↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界の森のレストラン  作者: 海和 喜助


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/13

持ち寄った夕食

第12話 持ち寄った夕食


 応援の兵は二人だった。


 長柄の槍と捕獲用の網を持ち、沢沿いの道から現れる。若い兵士は縛られた森裂きを見て息をのみ、次にサナの角へ目を止めた。


「隊長。魔族が、なぜここに」


 サナの杖を握る手が、わずかに動いた。


「小屋の件で話していた。襲われたのは全員だ」


 ガレスが答えた。


 若い兵士は口を閉じたが、槍を持ち直した。その仕草にリゼが一歩下がる。ユータは何か言いたくて、言葉を選んでいるうちに機会を逃した。


 魔獣が身じろぎし、網の金具が鳴る。


 まず、目の前の危険を片づけなければならなかった。


     *


 兵たちは網を重ね、敷石脇の太い木へ魔獣をつないだ。


 ガレスは槍で腕を押さえながら、食い込んでいた古い縄を調べる。折れた木片には穴があり、黒い繊維が深く噛んでいた。


「荷車の部品か?」


 年長の兵士が尋ねた。


「まだわからん。切らずに残す。詰所から檻車を回してもらおう」


 ユータは戸口から見ていた。


 森裂きの胸は速く上下している。人を傷つける爪を見れば、近寄りたいとは思えない。けれど、北を向くたびに体を縮める理由は、知りたかった。


『あっち、ほかのにおいもする』


 りんが鼻を鳴らす。


「何の匂い?」


『とおい。まだ、わからない』


 ユータは北の木立を見た。


 葉の間は暗く、奥行きがつかめない。あそこへ確かめに行くことを想像しただけで、喉が狭くなった。


 ガレスへ伝えると、男は森を見渡した。


「お前たちは入るな。村にも、北側へ近づかぬよう知らせてくれ」


 サナがうなずいた。


「帰りは沢沿いに回る。村の見張りにも話すよ」


 ガレスは若い兵士へ詰所への伝令を命じ、年長の兵士と外の見張りを交代した。


     *


 檻車を待つうち、空の色が薄い灰色に変わった。


 サナとリゼを帰す前に、もう一度道の安全を確認することになった。小屋の中で待つ三人の耳にも、外の網が擦れる音が届く。


「かまど、借りてもいいか」


 見張りを交代して入ってきた年長の兵士が、袋を開いた。


 土のついた小ぶりの芋が三つ。それに、布で包んだ硬いチーズ。


「夕食だ。俺と伝令の分。戻ってきたら、食わせてやりたい」


 ユータは芋を手に取った。


「これは、普段どう食べますか」


「畑芋だ。茹でるか、灰へ埋める。皮も食える」


「少し手を掛けても?」


 兵士は疲れた顔で笑った。


「うまくなるなら頼む」


 芋を洗い、皮ごと茹でる。


 待つ間にチーズを削ると、刃の下で薄い欠片が割れた。少し味をみる。塩気は強いが、その奥に乳の濃い香りが残った。


 串がすっと通った芋を取り出し、湯気を逃がす。


 兵士が手を伸ばしかける。


「もう食えるんじゃないのか」


「食べられます。あと少しだけ」


 ユータは布を当て、芋を掌で平たく潰した。


 鉄鍋へチーズを少量散らす。弱い火で温めると、縁に脂が浮き、乳の香りが香ばしく変わり始めた。


 その上へ芋を置く。


 じりじり、と細かな音が鳴った。


 リゼがかまどの横へしゃがむ。


「それ、焦げてない?」


「端が茶色くなったくらいで返す」


 木べらを差し込む。鍋から離れた面には、薄い飴色の膜が張っていた。


 戻ってきた若い兵士は、戸口で足を止めた。


 視線の先は、まだサナだった。けれど鼻が一度、鍋のほうへ動いた。


「チーズ焼き芋です。熱いうちにどうぞ」


 年長の兵士がまず受け取った。


 噛むと、焼けたチーズの膜がぱりっと割れる。その下から、ほくほくした芋が崩れた。皮の土っぽい香りに、濃い乳の旨味。塩を足さなくても、芋の甘さが舌へ広がる。


「……これは、酒が欲しくなるな」


「勤務中だぞ」


 外からガレスの声がした。


 兵士は口いっぱいのまま、肩をすくめた。


 若い兵士も食べ始める。ひと口で急いで飲み込みかけ、思い直したように、二口目はゆっくり噛んだ。


「この焦げたところ……もう少し、ついててもいい」


 リゼが笑いかけ、彼と目が合う。


 二人とも、すぐに視線を外した。


 年長の兵士は大きな芋を割り、調理代だと言ってユータへ半分差し出した。許しを得て少しずつ分ける。りんには、焼く前に取っておいたチーズなしの欠片を冷まして渡した。


『みんな、ちがうにおい』


「お前のは、それ」


『しってる』


 わかっていて言ったらしい。


 ユータが笑ったとき、表から車輪の音が近づいてきた。


 若い兵士は残りの芋を口へ入れ、槍を取った。サナの前を通る際、一瞬立ち止まる。


「沢の曲がり角までは、俺が先に見ます」


「頼むよ」


 サナは静かに答えた。


 ユータは空になった鍋を見下ろした。底に残ったチーズの薄皮を木べらで集めながら、今の短いやり取りを、何度も思い返していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。