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境界の森のレストラン  作者: 海和 喜助


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13/13

仕入れ係は鼻が利く



 檻車が森裂きを載せて去ると、小屋の前には深い轍と、削られた敷石が残った。


 サナとリゼも、兵士に付き添われて村へ戻った。


 ガレスは最後まで残り、窓の掛け金を確かめた。


「明日の朝、また来る。北へは入るな」


 ユータはうなずいた。聞きたいことはいくつもあったが、男の目の下にも疲れが見えた。


 その夜、りんは扉の前から離れなかった。


 ユータが呼ぶと、顔だけを振り返る。


『ここが、いい』


 仕方なく毛布代わりの上着を戸口へ運んだ。隣へ座ると、りんはようやく横になった。


     *


 翌朝、ガレスが持ってきたのは、小屋の許可ではなかった。


「北の巡回を増やすことになった。詰所の炊事も手が足りん。昼飯の支度を手伝う仕事はできるか」


「できます」


 答えてから、ユータは棚を見た。


 塩はある。しかし灰麦粉はほとんど尽き、野菜もわずかだった。


「材料は……」


「詰所のものを使う。働いた分は払う。まず一度、来てくれ」


 胸が軽くなった。


 次の食料をどうするか、昨夜は考える余裕さえなかったのだ。


 支度を始めたところで、りんがガレスの靴を嗅いだ。


『おにくの、あしあと』


「肉?」


「なんだ?」


 ユータが聞き返すと、ガレスは靴底を見た。


「南の草地を通ってきた。二角兎ならいるが」


 りんの尻尾が持ち上がった。


 ユータはその顔を見て、最初の牙猪を思い出した。


 りんは獲れる。


 けれど、あの巨大な肉を持て余した自分には、まだ獲ったあとの備えがなかった。


「兎なら、二人で食べ切れますか」


「一頭ならな。南は今朝も見た。詰所への道沿いだ」


 ユータは空の籠を手に取った。


「途中で、少しだけ寄ってもいいですか」


     *


 南の草地は、小屋から歩いて十分ほどだった。


 低い灌木の間に朝露が光り、森の縁だけが黒く湿っている。ガレスは風下で足を止めた。


「草を見ろ。踏まれた筋がある」


 ユータには、最初はただの草むらにしか見えなかった。


 しゃがむと、細い道のように茎が倒れている。その先で、りんの鼻が忙しく動いた。


『いる』


「俺から見えるところでな」


 言い終える前に、茶色の影が跳ねた。


 耳の根元に、小さな角が二本。


 兎は鋭く向きを変え、灌木へ飛び込もうとした。


 りんが走った。


 草の上を白茶の体が滑り、一瞬だけ、額が金色に光る。


 短い物音がして、草が静かになった。


 ユータは息を止めていた。


 りんが戻ってくる。くわえた兎は、もう動いていなかった。


『とった』


 誇らしげな声だった。


 ユータは膝をつき、受け取った。温かく、思っていたより重い。


「……ありがとう」


 首筋を撫でると、りんは目を細めた。


 食材だった。それと同時に、さっきまで草の中を走っていたものだった。


 ユータは兎を籠へ納めた。


「ちゃんと、使うからな」


     *


 詰所での仕事を終え、小屋へ戻ったのは昼過ぎだった。


 受け取った賃金は銅貨四枚。次の炊事の約束もできた。兎は詰所の作業場を借りて処理し、肉を清潔な布へ包んで持ち帰った。


 骨は夕方の汁に、皮は乾かしておく。食べ切れないほど獲らずに済んだことが、ありがたかった。


 今日は、二角兎の串焼きにする。


 肉の筋を外し、厚さをそろえる。塩を振ったものと、りんの分を分け、削った枝へ刺した。


 かまどの薪が熾火になるまで待つ。


 炎へ直接当てず、串を少し離して構えた。


 表面が乾き、やがて薄い焼き色がつく。小さな脂の滴が落ち、じゅっと鳴った。


 鶏にも似ているが、もっと野の草を思わせる香りがする。


 ユータは串を返した。


『まだ?』


「今、返したばっかり」


『こっち、もうやけてる』


「反対側も焼くんだよ」


 りんは納得しかねる顔で、串の裏側を見ようと回り込んだ。


 ユータは笑い、それから火へ目を戻した。


 身の厚いところまで火が通ったのを確かめ、串を下ろす。少し置いてから、一切れ噛んだ。


 焼けた縁がきゅっと歯に触れ、その奥の身は柔らかかった。噛むほどに淡い甘みが広がる。脂で押す味ではない。塩が、赤身の澄んだ旨味を引き出していた。


「……うまい」


 もう一口、今度はゆっくり噛む。


 りんも冷ました肉を頬張った。飲み込んですぐ皿へ鼻を寄せ、まだ残っていることを確かめてから、次を食べた。


『りんの、おにく』


「そうだな。今日はお前が仕入れた」


 ユータは卓の板へ炭で書いた。


 ――二角兎、一頭。仕入れ係、りん。


 文字を見たりんが、尻尾をひと振りする。


『おきゅうりょうは?』


 ユータは肉を持った手を止めた。


「……現物支給で」


 りんは空になった皿を、静かに押し出した。

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