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境界の森のレストラン  作者: 海和 喜助


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10/13

同じ鍋、違う約束


 椅子の脚へ木片を差し込み、ユータはもう一度、座面を押した。


 ぐらつかない。


『りんも、すわる?』


「今日は下で頼む」


 りんは椅子を嗅ぎ、いかにも残念そうに床へ伏せた。


 戸口の向こうで、鎧が鳴った。


 ガレスは扉の前で外套の露を払い、室内のサナを見ると足を止めた。サナも立ち上がらなかった。卓へ置いた両手の間に、黄ばんだ帳面がある。


 昨日、ユータは巡回路でガレスを待ち、小屋のことを相談した。来てもらえた安堵より、二人の間に立つ心細さが勝っていた。


「国境隊のガレスだ」


「サナ。昔、この小屋で荷の数をつけていた」


 挨拶はそれだけだった。


 ガレスが剣帯を外しかける。サナの目がそこへ動いた。


 男は迷い、剣を腰に残したまま椅子へ座った。


 ユータはそれを見て、料理だけでは埋められないものが、確かにあるのだと思った。


     *


 帳面には、麦袋や板材の数が並んでいた。


 人族の商人と魔族の村が、それぞれ何を持ち寄ったか。屋根を直した年の記録には、同じ頁に二つの印がある。


「渡し場の組合にも、同じ控えがあるかもしれん」


 ガレスが言った。


「だが俺には、ここを誰かへ貸す権限はない」


 わかっていたはずなのに、ユータは膝の上で指を握った。


「じゃあ、今すぐ出たほうが――」


「そうは言っていない。勝手に譲れんという話だ」


 サナが帳面を閉じた。


「村にも話を通す。返事が来るまでは、屋根と壁を壊すな。木も勝手に伐るんじゃないよ」


「はい」


 店の許しは、まだ出なかった。


 それでも、今夜寝る場所を奪われたわけではなかった。ユータはゆっくり息を吐いた。


 ガレスは腰袋から布包みを取り出した。


「話が長くなると思ってな。昼の分だ」


 硬い干し肉と、薄い平焼きパン。


 サナも籠から丸い葉野菜を出した。


「私はこれを持ってきた。村では巻き菜と呼ぶ」


 リゼが受け取り、ユータへ差し出す。重なった濃緑の葉は、冬キャベツによく似ていた。


「一緒に使ってもいいですか」


 ユータが尋ねると、二人は互いを一度見て、それぞれうなずいた。


     *


 干し肉の端を薄く削り、味を確かめる。


 強い塩気のあとに、煙の香りが残った。


 小さく刻んで湯へ浸し、少し待つ。戻した肉を水気ごと鍋へ入れ、弱火に掛けた。


 やがて脂が溶け、細かな泡が肉の縁に並ぶ。


 ちり、ちり。


 そこへ巻き菜の太い葉脈を先に加えた。葉は大きくちぎり、上へ重ねる。少量の水を注ぎ、蓋代わりの皿をかぶせた。


「水が少なくないか」


 ガレスが鍋をのぞこうとして、手を止める。


「野菜からも出ます。焦がさないように見てますから」


 その言葉を口にすると、ユータ自身も少し落ち着いた。


 かまどの前なら、自分にわかることがある。


 蓋を取ると、ふわっと甘い湯気が上がった。かさの減った葉は艶を帯び、底には淡い金色の煮汁がたまっている。


 味をみて、塩は足さなかった。


 パンをかまどの脇で温め、四人へ分ける。


「干し肉と巻き菜の蒸し煮です。汁も、パンにつけて」


 サナが木匙で葉を折り畳み、口へ運んだ。


 くったりした葉は噛むと柔らかく裂け、甘い汁があふれる。葉脈にはかすかな歯応え。干し肉の塩と脂が染み、飲み込んだあとに煙の香りが戻ってきた。


「……この菜が、こんなに甘くなるかね」


 ガレスは肉を噛んだ。


 いつもなら何度も噛み続ける支給品が、今日は歯の間でほぐれる。男はパンで皿の底を拭い、煮汁を残さず口へ入れた。


「同じ肉を毎日食っていたのに、知らんかったな」


 リゼは葉の下から肉を探し当て、少しうれしそうに匙へ載せた。


 ユータはその顔を見てから、自分の分を食べた。


 向かい合う二人の姿勢は、まだ硬い。けれど、鍋を回すときには互いの手が空くのを待っていた。


 りんには別に茹でた巻き菜の芯を少し冷まして渡した。


『みんなの、においがするほうは?』


「そっちは塩が強い」


 りんは鼻を鳴らしたが、芯は残さなかった。


     *


 食後、ガレスは帳面の印を手持ちの紙へ写した。


「明日、渡し場で尋ねる」


「私は村の寄り合いへ持っていく」


 二人の返事を聞き、ユータは頭を下げた。


 ガレスが戸口へ向かったとき、りんが急に立ち上がった。


 窓の隙間へ鼻を向け、耳を尖らせる。


『おなじにおい。つめの、おさる』


 ユータの背が冷えた。


 あの四本腕の影が、頭の中によみがえる。


「ガレスさん。森裂きって、この辺によく出るんですか」


 剣帯を締めていた手が止まった。


「……なぜ聞く」


 りんはもう、窓から目を離さなかった。

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