『宮女朱華』鳳凰(ほうおう)の兆し
あらすじ
皇太子妃・朱華は、ついに臨月を迎え出産する。
それはひなが夢にまで見た、そして自らの強さで掴み取った、
最高に幸せな景色の始まりだった。
大華帝国の宮廷に、一際冷え込む冬の夜が訪れていた。
かつて後宮を震撼させた麗妃の一派が
粛清されてから数ヶ月。
東宮の守りは、
もはや鉄壁を通り越して一つの要塞のようになっていた。
平民出身という壁を自らの聡明さで打ち破り、
数々の陰謀からお腹の子供を守り抜いた皇太子妃・朱華は、
ついに臨月を迎えていた。
「朱華、今夜は一段と冷える。無理をして起いている必要はない。早く横になりなさい」
深い蒼の龍袍を脱ぎ捨て、
白い寝衣姿になった皇太子・李蓮が、
過保護なほどに朱華の体を気遣う。
彼の大きな手が、朱華の大きく膨らんだお腹にそっと添えられた。
その手の熱は、
相変わらず現実と何の遜色もないほどにリアルで、
朱華の心を芯から温めてくれる。
「ふふ、大丈夫ですよ、殿下。この子はとても元気です。ほら、今も中で力強く蹴りました」
「うおっ……! 本当だ。随分と気性の激しい子のようだな。私に似たのか、それとも……お前のあの、朝廷の狐どもを黙らせた強さに似たのか」
李蓮は愛おしそうに目を細め、朱華の額に優しく口づけを落とした。
その、夢のような幸福に包まれた瞬間のことだった。
(……あ、れ?)
朱華の日本の高校生としての冷静な意識が、
肉体の異変を瞬時に察知した。
下腹部が内側から大きく弾けたような感覚と共に、
温かい液体が太ももを伝って流れ落ちる。
「殿下……、お水が……」
「水? 水がどうかしたのか……。いや、まさか、破水か!?」
みるみるうちに李蓮の顔から血の気が引いていく。
かつて朝廷の政敵を冷徹に排除したあの若き天才皇太子が、
今やただの狼狽する若者になっていた。
「御医だ! 産婆を呼べ! 東宮のすべての宮女を集めろ! 早くしろ!!」
李蓮の地鳴りのような咆哮が、静まり返った夜の東宮に響き渡る。
ここから、大華帝国の未来を揺るがす、朱華の長き戦いが始まった。
◇
産屋の嵐、そして夜明け。
「皇太子妃殿下、息を吸って! しっかり、お腹に力を入れてください!」
産屋の中は、湯気と血の匂い、そして産婆たちの緊迫した声で満ち溢れていた。
五感のすべてが本物として処理されるこの仮想世界において、
陣痛の痛みは凄まじいものだった。
現代日本の知識があろうとも、
この「命を生み出す痛み」だけは、どうすることもできない。
数分おきに襲ってくる、腹を引き裂かれるような激痛に、
朱華は意識が遠のきそうになる。
「う、あ……っ……! ぁあ!」
「朱華! 朱華、私の手を握れ!」
本来であれば、男子禁制であるはずの産屋。
しかし、李蓮は周囲の制止を完全に無視し、朱華の枕元に跪いていた。
彼の美しい顔は、朱華の流す汗と自らの涙で濡れている。
「殿下、中へ入っては……お体が穢れます……」
「黙れ! お前がこんなに苦しんでいるのに、私が外で呑気に待っていられるか! 穢れなど知るか! 私の命も、この国の未来も、お前とこの子がいてこそだ!」
李蓮は朱華の細い手を、骨が軋むほどの力強さで握りしめた。
その手の温もりが、
熱が、激痛に狂いそうになる朱華の心を必死にこの世界に繋ぎ止めていた。
(負けない……。私は、この人の子供を産むために、ここへ戻ってきたんだから……!)
R15指定の規約変更、フリープランへの移行。
システムがどう変わろうと、
この世界で出会った李蓮の愛だけは間違いなく本物だった。
彼が命がけで守ってくれたこの命を、
今度は自分がこの世に抱き上げなければならない。
外の闇が次第に薄れ、東の空が紫から茜色へと移り変わる頃。
「頭が見えました! あと一息です、殿下!」
産婆の叫び声と同時に、
朱華は残されたすべての力を振り絞って、お腹に力を込めた。
「あああああ―――っ!!」
世界が真っ白な光に包まれる。
次の瞬間、静まり返った東宮の空を切り裂くように、
高く、力強い産声が響き渡った。
「おぎゃあ! おぎゃあ! おぎゃあ―――!」
「……産まれました! 珠のような、立派な御男子にございます!」
産婆が歓喜の声をあげ、へその緒を切る。
朱華は激しい疲労感の中で、ようやく訪れた解放感に息を震わせた。
李蓮の手を見れば、
朱華が強く握りしめすぎたせいで、赤黒く手形が残っている。
しかし、彼はそんな痛みに気づく様子もなく、
ただ大粒の涙を流しながら、
生まれたばかりの我が子を愛おしそうに見つめていた。
「朱華、やったな……。お前が、我が世継ぎを、私に授けてくれた……」
李蓮は朱華の濡れた髪を優しく撫で、
その額に深い口づけを落とした。
◇
東宮に世継ぎの男子が誕生したという報せは、
地鳴りのような勢いで紫禁城の隅々へと広がっていった。
これまで平民出身の皇太子妃に対して、
冷ややかな目を向けていた朝廷の臣下たちも、
この「男子誕生」という絶対的な事実の前には、ひれ伏すしかなかった。
大華帝国において、皇太子の第一子となる男子は、
将来の皇帝の座を約束されたも同然の「至宝」だからである。
数日後、まだ体力の回復しきらない朱華の寝所に、
にわかには信じられないほどの大物が次々と姿を現した。
「おお、これが見事な鳳凰の御子か!」
最初に部屋へ踏み込んできたのは、
大華帝国の頂点に立つ皇帝その人であった。
普段は威厳に満ちた皇帝も、
この日ばかりは好々爺のような笑みを浮かべ、
李蓮が抱く赤ん坊を覗き込んでいる。
「朱華、よくぞやった。後ろ盾なき身でありながら、これほど立派に東宮を支え、我が国の未来を繋いでくれた。そなたの功績は、大華帝国の歴史に永く刻まれるであろう」
「もったいないお言葉にございます、陛下」
朱華がベッドの上で一礼しようとすると、皇帝はそれを手で制した。
「良い、今は体を休めよ。これより、この御子には最高の教育と、東宮に並ぶ領地を約束しよう」
続いて、部屋の空気が一瞬で引き締まるような、
気品に満ちた二人の女性が姿を現した。
帝国の後宮の最高権力者である皇太后と、
李蓮の母代わりでもある皇后である。
「まぁ、なんて美しいお顔立ちなのかしら。目元が、蓮の幼い頃にそっくりね」
皇后が、柔らかな微笑みを浮かべながら赤ん坊の頬にそっと触れた。
かつて麗妃たちの陰謀が渦巻いていた際も、
中立を保ちながら朱華の動向を見守っていた皇后は、
今や完全に朱華の味方となっていた。
「血筋などというものは、後からいくらでもついてくるもの。大切なのは、この宮廷の暗闇に染まらぬ、清らかな心。皇太子妃よ、そなたが流した涙と、その強さが、この子を本物の『皇帝の器』へと育てるでしょう」
最高位である皇太后からの、これ以上ない賛辞だった。
かつて「平民出身の宮女が、皇太子の寵愛を一身に集めている」と噂され、
嫉妬と陰謀の渦に巻き込まれていたあのあの日が、
まるで遠い昔の出来事のように思えた。
皇帝、皇太后、皇后、そして皇太子。
帝国の頂点に立つすべての人々が、
朱華が命がけで産んだ一人の男の子を中心に、歓喜に沸き立っていた。
それは、彼女がこの仮想世界で勝ち取った、
最高の「達成感と充足感」の瞬間だった。
◇
儀礼的な挨拶が終わり、ようやく静けさを取り戻した東宮の寝所。
窓の外からは、微かに冬の澄んだ夜の虫の音が聞こえてくる。
空気には、朱華の大好きな、
甘く重厚な沈香の香りが漂っていた。
李蓮は、小さなゆりかごの中で眠る我が子を確認すると、
朱華のベッドの脇にそっと腰掛けた。
「朱華、本当にありがとう。現実の学校生活では、誰もお前をこんな風に特別扱いしてくれなかったと言っていたな」
李蓮が、かつて朱華が漏らした「現実世界の寂しさ」について、
静かに語りかけてきた。
「ええ……。クラスのその他大勢の一人として埋もれていた私が、この世界では、あなたに出会い、一国の皇太子妃になり、そして今、母になりました」
朱華はそっと、李蓮の手の上に自分の手を重ねた。
「私は、お前がどこの世界の、どのような身分であろ関係ない。私の深い孤独を分かち合い、私の心を救ってくれたのは、お前ただ一人なのだから。お前が産んでくれたこの子と共に、私はこの国を、より温かく、誰もが怯えずに暮らせる平和な国へと変えてみせる。私とともに、この国を温かく照らしてくれ」
「はい……! どこまでも、殿下について参ります」
ひなが応えると、李蓮は愛おしそうに彼女を再び抱きしめた。
彼の胸の鼓動が、ひなの胸骨を通じて脈打つように伝わってくる。
R15指定を解除し、よりリアルで、
より大人の過酷な世界へと変わったこのゲーム。
しかし、そこで得た愛の結晶は、どんなプログラムよりも重く、
そして本物の熱を持っていた。
翌朝、大極殿へと続く巨大な階段の頂点に、李蓮と朱華、
そして彼の腕に抱かれた小さな世継ぎの姿があった。
澄み渡る青空の下、数百人もの文武百官がひざまずき、
地を揺らすような歓声をあげる。
『皇太子殿下、太子妃殿下、そして若君殿下、千歳! 千歳! 千千歳!!』
燦然と輝く太陽の光を浴びながら、朱華は心の中で、
自分自身の本当の名前――『ひな』を、そっと思い浮かべた。
現実世界の教室に戻れば、
また普通の高校生としての日常が待っているかもしれない。
けれど、夜が来れば、この愛しい夫と、守り抜いた我が子が待っている。
(ああ……私、本当に幸せ……)
李蓮はひなの手をしっかりと握りしめ、優しく微笑みかけた。
それは、ひなが夢にまで見た、そして自らの強さで掴み取った、
最高に幸せな景色の始まりだった。
記載する表現に関して、常識に基づいて気をつけて参りますが、
もしもを考慮して15歳未満閲覧非推奨を設定させて頂きます。
こちらに何か落ち度がございましたら、お知らせ願います。
※短編『S4(エス・フォー)』Scientific Fantasy
※短編ユリン S4 Scientific Fantasy2
先行した2つの作品を読んでいただけますと、
わかりやすい内容になっています。
参考までに気が向いたらご覧ください。
登場人物
〇チェ・ウニョン
天才脳科学者、元高校教師
韓国脳科学会に「性善説でもなく性悪説でもない
『無による無』の論文を出して提唱したが、
女性である事とまだ若い事が遠因となって、
『無による無』は
『成り行き任せの論ずるに値しない学説』として
笑われ、学会を追放されてしまった。
世の中にあがらう事を諦め、
生活の為にソウルの高校にて教師をしていた。
大変な美人だが、脳科学者だけに脳に正直で、
普通の女性よりもほんの少し下品で、
ほんの少しビッチな発言もある。
大韓民国の『国民総教化計画』を阻止すべく、
『水霊』の破壊と『儒林』の消滅をやってのけた。
◯佐藤志乃
株式会社Juringエンター会長。
韓国の大女優ソン・インナ。
父親は韓国一の財閥を救った伝説の投資家。
Meteor shower signal reception。
流星群受信に投資して成功した。
スーパーコンピュータ『樹林』の建造と
フルVRゲームサービス『ヴァーチャル・ダイブ』の
運営の為にチェ・ウニョンをヘッドハンティングした。
息子は作家のユン・シウ。
息子の嫁はカン・サラン(ソン・カナン)
孫はユン・ソア
〇キム・ソヒョン
アトリエ・ノア会長室室長。
会長佐藤氏志乃の最側近(雑用係とも)
FGS(藤咲化粧品)korea第二営業企画部部長。
総合映像制作会社S.S.I社長ユン・ヒョヌの元恋人。
作家ユン・シウの元恋人。
他者肯定も少なく、
自己肯定も少ないので何かと苦労しがちな女性。
それはチェ・ウニョンの理論『無による無』と通じる素養をもっている。
元恋人のユン・シウは作家なだけに空即是色
(0から創作する )または(何気ない日常がドラマだ)と考える人間なので、
分かり合えるはずがなかったのかも知れない。
◯ユン・ソア
4歳。女の子。
韓国の売れっ子。子役俳優ソン・シア。
佐藤志乃の孫。
美男美女の両親から生まれた超絶美少女。
世界一、高慢で糞生意気な娘。
豪華客船をねだり、飛行機の方が安い理由から専用ジャンボジェット機を買ってもらった事がある(一度乗せて満足した所を見計らってすぐに売却された)
◯カン・サラン
25歳
女優ソン・カナン。作家ユン・シウの妻。
ユン・ソアの母。佐藤志乃の息子嫁。
夫ユン・シウが思う世界一の美人。
チェ・ウニョンに協力して、韓国の全能化計画『儒林』の消滅を手伝った。
その時は、偽名を使っており、チェ・ウニョンはサランを『城北洞の女』とだけ、認識していた。
そんな理由からチェ・ウニョンはサランとの再会に驚き、サランの素性を知る事となる。
藤咲化粧品(F.G.S)の『ファイン・グロス・ファイネスト』の5年ほど専属モデルであり、『Cosme De Saran』のモデル兼プロデューサーなので日本国内でも、女性ならかなりの認知度がある。
得意技は10代の時に貧乏してバイトに明け暮れた為、包丁使いが超人であり、包丁を2丁使ってみじん切りをする時はチャド・スミスになる。サラン本人はレッドホットチリペッパーズもチャド・スミスも知らないが父の影響で数千回聴かされていた、キャントストップのリズムでみじん切りする。
機嫌が良いと所構わずミュージカルスターのように、歌いながらターンしたり、ステップ踏んだりする。Juringエンター研究所の社員食堂を占拠して、
包丁捌きを披露したり、メニューにオリジナル特製カレーライス。特製和風手ごねハンバーグ。冷やし山菜とろろ蕎麦。を強引に追加する。
参考
※S4(エスフォー)
韓国で開発された超睡眠時学習システム
『Super・Sleep・Studying・Systems』
大韓構想にて国民総教化計画の一環で
表向きは若年世代の教育強化を目指した。
※水霊
韓国で大韓構想を元に開発されたスーパーコンピュータ。
『Super・Sleep・Studying・Systems』の頭脳。
※大韓構想
朝鮮半島の統一を果たした大韓民国が掲げた構想。
「世界で最も優秀で、最も繁栄した国家の構築」
※儒林
水霊の真の最終目標『全脳化計画』。
世界中のPC・タブレット・スマホを『CPU』として、
水霊を実体無くして最強であるものとする計画。
シナプスとして
流星群受信が用いられた。
※樹林
北海道ニセコにて佐藤志乃率いる
Juringエンタが開発したスーパーコンピュータ。
日本メーカーのゲーム機(一応、最高グレード)1万5千台を接続して、
30億円投資して完成させた。
ちなみに名前の由来は、数十年前に佐藤志乃が在籍した、
東京シルフィード歌劇団在籍時の舞台名
『天翔樹林』が元になっている。
(社名のJuringエンターテイメントも同様)
儒林と似ているがまったく関係ないネーミングであった。
表向きは『つぎはぎのポンコツ』とされているが、
実際は日本のフラッグシップ富岳と同等以上の性能を発揮し、
消費電力も3分の1となっており、
投下した資本からするとかなりコスパの良い設備である。
国内で騒がれない為に『山奥のポンコツ』と広めている。
冷却に降雪した雪を使用しており、融けてろ過した水は海外に売却してコストダウンしている。
後日、魔改造が施されスペックが向上した。
エラーはほとんどなくなった。
※流星群受信
Meteor shower signal reception。
米国の富豪が打ち上げた精密な衛星通信網は、
自動帰還するロケットを用い、小型通信衛星を打ち上げるビジネスであったが、
日本のベンチャーがもっと安価に完全使い捨ての格安ロケットにて、
野球の球ほどの通信端末をドラム缶いっぱいに持っていき、
衛星軌道上でぶちまける事によって追い抜いた。
死角無しの衛星通信網である。
無計画に端末をぶちまく為、高頻度で大気圏に落下し、
流れ星が大量にみられる理由から、流星群受信と言われるようになった。
極めて大雑把で安価なベンチャービジネスで構築した、
地球全土を覆う死角なき通信ネットワークのその通信端末は、
現代のスマホが充電スタンドで置くだけで充電できるのと同じ仕組みで、
宇宙に漂う電磁波を表面で吸収し、半永久的に駆動する。




