『ルーンヴァル王国の騎士』
あらすじ
中学1年生の高橋海斗は、世間で大ブームとなっているフル体験型VRゲーム『ヴァーチャル・ダイブ』に夢中になり、毎晩のように異世界の騎士「カイト」として濃密な大冒険を楽しんでいました。しかしある夜、ゲーム内での戦闘中に海斗の日頃のストレスや攻撃性が増幅され、ゲーム世界の色彩が歪むほどの狂気へと囚われそうになる。
スーパーコンピュータ『樹林』が
青白いLEDの光を明滅させ、不気味な排気音を立てていた。
中学1年生海斗の部屋のデスクには、薄型の最新頭部装具『
フルダイブ・バルブ』が置かれている。
世間で爆発的なブームを巻き起こしているフル体験型VRゲーム
『ヴァーチャル・ダイブ』。
親たちが「子どもが夜9時にはぐっすり眠る魔法のゲーム」と
絶賛するこのシステムに、海斗は寝ても覚めても夢中だった。
彼の憧れは、重厚な鎧を身に纏い、鋭い鉄の剣を掲げ、
魔法が吹き荒れる中世ヨーロッパ風の異世界を駆ける騎士になることだ。
ベッドに横たわり、頭に冷たいバルブを装着する。
視界の端で緑色のステータスランプが点滅し、穏やかな入眠誘導波が脳幹へ直接送り込まれた。
「接続テスト……正常。ダイブモード……睡眠学習連動。アバター設定……[見習い騎士:カイト]。ダイブします」
意識がゆっくりと沈み込み、心地よい浮遊感に包まれる。直後、猛烈な感覚の奔流が海斗の全神経を駆け巡った。
まぶしい陽光。湿った土と青草の匂い。重厚なプレートアーマーが擦れ合う「カチャン」という金属音と、皮膚を打つ冷たい風。
海斗——いや、騎士カイトは、緑豊かなルーンヴァル王国の平原に立っていた。目の前には古風な石造りの城塞都市がそびえ立ち、腰には本物の鋼の重みを感じさせるロングソードが差されている。日中の睡眠学習システム『S4』を流用したこの世界では、脳の処理速度が数百倍に引き上げられている。現実ではわずか1時間の睡眠であっても、この世界では数日分もの濃密な冒険を体験できるのだ。
「すげえ……本当に、俺が騎士になってるんだ……!」
カイトは腰の剣を抜き放ち、眩しい太陽に掲げた。刃に反射する光の眩しさに、思わず目を細める。皮膚の感覚から筋肉の発動、空気の味に至るまで、現実と何の遜色もない。
「緊急クエスト発生。城塞都市オルデンを狙う、魔獣群の討伐を行ってください」
頭の中に直接響くアナウンスとともに、地響きが轟いた。平原の向こうから、黒い靄を纏った巨大な狼の群れ——「グラウ・ウルフ」が怒涛の勢いで押し寄せてくる。その数、およそ五十。
(よし……やってやる!)
カイトは盾を構え、深く息を吸い込んだ。脳のダイレクト通信によって、剣術の型が自然と体から引き出される。
「来いッ!」
先頭の狼が跳びかかってきた。カイトは最小限の動きでそれをかわし、すれ違いざまに鋼の剣を振り抜く。断末魔の悲鳴とともに、狼は光の粒子となって弾け飛んだ。感触がある。骨を断ち、肉を切る重みと、それに対する確かな手応え。
二匹目、三匹目が左右から同時に襲いかかる。カイトは右手の剣で一閃を打ち込みつつ、左手の盾で左からの牙を弾いた。甲高い金属音が響き、衝撃が左腕に走る。痛みは設定で大幅に軽減されているものの、戦闘の緊迫感とアドレナリンの分泌は紛れもない本物だった。
「フレイム・スラッシュ!」
カイトが叫ぶと、剣身が猛烈な炎を纏った。そのまま地を這うように横一文字に振るう。炎の刃が平原を駆け抜け、群がる魔獣を一気に焼き払った。圧倒的な全能感。現実の退屈な高校生活では味わえない、魂が震えるような興奮が全身を駆け巡っていた。
しかし、猛烈な戦闘のさなか、カイトの胸の奥で何かが弾けた。
「もっと……もっと斬らせろ……!」
ふと、黒い感情が脳裏をよぎる。完璧な手応え、絶対的な支配感。群がる敵をただ切り刻むことに、理性を塗りつぶすほどの異常な快感が混じり始めた。カイトの目が赤くうっすらと光を帯びる。
「まだだ、まだ足りない! この世界の敵を、全員……!」
彼が気付く由もなかったが、それは『樹林』の深部に眠る悪夢の遺産——『自我の不測の補完』の予兆だった。日々の勉強のストレス、将来への不透明な不安、内に秘めた攻撃性。人間が抱く精神的揺らぎが、仮想空間の計算波動と同調し、急激に肥大化しかけていたのだ。
その瞬間、世界の色彩がわずかに歪んだ。
空が暗転し、周囲の風景が引き裂かれそうになる。カイトの意識が狂気へと没入しかけたまさにその時、システムの防壁が緊急介入した。
『エラー:精神波調の異常上昇を検知。[自我の不測の補完]の発動条件を回避します。更生・安全制御シールド起動』
グラ……と世界が揺れた。 カイトの暴走しそうだった感情が、冷たい水でも浴びせられたかのようにスッと冷めていく。肥大化しかけた破壊衝動が、システムによって安全な数値へと強制的に平準化、「更生処理」されたのだ。
「はっ……!? 俺は、何を……」
我に返ったカイトの前で、最後の魔獣が倒れ、消えていった。 暗転しかけた空は再び澄み渡った青空へと戻り、遠くから勝利を告げる城塞の鐘の音が響き渡る。
「クエスト完了。経験値を獲得しました。安全基準に基づき、本日のダイブを終了します」
アナウンスとともに、視界が穏やかに白く染まっていく。カイトは急速に薄れる意識の中で、自分の手を見つめた。恐ろしいほどのリアルさと、一瞬垣間見えた謎の深淵。だが、それ以上の達成感が彼の心をみたしていた。
◇
「……ん」
朝の眩しい光が、部屋のカーテン越しに海斗の瞼を射した。 目覚まし時計が鳴る前に、スッキリとした感覚で目が覚める。頭装具を外すと、頭痛も倦怠感も一切ない。それどころか、現実の世界ではほんの8時間しか経っていないというのに、自分は何日分もの壮大な大冒険を終えて帰ってきたのだという強烈な満足感があった。
「すげぇや……『ヴァーチャル・ダイブ』……」
海斗はベッドの上に飛び起き、自分の拳を握りしめた。 あの剣の重み、風の匂い、そして魔獣を倒した瞬間の高揚感。現実の生活に戻っても、心の中には確かな「騎士」としての自分が残っていた。
学校へ行く準備をしながら、海斗は今夜のダイブに思いを馳せる。 まさか自分が使っているそのゲームの裏で狂気が知らず知らずのうちにシステムに「清算」されたことなど、中校生の彼が知る由もなかった。
「よし、今夜は新しい防具を買って、もっと強い竜の討伐クエストに行こう」
カバンを肩にかけ、海斗は軽やかな足取りで家を出た。 北海道の冷たい風を機械に吸い込ませながら、今夜も『樹林』は無数の子どもたちの夢と精神を呑み込み、そして優しく補完し続ける。
記載する表現に関して、常識に基づいて気をつけて参りますが、
もしもを考慮して15歳未満閲覧非推奨を設定させて頂きます。
こちらに何か落ち度がございましたら、お知らせ願います。
※短編『S4(エス・フォー)』Scientific Fantasy
※短編ユリン S4 Scientific Fantasy2
先行した2つの作品を読んでいただけますと、
わかりやすい内容になっています。
参考までに気が向いたらご覧ください。
登場人物
〇チェ・ウニョン
天才脳科学者、元高校教師
韓国脳科学会に「性善説でもなく性悪説でもない
『無による無』の論文を出して提唱したが、
女性である事とまだ若い事が遠因となって、
『無による無』は
『成り行き任せの論ずるに値しない学説』として
笑われ、学会を追放されてしまった。
世の中にあがらう事を諦め、
生活の為にソウルの高校にて教師をしていた。
大変な美人だが、脳科学者だけに脳に正直で、
普通の女性よりもほんの少し下品で、
ほんの少しビッチな発言もある。
大韓民国の『国民総教化計画』を阻止すべく、
『水霊』の破壊と『儒林』の消滅をやってのけた。
キム・ソヒョン
アトリエ・ノア会長室室長。
会長佐藤氏志乃の最側近(雑用係とも)
FGS(藤咲化粧品)korea第二営業企画部部長。
総合映像制作会社S.S.I社長ユン・ヒョヌの元恋人。
作家ユン・シウの元恋人。
他者肯定も少なく、
自己肯定も少ないので何かと苦労しがちな女性。
それはチェ・ウニョンの理論『無による無』と通じる素養をもっている。
元恋人のユン・シウは作家なだけに空即是色
(0から創作する )または(何気ない日常がドラマだ)と考える人間なので、
分かり合えるはずがなかったのかも知れない。
参考
※S4(エスフォー)
韓国で開発された超睡眠時学習システム
『Super・Sleep・Studying・Systems』
大韓構想にて国民総教化計画の一環で
表向きは若年世代の教育強化を目指した。
※水霊
韓国で大韓構想を元に開発されたスーパーコンピュータ。
『Super・Sleep・Studying・Systems』の頭脳。
※大韓構想
朝鮮半島の統一を果たした大韓民国が掲げた構想。
「世界で最も優秀で、最も繁栄した国家の構築」
※儒林
水霊の真の最終目標『全脳化計画』。
世界中のPC・タブレット・スマホを『CPU』として、
水霊を実体無くして最強であるものとする計画。
シナプスとして
流星群受信が用いられた。
※樹林
北海道ニセコにて佐藤志乃率いる
Juringエンタが開発したスーパーコンピュータ。
日本メーカーのゲーム機(一応、最高グレード)1万5千台を接続して、
30億円投資して完成させた。
ちなみに名前の由来は、数十年前に佐藤志乃が在籍した、
東京シルフィード歌劇団在籍時の舞台名
『天翔樹林』が元になっている。
(社名のJuringエンターテイメントも同様)
儒林と似ているがまったく関係ないネーミングであった。
表向きは『つぎはぎのポンコツ』とされているが、
実際は日本のフラッグシップ富岳と同等以上の性能を発揮し、
消費電力も3分の1となっており、
投下した資本からするとかなりコスパの良い設備である。
国内で騒がれない為に『山奥のポンコツ』と広めている。
冷却に降雪した雪を使用しており、融けてろ過した水は海外に売却してコストダウンしている。
※流星群受信
Meteor shower signal reception。
米国の富豪が打ち上げた精密な衛星通信網は、
自動帰還するロケットを用い、小型通信衛星を打ち上げるビジネスであったが、
日本のベンチャーがもっと安価に完全使い捨ての格安ロケットにて、
野球の球ほどの通信端末をドラム缶いっぱいに持っていき、
衛星軌道上でぶちまける事によって追い抜いた。
死角無しの衛星通信網である。
無計画に端末をぶちまく為、高頻度で大気圏に落下し、
流れ星が大量にみられる理由から、流星群受信と言われるようになった。
極めて大雑把で安価なベンチャービジネスで構築した、
地球全土を覆う死角なき通信ネットワークのその通信端末は、
現代のスマホが充電スタンドで置くだけで充電できるのと同じ仕組みで、
宇宙に漂う電磁波を表面で吸収し、半永久的に駆動する。




