだった……」
「誰と話してるの?」
リゼには聞こえていないらしい。
説明しかけたとき、りんが顔を上げた。戸口を見つめ、低く唸る。
リゼの指が、再び短剣へ伸びた。
「追ってきたんだ」
外で鎧の擦れる音がした。
「魔族の娘! 出てこい!」
リゼが立ち上がる。置かれた器には、まだ湯気が残っていた。
ユータはその器を見て、火のそばへ戻した。
せっかく温まった手が、また震えている。
「……まず、話を聞こう」
りんを足元に伴い、ユータは戸口へ向かった。
本当にありがとうございます




