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『百合色学園GL部』ドキドキ映画鑑賞!

あらすじ

『百合色学園GL部』の女子生徒十人。映画鑑賞するのでした。

雨の降る木曜日の放課後、視聴覚室の重い遮光カーテンが引かれると、部屋の中は一気に薄暗い密室へと姿を変えた。パイプ椅子の擦れる低い音と、エアコンの送風音が途切れることなく室内に響いている。


教卓の周りに集まったのは、『百合色学園GL部』の女子生徒十人。提案したのはGL部部長のあおいだ。配られたレジュメの端を無意識に折り曲げていたのは、隣に座る幼馴染の凛。その周りを、学年などランダムに部員のメンバーが思い思いの距離感で囲んでいる。


「ちょっとあおい、本当にこれ見るの? 先生に見つかったら怒られない?」


膝の上にカーディガンを乗せ、スマートフォンを気にしていた結衣が小声で尋ねた。


「大丈夫だって。放課後の使用許可は取ってあるし、顧問の先生は職員会議で帰ってこないから。それにこれは『現代アジア映画における構成と視点叙述の研究』っていう立派な部活の鑑賞会。……建前上はね」


あおいがニヤリと笑い、DVDケースからディスクを取り出してプレイヤーにセットした。黒いジャケットには、クラシカルで艶やかな衣装を纏った女性たちの姿。


「1930年代の朝鮮半島が舞台のミステリーサスペンスの傑作だよ。すっごく面白いから」


あおいはそう言ったが、それ以上の詳細は語らなかった。この映画が持つ真の衝撃と、単なるサスペンスにとどまらないシーンを前にしたとき、部員たちがどんな顔をするのかを少し見てみたいといういたずら心もあった。


プロジェクターから放射された青白い光が、黒板の前に設置された大型スクリーンを撃ち抜く。暗闇の中で十人の視線が一点に集まった。


物語の冒頭、冷たい雨の降る朝鮮半島の風景と、緑豊かな広大な敷地に佇む奇妙な大邸宅が映し出された。純和風の書院造りと西洋のヴィクトリア様式が不気味に合体したその屋敷は、どこか威厳がありながらも狂気を孕んでいた。


「うわ、服めちゃくちゃ可愛い……」


最前列に座る真希がぽつりと呟いた。金銭を目当てに、偽の『伯爵』と組んで屋敷の令嬢の侍女として潜入する少女。彼女が身にまとう清楚なチマチョゴリや、お嬢様が着る和洋の絢爛豪華なドレスに、生徒たちの目が輝く。


物語はまず、少女の視点(第1部)で進んでいく。 屋敷を支配する凄惨な雰囲気の伯父の存在、そして彼から逃れられず、心を閉ざして生きる可憐なお嬢様。少女は彼女を騙して財産を奪い、精神病院に閉じ込めるはずだった。しかし、孤独で儚げなお嬢様のお世話をするうち、少女の心には罪悪感と、それを超える愛おしさが芽生えていく。


「なんか……この子の気持ち、ちょっとわかるかも」


膝を抱え込み、スクリーンを喰い入るように見つめていた凛が漏らした。 画面の中では、お嬢様の尖った虫歯を、少女が指に巻いたガーゼで優しく削り磨いてあげる有名なシーンが流れていた。


白い大きな浴槽の中、あたたかな湯気に包まれながら、密着して見つめ合う二人。すれ違う指先、濡れた黒髪、静かで熱い息遣い。 部屋の空気が徐々に変わっていく。誰一人としてお喋りをしなくなった。ただエアコンの機械音と、スクリーンから漏れる水の跳ねる音だけが満ちている。


最初は「伯爵の計画通りにお嬢様を騙せるか」という犯罪スリラーとして見ていた生徒たちの集中力は、次第に二人の間に漂う「過剰なまでの親密さ」へと吸い寄せられていった。


やがて第1部のクライマックス。伯爵とお嬢様は計画通り駆け落ちし、日本へ渡って結婚する。そして、伯爵たちが向かった精神病院の重い扉が開けられたとき――閉じ込められたのは、お嬢様の秀子ではなく、侍女の少女だった。


「えっ……!?」


真希が短く叫び、隣の結衣の手を咄嗟に握りしめた。


「嘘でしょ、あの子がハメられたの!?」 「お嬢様は偽物で、最初から伯爵とグルだったってこと?」


さざ波のような動揺が十人の間に広がる。騙されていたのは少女だけではなく、画面のこちら側で真剣に観ていた自分たちも同じだったのだ。あおいは隣で目を見開く凛の横顔を見ながら、小さく笑みを浮かべた。


「ふふ、まだまだ。ここからが本当の始まりだよ」


「第2部」のタイトルが表示され、物語は同じ時系列を今度は「秀子の視点」からもう一度辿り始める。


そこで明かされたのは、美しく高貴に見えたお嬢様の、あまりにも凄惨な生き地獄だった。 伯父によって幼少期から厳しく仕込まれ、男たちの前で官能小説を朗読させられる「朗読会」の道具として育てられたお嬢様。美しい着物を着せられ、精巧な人形のように扱われながら、男たちの歪んだ欲望の視線に晒され続けてきた日々。


それまでの美しいお屋敷の風景が一変し、グロテスクな男性支配の構造が露わになっていく。


「うわ……なにこれ、最悪……」


誰かが低く吐き捨てた。 スクリーンに映し出されるのは、立派な服を着た老紳士たちが、お嬢様の美しい朗読を聞きながら卑しい顔でほころぶ狂気の光景。


「男たち、マジで気持ち悪いんだけど」 「あの伯父さん、完全に狂ってるよ……」


生徒たちの間に、それまでのサスペンスを楽しむ空気とは異なる、明確な「怒り」と「生理的な嫌悪感」が混ざり始めた。普段は男性の視線から守られた女子校という空間で過ごしている彼女たちにとって、画面の中の「男たちの身勝手な欲望」は、強く鼻につくものだった。


そして物語の真相が明かされる。 絶望の中で自ら命を絶つことすら考えていたお嬢様の前に現れたのは、伯爵が送り込んできた少女だった。


最初は少女をも利用して屋敷から逃げ出そうとしていたお嬢様。しかし、少女はお嬢様の抱える苦しみを知ると、自分の計画や金などどうでもよくなり、お嬢様を苦しめてきた男たちの宝物――膨大な官能古書を、素手でズタズタに破き、インクをぶちまけて破壊したのだ。


「あ……すごい……!」


少女書斎の奇妙な絵画を切り裂き、貴重な本をプールに投げ捨てて足で踏みつけるシーンで、後列の席から小さな歓声が上がった。


「この子、格好よすぎる……!」 「すっきりした! もっと破け!」


男たちの支配の象徴であった暗い書斎を暴れまわる二人。それは、虐げられていた少女たちが、自分たちを縛りつける世界へ放った最初の力強い反撃だった。


だが、物語が二人の「愛の成就」へと向かうにつれ、教室の空気は再び緊張を孕んだものへと変化していった。


画面には、男たちの目を盗み、二人だけの部屋で重なり合うお嬢様と少女の姿が映し出される。

極めて美しく、そして官能的で直接的な同性同士のラブシーン。


部屋の空気が一瞬にして凍りついた。


それまで「酷い男たち!」「いけー!」と声を上げていた女子生徒たちが、途端に口をつぐんだ。誰かがゴクリと唾を呑む音が、異様なほど大きく響く。


誰もスクリーンから目を逸らせない。けれど、正面から直視するのも気恥ずかしい。 結衣はカーディガンを顔の前まで引き上げ、指の隙間から画面を見つめている。凛は、膝の上で握りしめた拳にギュッと力を込め、呼吸を浅くしていた。


そこにあるのは、単なる性的消費としての描写ではなかった。 互いを男性の支配から救い出し、一人の人間として求め合う二人だけの誓い。美しく、けれどあまりにも生々しい肉体の交わりに、高校生の少女たちは圧倒されていた。


誰も喋らない。肘掛けに置かれた手が、隣の誰かの手に触れそうになる。 暗闇の中で、十人の鼓動が同調していくかのような、濃密で言葉にできない時間が流れていた。


映画は怒涛の「第3部」へ突入する。 少女とお嬢様の鮮やかな連携によって、まんまと騙されたのは哀れな偽伯爵の方だった。


病院を脱出した少女と合流したお嬢様は、男たちの追手を巧みにかわし、莫大な手形を手に入れて港へと向かう。一方、騙されたことに気づいて二人を追おうとした伯爵は、お嬢様の伯父に捕らえられ、暗い地下室で恐ろしい拷問を受ける。しかし伯爵は最期に『お嬢様の伯父』を道連れにする形で毒煙を放ち、二人の男(抑圧者たち)は醜く自滅していく。


「自業自得だね」


凛がぽつりと呟いた。その声には、先ほどまでの困惑はなく、晴れやかな確信がこもっていた。


「男たちが勝手に愚かな欲望で潰し合って死んでいくの、すごく皮肉だけど最高にスカッとする」


「そうだね」とあおいは頷いた。 「この映画、男たちが『自分たちが支配している』と思い込んでいる裏で、女たちが手を取り合ってその支配を嘲笑いながら抜け出していく話なんだよ」


スクリーンの向こうでは、上海へと向かう豪華客船が静かな夜の海を進んでいた。 月光が波間を銀色に照らす中、客船の密室で、お嬢様と少女が自由に満ちた笑顔を浮かべ合っている。もう誰の視線も気にすることなく、誰の所有物でもなく、二人は対等な愛を確かめ合っていた。


銀幕がゆっくりと暗転し、美しい弦楽のエンドロールが流れ始める。


あおいがゆっくり立ち上がり、パチリと視聴覚室の蛍光灯を点けた。 一気に明るくなった室内に、まぶしそうに目を細める十人の少女たち。しばらくの間、誰も立ち上がろうとせず、ただ静かな余韻に浸っていた。


「……すごかった」


後列にいた奈々が、深く息を吐き出しながら呟いた。


「最初、ちょっと激しい映画なのかと思ってドキドキしちゃったけど……全然違った。なんか、すごくスカッとしたし、ちょっと泣きそうになっちゃった」


「わかる」と結衣も同意する。「あの子がさ、あの変な本を破くところ、胸がすっとしたよね。あんなに綺麗なお屋敷なのに、中身は地獄みたいだったから」


「お嬢様もお嬢様ぶってたけど、本当はすごく強い人だったんだね。二人が出会えて本当によかった」


口々に感想を言い合い始める生徒たち。 重苦しかった鑑賞前の空気は完全に消え去り、そこには一つの強烈な映像体験を共有した者同士の、どこか晴れやかな絆のようなものが生まれていた。


パイプ椅子を片付け、鞄を肩にかけた生徒たちが「じゃあね」「また明日」と言い合いながら、一人、また一人と視聴覚室を去っていく。


最後に残ったのは、機材の撤収をするあおいと、それを手伝う凛の二人だけだった。


「どうだった、凛?」


プロジェクターのコードを丁寧に巻き取りながら、あおいが尋ねた。 凛は窓の外、すっかり雨の上がった夕暮れの校庭を見つめていたが、振り返って少し照れくさそうに笑った。


「正直、途中でめちゃくちゃ気まずかったよ。あんな激しいシーンがあるなんて聞いてなかったし」


「あはは、ごめんごめん。でも、ただのサスペンスとして教えたら、あのシーンの持つ意味が薄れちゃうでしょ?」


「まあね……」 凛は自分の鞄のストラップをぎゅっと握りしめた。


「でも、なんていうか……すごく綺麗な映画だった。誰かに守られるのを待つんじゃなくて、自分たちで破滅的な罠を仕掛けて、二人で自由に逃げていくのが……すごく格好よかった」


「でしょ?」あおいは満足そうに微笑んだ。「私たちはさ、別に誰かの観賞用のお人形じゃないんだから」


「なにそれ、映画のセリフ?」


「ううん、私の本音」


二人は顔を見合わせて小さく笑った。


重い遮光カーテンを開けると、夕闇に染まりかけた橙色の光が部屋いっぱいに差し込んできた。雨上がりの風が、開けた窓から吹き込んでくる。少し湿っているけれど、どこか新しい季節の匂いがする風だった。


「帰ろっか」


「うん、お腹すいた」


鍵を閉め、誰もいなくなった静かな廊下を、二人並んで歩き出す。 スクリーンの中でどこまでも広がる海へと飛び出していったあの二人のように、少女たちの足取りは、放課後の校舎の中でどこまでも軽やかだった。

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