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『ニュートピア』第2話女系の檻と揺り籠

1.血のチュートリアル

「右だ! 裏路地へ回り込め!」

訓練官の怒声が、夕闇の迫る白鳳の街に響く。

僕――アバター名『剣斗けんと』こと阿久津優亜は、支給されたばかりの鉄剣を両手で握りしめ、朱塗りの大壁が続く狭い路地をがむしゃらに走っていた。

さっきまでの、あの平和で華やかな都の空気は一変していた。

緊急クエスト【神都潜入者の排除】。

結界を破って侵入したという山賊の残党を追う新兵たちの足音が、舗装された石畳を不規則に叩く。

「ひ、ひぃっ……!」

僕の前を走っていた新兵の一人が、突然短い悲鳴を上げて前のめりに倒れた。

路地の暗がりの奥から、ボロ布をまとった大男がぬっと姿を現した。その手には、どす黒い血液の付着した大鉈が握られている。山賊ノンプレイヤーキャラクターだ。その頭上には、赤く明滅する【山賊の残党・レベル15】の文字。

「ケッ、軍の犬どもが……。小汚いガキを並べやがって!」

山賊が獰猛な笑みを浮かべ、大鉈を振り上げる。倒れた新兵は腰を抜かし、涙目で後ずさりすることしかできていない。

(助けなきゃ……、いや、僕のステータスじゃ返り討ちに――!)

一瞬、現実の中学生としての僕が足をすくませた。だが、網膜の端で視界の隅の【精神:15】という数値が鈍く光る。極限状態の緊張のなかで、僕の頭脳は驚くほど冷徹に冴え渡っていった。

(山賊の体勢が前のめりだ。大鉈の重量に引っ張られてる。振り下ろした直後なら――隙ができる!)

「どけっ!」

僕は倒れている新兵の身体を飛び越え、全力で踏み込んだ。

ドシュッ! と激しい音がして、山賊の大鉈が石畳に叩きつけられ、火花が散る。狙い通り、大鉈の自重で山賊の姿勢が大きく崩れた。

「おおおおおっ!」

僕は鉄剣を突き出した。ゲーム的な補正ではない。僕自身の現実の感覚をフルダイブの肉体に無理やり同期させ、泥臭く、必死に刃を突き立てたのだ。

グサリ、と嫌な手応えが手のひらを通じて脳へと伝わる。剣先が山賊の分厚い胸当ての隙間、脇腹へと深く突き刺さっていた。

「が、はっ……!? ガキがァ!」

山賊が血を吐きながら、左拳を僕の顔面に叩きつけてきた。

ドカッ! という衝撃とともに、僕の視界が火花を散らす。強烈な痛みが鼻腔を突き抜け、目の前が真っ赤に染まった。ペイン・インデックス(痛覚制限)が解除されている、本物の暴力の痛みだ。

【耐久:11 → 6】

【状態:軽度脳震盪(視界不良)】

(痛い、クソ、痛すぎる……っ! でも、離したら殺される!)

僕は痛みに叫びそうになるのを歯を食いしばって堪え、突き刺した剣の柄を両手でさらに強く押し込んだ。そのまま体重をかけて山賊の巨体を石壁へと押しつける。

「そこまでだ、悪党」

冷徹な声とともに、黒い影が割り込んできた。

訓練官だ。彼が腰の大剣を一閃させると、山賊の首が文字通り宙を舞い、ポーンと石畳を転がった。切断面から溢れ出た大量のデジタル・エフェクトの血が、僕の白い長袍を赤く汚していく。

山賊の巨体が光の粒子となって消滅し、僕の視界にシステムログが流れた。

【クエスト貢献度により、経験値を獲得】

【レベルアップ!:レベル1 → 2】

【市民階級が上昇しました:階級10 → 12】

「……ふん、ただ怯えていただけの腰抜けどもよりはマシだな、剣斗」

訓練官が、鼻から荒い息を吐きながら僕を見下ろした。その目には、初めて明確な「賞賛」の色が含まれていた。

「痛みに耐え、刃を引かなかった。その根性は認めてやる。……だが、街の汚れを落とすのは俺たちの仕事だ。新兵はここまでだ。各自、兵舎へ戻れ」

「は、はい……」

僕は肩で息をしながら、ようやく剣を鞘に収めた。

隣で腰を抜かしていた新兵が、僕を怪物を見るような目で眺めている。

これが『ニュートピア』の、そして神都白鳳の戦いだ。強烈な痛みと、それに見合うだけの確実な『序列の上昇(階級アップ)』。

僕は自分の衣服についた返り血を見つめながら、この世界の異質なルールに、また一歩深く踏み込んでしまったことを自覚していた。

2.白鳳の真実

山賊の襲撃騒ぎから一週間が経過した。

レベルが2に上がり、階級が12になったことで、僕の肉体はログイン当初よりも遥かに軽くなっていた。【筋力】や【耐久】の数値が少し上昇したおかげで、毎日の過酷な訓練も、どうにか脱落せずにこなせるようになっている。

新兵たちの間でも、最初の実戦で山賊に刃を突き立てた僕の評価は一変していた。

「おい、剣斗。お前、現実リアルでは何者なんだ? 格闘技でもやってたのか?」

休憩時間、兵舎の片隅で同じ新兵の男――他プレイヤーのアバターが話しかけてきた。彼の名は『ロク』。僕と同じようにフリープランで潜り込んでいる、現実世界では大学生のプレイヤーらしい。

「いや、ただの学生だよ。必死だっただけ」

僕は苦笑しながら、支給された干し肉を噛みちぎった。さすがに一四歳の中学生だとは言えない。

「それよりロク、この街のことでちょっと気になることがあるんだ」

「気になること? あの一分の隙もない格差社会のことか?」

「それもあるけど……。この街、通りで見かける『大人の男性』の数が、女性に比べて圧倒的に少なくないか? それに、高階級の役職にいるのは、ほとんどが女性だ」

そう、この一週間、神都を巡回する中で気づいた違和感があった。

この白鳳の街で見かける男性は、僕たちのような若い新兵か、あるいは薄汚れた服を着て重い荷物を運んでいる低階級の労働者ばかりなのだ。逆に、絹の衣服をまとい、優雅に指示を出しているのはすべて女性だった。第一話で聞いた設定でも、皇帝に次ぐ最高位は『女性総主教』で、男性の執政官は三位止まりだとされている。

ロクは周囲を警戒するように見回し、声を潜めた。

「ああ、お前それ、掲示板の検証スレを見てないのか? この『神都白鳳』の本当のバックボーン(世界設定)だよ。……ここはな、徹底的な【女系相続】の社会なんだよ」

「女系相続?」

「そうだ。この国では、すべての土地、財産、そして社会的地位は母親から娘へと受け継がれる。男性には一切の財産権がないし、驚くべきことに【親権】すら存在しない。男が種を植えて子供が生まれても、その子供は一〇〇%母親のものになる。男はただの『交配の道具』か『労働力』、あるいは『防壁の消耗品』扱いなんだよ」

ロクの言葉に、僕は背筋が寒くなるのを感じた。

不老不死の皇帝が統治する、絶対に陥落しない神の都。その美しく平和な楽園の正体は、男性を底辺に置いた、冷徹な母権制国家だったのだ。

「じゃあ、女性たちの階級はどうやって決まるんだ? 僕たちは訓練や実戦で命を賭けて階級を上げるけど……」

「女性の階級アップの条件は、もっとシンプルで、かつ狂ってる。――【子供を産むこと】だよ」

ロクは干し肉を噛み砕き、吐き捨てるように言った。

「女性は子供を一人産むたびに、システム的に市民階級がガツンと上がる。そして、合計で『一〇人』の子供を産み落とした女性は、自動的に最高権力層の一角である【上位市民】の座が約束される。だから彼女たちは、必死に優秀な遺伝子を求めてるんだ。それも、若くて強い男の遺伝子をな」

子供を一〇人産めば、上位市民。

あまりにも直球で、生々しいディストピアの縮図がそこにあった。

第一話で見た、あの祇園の門前。きらびやかな衣装を着た男たちが、大金を払って中に入ろうとしていた理由がようやく繋がった。彼らは、高階級の女性たちに「選ばれる」ために、あるいは自分の階級を少しでも上げるためのコネクションを作るために、あの場所に群がっていたのだ。男がいくら金を積んでも、親権は得られないというのに。

「でもさ」僕は素朴な疑問を口にした。「一五歳で男はみんな軍隊に入れられて、男女の交流は完全に遮断されてるんだろ? 平時では、男が入園料を払って祇園に行かない限り、出会いなんてないはずだ。低階級の男はどうするんだよ」

ロクは、ニヤリと下品な笑みを浮かべた。

「そこだよ、剣斗。このゲームの『R18指定』の本当の目玉であり、最もエグい設定がそこにある。……男が軍隊で出世できず、金も稼げず、祇園に行くこともできないまま年齢を重ねたとするだろ? 一方で、女性の側にもタイムリミットがあるんだ」

「タイムリミット?」

「女性は、一七歳から三四歳までの間は『華官』として祇園で男を品定めするが、三五歳になると祇園を離れなきゃならない。そして、四〇歳になるまでの五年間、彼女たちには最後の義務であり、最後の特権が与えられる」

ロクは僕の肩をポン、と叩いた。

「彼女たちはな、三五歳から四〇歳までの間、俺たちみたいな『一五歳から入軍した、訓練中の男子』の世話係として、軍の宿舎に派遣されてくるんだ。一ヶ月交代でな」

ドクン、と僕の心臓が大きく跳ねた。一四歳の純潔な少年の脳内には、そのシステムが意味する内容が、あまりにも刺激的な映像となって浮かび上がってきた。

「世話係、って……」

「文字通りの意味だよ。食事や洗濯の世話から――夜の『お相手』までな。それが、三五歳を過ぎてまだ一〇人に達していない女性たちにとって、妊娠して階級を上げるための【最後のチャンス】なんだよ。そして、世間知らずで肉体が最もハツラツとしている一五、一六歳の新兵の宿舎は、彼女たちにとって絶好の狩場ってわけだ」

ロクの言葉が、僕の頭の中で激しくリフレインする。

一五歳の新兵と、三五歳から四〇歳までの大人な女性たち。それが、一ヶ月間、閉ざされた軍の宿舎で寝食を共にする。

「嘘、だろ……」

「嘘なもんか。公式の裏設定資料集にも載ってるぜ。……そしてな、剣斗。俺たちの宿舎にも、明日、最初の『世話係』がやってくる予定だ。誰が来るかは完全なランダム(ガチャ)らしいが……さて、どんな『大人の洗礼』が待ってるかねえ?」

ロクは期待に目を輝かせているが、僕はただ、喉の渇きを覚えるばかりだった。

このワールドは、僕が想像していた「剣と魔法の冒険」の斜め上を行く、欲望と繁殖のシステムによって支配された、歪んだ楽園だったのだ。

3.最初の世話係

翌日の夕刻。

訓練を終えた僕たち七人の新兵は、いつも通り汗と土にまみれて宿舎へと戻ってきた。

しかし、いつもは殺風景で、男たちの汗臭い匂いが充満しているはずの木造の宿舎は、その日に限って、どこか甘く、繊細な香水の匂いに包まれていた。

「全員、整列」

宿舎の中央通路に、訓練官が立っていた。その隣に、一人の女性が静かに佇んでいる。

新兵たちが息を呑む音が聞こえた。

そこにいたのは、信じられないほど美しい、大人の女性だった。

年齢は、おそらく三十代の半ば。しかし、仮想世界のグラフィックの恩恵だろうか、肌には一切の衰えがなく、むしろ十代の少女には決して出せない、熟しきった果実のような艶やかさと、気品が漂っている。

彼女は、夜の闇を溶かし込んだような深い紺色の長袍をまとい、豊かな胸元を強調するような銀の刺繍が施されていた。切れ上がった涼しげな目元が、僕たち新兵を一列に、じっくりと見つめていく。

「本日より一ヶ月間、貴様らの宿舎の管理および生活支援を担当する、階級六5の上位一歩手前市民、黎華レイファ殿だ」

訓練官が紹介する。階級六五。僕たち(階級12)とは天と地ほどの差がある高位の存在だ。子供をすでに何人も産み、この白鳳の社会で確固たる地位を築いてきた女性の風格がそこにあった。

「はじめまして、若き兵士の卵たち」

黎華の声は、耳の奥に心地よく響く、低く滑らかなハスキーボイスだった。

「私は黎華。これからのひと月、あなたたちの衣服を洗い、食事を作り、その傷ついた肉体を癒すために遣わされました。……どうぞ、実の母親のように、あるいは、それ以上の存在として、私を頼ってくださいね?」

黎華がふっと微笑み、僕たちの前を歩く。その拍子に、彼女の衣服から漂う馨しい花の香りが、僕の鼻腔を満たした。

新兵の男たちの目は、完全に釘付けになっていた。現実世界では大学生のロクすら、ゴクリと生唾を飲み込んで、顔を紅潮させている。彼らにとって、これはゲームの「ご褒美イベント」そのものなのだろう。

だが、黎華の目が僕の前で止まった時、彼女の瞳の奥に、一瞬だけ鋭い「肉食獣」のような光が走るのを、僕は見逃さなかった。

彼女は僕の顔、そして返り血で汚れたままの白い長袍を見つめ、細い指先を僕の胸元へと伸ばした。

「あら……。あなた、先日の山賊襲撃の際、最初の手柄を立てたという『剣斗』ね?」

「あ、はい……。そうです」

至近距離から見つめられ、僕は思わず声を上ずらせてしまった。一四歳の男子中学生にとって、これほど妖艶な大人の女性との接触は、心臓の許容量を遥かに超えている。

「ふふ、まだこんなに幼い顔をしているのに、勇敢なこと。精神の数値がとても高いのね……。素晴らしいわ。白鳳の未来を担うにふさわしい、見事な遺伝子ステータスだわ」

黎華の指先が、僕の胸当ての縁をなぞるように滑る。その冷たい感触が、皮膚感覚を通じてリアルに伝わり、背筋にゾクゾクとした電流が走った。

遺伝子。彼女は明確に、僕を「そういう対象」として値踏みしているのだ。

彼女にとって、この一ヶ月は、四〇歳という「出産のタイムリミット」を迎える前の、人生を賭けた最後の勝負。ここで優秀な新兵の子供を身籠り、一〇人目の大台に乗せることができれば、彼女は一生働かずに贅沢ができる『上位市民』へと階格が上がる。

その必死さと、歪んだ執念が、美しい微笑みの裏側から透けて見えていた。

「では、訓練官殿。子供たちの面倒は、確かに引き受けました」

「うむ。黎華殿、新兵どもが粗相を働いた場合は、遠慮なく軍規に則って処罰してくだされ」

訓練官はそう言い残し、宿舎を去っていった。

残されたのは、僕たち七人の少年と、一人の大人の女性。

外の世界では十以上の国家が血を流して戦っているというのに、この神都の、軍の宿舎の内部では、全く別の、しかし同様に過酷な「生存競争(繁殖)」の幕が上がろうとしていた。

4.夜の訪問者

その日の夜。

宿舎の消灯時間は午後九時だった。現実世界ではまだゴールデンタイムだが、ゲーム内の時間と規律に従い、僕たちはそれぞれの木製ベッドに横たわっていた。

昼間の過酷な剣術訓練のせいで、僕の肉体は悲鳴を上げていた。

【耐久:5 / 12(疲労状態)】

(早くログアウトして、現実のベッドで寝たいな……)

そう思いながら、メニュー画面を開こうとした、その時だった。

ギィ……、と静まり返った宿舎の木床が、小さく軋む音が聞こえた。

見回すと、他の新兵たちは深い眠りに落ちているか、あるいは緊張のあまり息を潜めている。

足音は、まっすぐに僕の個別スペース(薄い布のカーテンで仕切られただけの空間)へと近づいてきた。

サァ……とカーテンが開けられる。

差し込んできた薄薄とした月光の中に立っていたのは、昼間の紺色の長袍を脱ぎ捨て、薄い白絹の寝衣一枚を身にまとった黎華だった。

シルクの生地を通して、彼女の豊満で完璧なボディラインが露わになっている。昼間の凛とした雰囲気とは違い、髪をほどいた彼女の姿は、恐ろしいほどの扇情的なオーラを放っていた。

「……剣斗。起きているかしら?」

黎華が、囁くような声で僕のベッドの脇に腰を下ろした。

ベッドが沈み込み、彼女の体温と、昼間よりもさらに濃厚になった甘い香りが、僕を包み込む。

「れ、黎華さん……? どうしてここに」

僕は跳ね起きようとしたが、彼女の白く柔らかな手が、僕の胸を優しく、しかし抗えない力で押し留めた。筋力のステータスは、まだ彼女の方が遥かに高いのだ。

「昼間の訓練で、身体がひどく強張っているわ。新兵の最初の数週間は、肉体の負荷が脳に蓄積して、ペイン・インデックスのバグを引き起こすことがあるの。……私が、解してあげる」

「いえ、僕は大丈夫です! 自分でステータスを回復させますから――」

「遠慮しなくていいのよ、可愛い坊や」

黎華の顔が、僕の顔のすぐ近くまで迫る。彼女の潤んだ瞳が、月光を反射して怪しく光っていた。

「私には時間が無いの。今年で三十七歳……。あと三年で、私は子供を産めない身体(システム上の判定)になってしまう。今の私の階級は六五。あと一人……あと一人だけ、優秀な男の子を産むことができれば、私は一〇人の母親として、永遠の富を得られるの」

彼女の息遣いが、僕の耳元に触れる。

「あなたのステータスを見たわ。精神の初期値が15なんて、この街の凡庸な男たちの中には一人もいない。あなたとの間に生まれる子は、きっと素晴らしい兵士になる。……ねえ、剣斗。私に、あなたの『種』を頂戴? 悪いようにはしないわ。あなたが軍で出世できるよう、私のコネを使って、上の階級の女性たちに口を利いてあげることもできる」

それは、究極の誘惑であり、この世界のシステムの提示だった。

この『ニュートピア』というゲームは、ただ戦うだけでなく、こうして高階級の女性と交わり、その庇護を受けることで、効率的にのし上がっていくルートも存在しているのだ。現実世界の掲示板で「女帝ルート」「祇園のヒモプレイ」と呼ばれていたものの本質が、今、僕の目の前に突きつけられていた。

黎華の手が、僕の衣服の紐へと伸びる。

一四歳の僕の身体は、本能的な興奮と恐怖でカチカチに硬直していた。フルダイブのリアルな感覚が、僕の理性を激しく揺さぶる。

(どうする……? これはゲームだ。ここで彼女の誘いに乗れば、僕の階級は一気に上がり、強力なバックアップを得られる。山賊との命がけの戦いなんてしなくても、安全に上位市民への道が開けるかもしれない)

魅惑的な提案だった。受験勉強に追われ、将来の不安を抱えている現実の僕にとって、そんな風に「誰かにレールを敷いてもらい、甘やかされて成功する」という選択肢は、酷く魅力的だった。

だが――。

僕の脳裏に、昼間に見た、あの祇園の門前を歩いていた同世代の少女の姿が浮かんだ。

冷ややかな、まるで人形のような目。

男性をただの道具としてしか見ず、子供の数だけで人間の価値を決める、この神都白鳳の完璧な、そして冷酷なシステム。

(……嫌だ)

心の底から、拒絶の感情が湧き上がってきた。

もしここで彼女の誘いに乗り、システムの奴隷になってしまったら、僕は現実世界の退屈な日常から逃れて、この仮想世界に「本当の冒険」を求めてやってきた意味がなくなってしまう。僕は僕の力で、この剣一本で、この世界の理不尽なルールを切り裂いて進みたいのだ。

「――お断り、します」

僕は黎華の手を、自分の手でしっかりと掴み、押し返した。

【精神:15】の数値が、僕の意識を完全にクリアに保っていた。

「え……?」

黎華の動きが止まった。その完璧に美しい顔に、明らかな「驚愕」の色が浮かぶ。これまで、一五歳の新兵で、彼女のような高階級の美しい女性の誘いを拒絶した男など、一人もいなかったのだろう。

「僕は、自分の力で階級を上げます。誰かの子供の父親(道具)になるために、この街に来たんじゃない」

僕は黎華の目を、真っ直ぐに見つめ返して言った。アバターの幼い顔の中に、現実の僕の、頑固なまでのプライドが宿っていた。

黎華はしばらくの間、呆然と僕を見つめていたが、やがて、その唇がゆっくりと歪み――クスクスと、低く笑い始めた。

「ふふ……、あははは! 面白いわ、本当に面白い男の子」

彼女は僕の手を振り払い、ベッドから立ち上がった。その目は、さっきまでの妖艶な誘惑の光から、一転して、獲物を見定めた冷徹な「支配者」のそれへと変わっていた。

「自分の力で、ね。いいわ、その意気がいつまで持つか、楽しみに見届けてあげる。……でも忘れないで、剣斗。この白鳳の結界の内側にあるものは、すべて皇帝陛下と、私たち女性のものよ。あなたがどれだけ剣を振るおうと、この『女系の檻』から逃れることはできないわ」

黎華は寝衣の裾を翻し、暗闇の奥へと去っていった。

カーテンが閉まり、再び宿舎に静寂が戻る。

【ピコン!:黎華との親愛度が『警戒』に変化しました】

【精神の数値が一時的に上昇しました:15 → 16】

ウィンドウの文字を見つめながら、僕は大きく息を吐き出した。

最初の危機(あるいは誘惑)は去った。だが、黎華の言う通り、この街のシステムは強固だ。一ヶ月間、彼女と同じ宿舎で過ごす日々は、肉体的にも精神的にも、山賊との戦闘以上の試練になることは間違いなかった。

「……上等だよ」

僕は拳を握りしめ、目を閉じた。

神都白鳳の美しい街並みの裏に隠された、生々しい繁殖のルール。その歪んだ檻の中で、僕の「本当のニュートピア」を探す戦いは、まだ始まったばかりだった。


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