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『百合色学園GL部』夏休み。納涼。お化け屋敷体験!


「……ねえ、本当にこれ入るの?」

放課後。夕闇が校舎を黄金色から群青色へと染めていく頃、『百合色学園GL部』の部室に、どこか情けない声が響いた。声の主は、学園のアイドル的存在でありながら極度の怖がりである相良葵さがら あおい。彼女は手にした端末に表示された「フルダイブ・バルブ」の起動画面を、今にも泣き出しそうな目で見つめている。

「今更なにを言っているの、葵。夏といえば納涼、納涼といえばお化け屋敷と相場が決まっているわ」

葵の隣で、優雅に紅茶のカップを傾けるのはGL部部長の神宮寺玲奈じんぐうじ れいな。凛とした佇まいと圧倒的な主導権を持つ彼女の言葉には、抗いがたい絶対的な力があった。

今日のGL部定例活動のテーマは「夏のお化け屋敷体験」。 舞台となるのは、フルダイブVRシステム『ヴァーチャル・ダイブ』内に構築された特設ワールド――かつて昭和の時代に実在し、あまりの恐怖に心臓麻痺を起こす者が続出したと噂される伝説の廃遊園地『暗夜ランド』のお化け屋敷だ。

専用VRヘッドギア『フルダイブ・バルブ』を頭部に装着することで、五感のすべてを仮想空間へと転送し、まるで本物の世界にいるかのようなリアリティを体験できる。触覚も、風の冷たさも、そして「恐怖」の心拍数さえも、すべてが本物として脳に伝達されるのだ。

部室に集まったGL部のメンバーは総勢10人。 部長の玲奈の提案により、今回は「2人1組」でこの怪異の館に突入することになっていた。

「では、くじ引きでペアを決めるわよ」

玲奈が取り出した箱から、それぞれが運命の紙片を引き抜く。決定したペアは以下の5組だった。

神宮寺 玲奈 & 相良 葵(絶対女王とビビり姫ペア)

氷室ひむろ さえたちばな かおる(クールな生徒会長と熱血スポーツ少女ペア)

小野寺おのでら 結衣ゆい & 結城 まひろ(ゆうき まひろ)(引っ込み思案な1年生ペア)

西園寺さいおんじ あかね藤堂とうどう みどり(お嬢様とマイペース天然ペア)

月見里ゆりさと 莉子りこ桐生きりゅう 刹那せつな(からかい上手な先輩と真面目な後輩ペア)

「あぅ……玲奈さまと一緒なのは嬉しいけど……怖いのは嫌です……」 「大丈夫よ葵。私がしっかり守ってあげるわ。……まあ、私に抱きついて泣き叫ぶあなたの顔を見るのも楽しみだけれど」 「玲奈さまのいじわる!」

「よしっ! 冴、私たちが一番乗りでサクッとクリアしちゃおうよ!」 「薫、静かにしなさい。……それと、服の裾を引っ張らないで。もう始まってもいないでしょう」

それぞれのペアが期待(と少々の恐怖)を胸に、ソファや簡易ベッドに横たわる。

『フルダイブ・バルブ、装着――リンク・スタート!』

機械の電子音が響き、10人の意識は緩やかに微睡まどろみの彼方へと沈んでいった。

第二章:足音と闇の領域

視界が明転し、次に目の前に広がっていたのは、廃墟と化したテーマパークの荒涼とした景色だった。 紫がかった夜空には欠けた月が浮かび、生温かい風が肌をなでる。視覚だけでなく、土の匂いや肌に纏わりつく湿気まで、完璧に再現されていた。

「うわぁ……本当に本物みたい……」

結衣が小さく呟き、隣に立つまひろの袖をキュッと掴む。

「結衣ちゃん、大丈夫? 私が先に入ってあげるからね!」 まひろは胸を張るが、その脚は小刻みに震えていた。

10人が立っているのは、大きな口を開けたおどろおどろしい赤鬼の形をしたアトラクション『怨霊屋敷』の入場口の前だった。ネオン管がバリバリと不気味な音を立てて点滅している。

「ルールは簡単よ。ペアごとに3分間火を開けて突入し、最奥にある『脱出の符』を持ち帰ること。五感フィードバックは安全基準内に設定されているけれど……恐怖心は手加減してくれないから、そのつもりでね」

玲奈の言葉を合図に、最初のペア――冴と薫が暗闇の中へと歩を進めた。

第三章:それぞれの悲鳴とハプニング

【第1ペア:冴 & 薫】

「ふんっ! お化けなんて所詮プログラムでしょ! 運動神経でカバーしてみせるよ!」

強がる薫だったが、ギシギシと鳴る廊下を進むにつれ、その歩幅は狭くなっていく。 突然、天井から濡れた黒髪の髪の毛がドサリと垂れ下がってきた。

「きゃああああああっっっ!? 冴ーっ!!」

「わっ……薫、飛びつかないで……っ!」

普段はボーイッシュで頼もしい薫が、まるで赤ん坊のように冴の胴体に抱きついた。重みでバランスを崩した二人は、そのまま床に倒れ込む。

「……薫。離れなさい」 「無理無理無理! なんかヌメヌメする! 冴の匂いしか信じられない!」 「なっ……何言ってるのよ、ばか……っ」

暗闇の中、顔を赤らめる冴。いつもは冷静沈着な彼女だったが、薫の温かい体温がダイレクトに伝わってきて、お化けとは違う意味で心臓がバクバクと跳ね上がり始めていた。

「もう……離れないなら、このまま進むわよ」 「うん! 絶対離れない!」

密着度100%の状態で、二人は牛歩のように奥へと進んでいった。

【第2ペア:結衣 & まひろ】

「結衣ちゃん、あそこに何か落ちてる……」

1年生ペアの二人は、恐る恐る狭い通路を進んでいた。 突如、壁の破れ目から手形がついた白い腕が何本も伸びてくる。

「ひゃああっ!?」 「きゃああっ! まひろちゃん!」

パニックになった二人は、逃げ惑ううちに足をもつれさせ、物置のような狭いスペースに転がり込んでしまった。パタンと音を立てて扉が閉まり、周囲は完全な暗闇に包まれる。

「あ、開かない……! 閉じ込められちゃった……!?」

まひろが扉を叩くが、システム上の仕掛けなのかビクともしない。 狭く、息苦しい空間。二人の距離は息がかかるほど近い。

「どうしよう、結衣ちゃん……私、強がり言ってたのに、全然役に立たなくて……」 まひろの声が涙ぐむ。

「そんなことないよ、まひろちゃん。ずっと私を庇ってくれてたの、分かってたから……」 結衣は暗闇の中でまひろの手を探し、そっと自分の指を絡めた。

「えへへ……結衣ちゃんの手、すごく温かい……」 「うん……私も、まひろちゃんと一緒なら、怖くないよ」

恐怖で震えていた空間は、いつの間にか二人だけの甘い温もりに満たされていた。脱出の鍵を見つけるまでの数分間、二人は互いの体温を確かめ合うように寄り添い続けたのだった。

【第3ペア:茜 & 翠】

「あらあら〜、なかなか風情のある和室ですわねぇ」

お嬢様の茜と、天然マイペースな翠のペアは、他の組とは全く異なる雰囲気を醸し出していた。 仕掛けの井戸から血塗れの幽霊(NPC)が「恨めしや〜」とヌッと這い出てくる。

「まあ! 翠さん、見てくださいな。あの幽霊さん、お召し物の裾がボロボロですわ。仕立て直して差し上げたいくらい」 「本当ですね〜茜さん。あ、でも髪の毛はサラサラですよ? どんなトリートメント使ってるんでしょう〜」

「……え?」

想定外の反応に、幽霊役のNPCプログラムが一瞬フリーズする。 茜は優雅に日傘を畳み(※VR空間の初期所持品)、幽霊に近づくと微笑みかけた。

「暗いところでずっと待っていらっしゃるなんて、お肌に良くありませんわよ? 一緒にお茶でもいかが?」 「そうですね〜、私が淹れたお茶、美味しいですよ〜」

「……う、恨めし……や……?」

迫り来る二人の圧倒的なおっとりパワーに押され、幽霊NPCはそそくさと井戸の中に引っ込んでしまった。

「あら、恥ずかしがり屋さんですのね」 「残念でしたね〜」

恐怖演出をすべて「おもてなし」で無力化しながら、二人は最も平和に前進していく。

【第4ペア:莉子 & 刹那】

「ちょっと刹那〜、さっきから私の服の裾、千切れそうなくらい引っ張ってない?」

からかい上手な先輩・莉子がニヤニヤしながら振り返る。 後輩の刹那は、剣道部仕込みの鋭い目つきで周囲を警戒している……が、その顔は真っ青だった。

「ひ、引っ張ってなどいません! これは……隊列を維持するための戦術的接触です!」 「ふーん? じゃあ、なんで手がこんなに震えてるのかな〜?」

莉子が刹那の手を握ると、刹那はビクッと体を跳ねさせた。

「り、莉子先輩! 軽々しく手に触れないでください! 集中が乱れます!」 「はいはい。ほら、前見て前。なんかいそうだよ?」

「ひっ!?」

仕掛けの姿鏡に、刹那の背後に立つ赤い服の女が映し出された。 「ぎゃああああああっ!!」

悲鳴を上げた刹那は、日頃の冷静さを完全に失い、莉子の胸元に勢いよく飛び込んだ。

「わわっ!? 刹那、激しい〜!」 「うう……先輩……先輩ぃ……っ! 出たら絶対に承知しませんからね……っ!」 「はいはい、よしよし。刹那のこんな可愛い姿が見られるなら、お化け屋敷に来て大正解だったな〜」

莉子はニシシと意地悪く笑いながら、しがみついて離れない刹那の髪を優しく撫で続けた。

第四章:最恐の試練とふたりの距離

そして、最後のペア――玲奈と葵。

二人が進むコースは、他のペアよりも難易度が高く設定された「最奥ルート」だった。 朽ち果てた病院の診察室を模したエリア。怪しい緑色の光が蠢き、耳元で少女の泣き声が響き渡る。

「ひぐっ……うう……玲奈さまぁ……もう帰りたいですぅ……!」

葵は玲奈の腰にしがみつき、半泣き状態で目をつむったまま歩いていた。

「ダメよ葵。まだゴールに着いていないわ。ほら、目を開けなさい」 「無理です! 開けたら絶対にヤバい奴と目が出合っちゃいます!」

玲奈はクスリと笑う。 完璧主義で知られる玲奈だったが、実は彼女自身もこうしたホラー演出はそれほど得意ではない。しかし、こうして自分にすがりついてくる葵の存在が、彼女に「お姉様」としての矜持を維持させていた。

(まったく、可愛いんだから……)

だが、その時だった。

――ガタタタッ!!

突然、天井のダクトが崩れ落ち、巨大な異形のモンスター(VRアトラクションのボスクラスNPC)が二人の目の前に落下してきた。

「「ギャアアアアアアッ!!」」

「ひゃああああっ! 玲奈さまあああっ!」

凄まじい咆哮とリアルなグラフィックに、ついに玲奈の理性の糸も弾け飛んだ。 玲奈は葵の腕を強く引っ張ると、近くにあった鍵付きの診察室へ飛び込み、勢いよくドアを閉めてロックをかけた。

バァン!!

外でモンスターが扉を叩く音が響く。ドシーン、ドシーンと地鳴りのような振動が伝わってきて、VRとは思えない臨場感に包まれる。

「はぁ……はぁ……っ!」 「うう……うわあああん! 怖かったよお、玲奈さまぁぁっ!」

葵は完全に限界を迎え、玲奈の胸に顔を埋めてボロボロと涙を流した。 狭い診察室の隅、薬品の匂いが漂う暗闇の中で、二人は深く抱き合っていた。

「あ、葵……もう大丈夫よ。ここは安全だから……」

玲奈は葵を安心させようと声をかけるが、自分の心臓が早鐘のように打っていることに気づく。恐怖のせい……だけではない。胸の中で震える葵の柔らかさ、吐息の温かさ、そして自分を心から頼ってくれているという事実が、玲奈の胸を強く締め付けていた。

「玲奈さま……心臓、すごく速いです……玲奈さまも、本当は怖かったんですか……?」

葵が涙目で顔を上げ、至近距離で玲奈の目を見つめる。

「……バカね。私が怖がるわけないでしょう。これは……あなたが強く抱きついてくるからよ」

玲奈は強がりを言いながら、葵の濡れた頬を指先で優しく拭った。

「玲奈さま……」 「葵……」

互いの吐息が交差する距離。外のモンスターの遠吠えも、怪しい環境音も、二人の耳にはもう届いていなかった。ただ、互いの鼓動と熱量だけが、その狭い空間を支配していた。

玲奈がゆっくりと顔を近づけ、葵が素直に瞳を閉じた――その瞬間。

『パァァァァン!!』

ファンファーレとともに、診察室の壁が突如として倒れ、眩しい光が差し込んできた。

『おめでとうございます! 隠し部屋発見により、特別ゴール達成です!』

システムのアナウンスが無粋に響き渡る。

「「……え?」」

光の向こうには、すでにゴールにたどり着いていた他の8人のメンバーが待機していた。

「あ! 玲奈様と葵ちゃん! 無事だったんだね!」(まひろ) 「ちょっと二人とも、暗闇の中で何やってたの〜? すごく良い雰囲気だったけど〜?」(莉子) 「り、莉子先輩! 余計なことを言わないでください!」(刹那)

パッと跳ね起きるように離れる玲奈と葵。二人とも、顔がリンゴのように真っ赤になっていた。

「な、なんでもないわ! ただの避難よ! ほら、さっさとログアウトするわよ!」

玲奈は慌ててメニュー画面を操作し、逃げるようにダイブを終了させた。

第五章:夢の終わり、夏の始まり

「……ふぅ」

現実世界のGL部室。 ヘッドギア『フルダイブ・バルブ』を外した10人は、それぞれのベッドやソファで体を起こした。

部屋には夕闇が深まり、セミの鳴き声が遠くで聞こえている。 VR空間のひんやりとした湿気とは違う、現実の夏の温かい空気が肌を包んだ。

「あ〜面白かった! 冴、また行こうね!」 「私はもう御免よ……肩が凝って仕方がないわ」

「結衣ちゃん、手……繋いでくれてありがとうね」 「ううん、私の方こそ……まひろちゃんがいてくれて良かった」

「幽霊さんのお茶会、楽しかったですわね」 「ええ、次回は茶器を持参しましょう〜」

部員たちが口々に感想を言い合いながら、笑い声を上げている。 葵は自分のヘッドギアを抱えながら、そわそわと玲奈の方を見た。

玲奈は紅茶を一口飲み、いつもの冷静な表情を取り戻していたが、耳たぶだけが小さく赤くなっていた。

「……葵」 「は、はい! 玲奈さま!」

「その……今日の体験は、なかなか興味深いデータが取れたわね」 「データ、ですか……?」

玲奈は立ち上がると、葵の頭にそっと手を置いた。

「ええ。恐怖空間における人間の心理的密着度……そして、あなたの可愛さについてのね」

「〜〜〜〜っっ!? 玲奈さまのいじわるーっ!」

赤面してぽかぽかと玲奈の腕を叩く葵と、それを満足そうに受け止める玲奈。 その光景を見て、GL部のメンバーからは温かい温かい冷やかしの拍手が送られたのだった。

フルダイブVRがもたらした、ちょっと奇妙で、けれどとびきり甘い夏の日の肝試し。 少女たちの絆(と少しの恋心)は、恐怖の影を吹き飛ばすほどに、強く深く結ばれていた。

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