kPOPアイドルになりたい。 『夢の波形』と『輝く星のように』
あらすじ
高校2年生紬はkpopアイドルに憧れていた。『フルダイブ・バルブ』を装着してダイブする。
第一章 星屑の電波塔
真夜中の自室で、紬はベッドの脇に置かれた黒鏡面のハードウェアを凝視していた。
頭部を包み込むような滑らかな曲線を描くVRヘッドギア——『フルダイブ・バルブ』。
北海道ニセコに建造された超並列スーパーコンピュータ『樹林』を中核とし、最新の睡眠学習システム『S4(Super・Sleep・Studying・Systems)』をベースに構築されたフル体験型VRゲーム『ヴァーチャル・ダイブ』の専用端末だ。
開発者は、若干二十六歳にして世界の脳科学界を震撼させた天才、チェ・ウニョン博士。彼女が唱えた「流星群の微小電磁波と人間の深層睡眠波の同期原理」を利用した『S4』は、睡眠時の脳内シミュレーション密度を高め、覚醒時の数百倍に及ぶ学習・体験効果を叩き出すとされていた。
「これなら……私でも間に合うかな」
紬は高校二年。放課後の教室で一人、スマートフォンの画面に映るK-POPガールズグループのダンス動画を眺めては、誰もいなくなった音楽室で鏡に向かってステップを踏む日々を送っていた。
しかし、現実は厳しい。地元の小さなダンススクールに週一回通う程度では、幼少期から英才教育を受けてきた韓国の練習生たちに追いつけるはずもなかった。夢は、世界最高峰のガールズグループオーディション番組『PROJECT: AURA』でデビューすること。最終オーディションの応募締切までは、あとわずか三ヶ月。
「睡眠時間の六時間が、数百時間の練習になる……」
紬は息をのんでヘッドギアを両手で持ち上げ、頭部に装着した。額と側頭部に冷たいセンサーが密着する。サイドパネルのLEDが青く点滅し、可憐で静謐な合成音声が耳奥に響いた。
『——フルダイブ・バルブ、起動。ユーザー認証:ツムギ。接続先:ニセコ・メインフレーム「樹林」。S4プロトコル開始。良い夢を』
視界が暗転し、浮遊感が全身を包む。身体の感覚が消え去り、意識が深海の底へと落ちていくと同時に、頭骨を直接揺さぶるような微細な振動が走った。
メテオラシャワー——宇宙から降り注ぐ微弱なシグナルと『樹林』の演算波形が完全に噛み合わさった瞬間、紬の意識は覚醒時を超える鮮明さを持って、広大な仮想空間へと叩き出された。
第二章 ニセコの森の電脳領域
「ようこそ、『ヴァーチャル・ダイブ』へ。練習生ツムギ」
視界が開けると、そこは無機質でありながら息をのむほど美しい空間だった。見上げるほど高い天井まで届く全面ガラス窓の向こうには、雪に覆われたニセコの雄大な山並みと、夜空を切り裂く幾千の流星が広がっている。
床は漆黒のポリッシュミラー。その中央に立っていたのは、白い白衣を肩に羽織り、知的で鋭い眼光をたたえた美しい女性だった。チェ・ウニョン博士本人だ。NPCの案内役として最適化された彼女のAIアバターが、すっと唇を吊り上げた。
「あなたの脳波データは受信済みです。希望するシミュレーションコースは『K-POPアイドル・マスタープログラム』。難易度は最高ランク……本当に実行しますか? 脳内体感時間は、現実の数カ月分に相当します」
「……お願いします。私、どうしてもデビューしたいんです。本物になりたいんです」
紬が強く頷くと、ウニョンは細い指先を空中で一閃させた。
「良い回答です。『樹林』の追加並列CPU群、接続率100%。処理能力1.7倍。——あなたの限界を、上書きしなさい」
空間が激しく歪み、次の瞬間、紬は眩いスポットライトが降り注ぐ、巨大なダンススタジオに立っていた。
壁一面の鏡。耳を裂くような重低音のビート。そして、彼女の周囲には数百人もの「ライバルたち」のNPC、さらには全国から『S4』にアクセスしている他のプレイヤーたちのリアルなアバターがひしめいていた。
「レッスン1。リズムキープおよびアイソレーション。体幹固定精度、99.8%未満は即落選」
頭上に浮かぶ巨大なホログラム画面に、過酷なシミュレーションメニューが表示される。
現実の身体では動かせない筋肉の微細な連動、コンマ一秒の遅れも許されないステップ、そして激しい運動の中でも決してブレない発声法。『S4』の恐怖は、それが単なる「映像を見ているだけ」ではない点にあった。脳の運動野に直接刺激が与えられ、筋肉の疲労感、乳酸が溜まるような激痛、汗の冷たさ、息切れの苦しさまでが完璧に再現されるのだ。
「うっ……く……!」
何度も倒れ込み、鏡に映る自分の不格好な姿に打ちのめされる。しかし、倒れても『S4』の時間加速は止まらない。現実の一瞬が、仮想空間での一時間に相当する。
「もう一度!」
紬は立ち上がった。泥臭く、何度も汗を拭い、ウニョンAIが提示する理想の骨格軌道を脳内で何度もトレースする。頭の中に流星群の受信ノイズがかすかに響くたび、神経回路が書き換えられ、身体の使い方が異常な速度で磨かれていくのが分かった。
円周率一万桁すら数時間で暗記させる『S4』の演算能力は、紬の筋運動記憶を爆発的なスピードで構築していった。
第三章 試練のオーディション『PROJECT: AURA』
『ヴァーチャル・ダイブ』を利用し始めて一ヶ月。現実世界の紬の体調に変化はなかったが、彼女の纏う空気は激変していた。登校途中の歩き方、立ち姿、視線の配り方。すべてが磨ぎ澄まされたダンサーのそれへと変貌していたのだ。
そしてついに、韓国・ソウルで挙行される『PROJECT: AURA』の一次現地選考の日が訪れた。
会場は数千人の応募者で溢れ返っていた。大手事務所の有名練習生、SNSで数十万人のフォロワーを持つインフルエンサー、幼少期から数々のコンテストを制してきた実力派。緊張感で息が詰まりそうな控室で、紬は静かに目を閉じ、脳内で『樹林』の波長を思い出していた。
「次、エントリーナンバー407番。ツムギ・タカハシ」
呼ばれてステージに上がる。審査員席には、韓国音楽界の重鎮プロデューサーや、有名振付師たちが厳しい表情で居並んでいた。
「自己PRをどうぞ」
「……よろしくお願いします」
紬は深く一礼すると、音楽が鳴るのを待った。
曲は、当日その場で渡された初見の課題曲。テンポの速いハイパーポップと激しいヒップホップが交錯する極めて難易度の高いトラックだ。他の参加者たちが振付の消化に苦しむ中、紬の脳内で『S4』のシミュレーターが瞬時に起動した。
(このビート、BPM138。『S4』のレベル5でやったパターンと同じ……!)
音楽が鳴り響いた瞬間、紬の身体が弾けた。
重力を無視したようなしなやかなジャンプ、鋭いアイソレーション、そして何より、観客を惹きつける圧倒的な表情管理。
仮想空間で何千時間と繰り返したパフォーマンス。ウニョンAIの苛烈な千本ノックを耐え抜いた自信が、彼女の全身から「オーラ」となって放たれていた。
審査員たちの目が丸くなる。ペンを止め、息をのんで紬のパフォーマンスに見入っている。
曲が終わると同時に、静寂が訪れた。紬は肩で息をしながら、まっすぐに審査員を見つめた。
「……君、どこで練習したの? 大手事務所の非公開練習生か?」
審査員長が呆気にとられたように尋ねた。
「いいえ。……ニセコの『樹林』の中で、ずっと練習していました」
紬は微笑んだ。審査員たちは顔を見合わせ、首をかしげたが、次の瞬間、満場一致の合格札が掲げられた。
こうして紬は、世界中で放送される本戦参加者四十名の一人に選出されたのだった。
第四章 加速する過酷さと葛藤
オーディション番組『PROJECT: AURA』の本戦は、まさに地獄だった。
毎週末に行われる脱落式。チームごとに与えられる難解な課題曲。徹夜続きの練習生活。世界中から集まった実力者たちの嫉妬と焦燥。
だが、紬には最強の武器があった。宿舎で与えられるわずかな睡眠時間中、彼女は『フルダイブ・バルブ』を装着し、一人『樹林』の深層領域へとダイブしていたのだ。
現実の三時間の睡眠が、仮想空間での数十日分の練習時間へと変わる。
他の参加者が身体を壊し、声帯を痛めて脱落していく中、紬は『S4』の中で喉を痛めない発声法を完壁にマスターし、あらゆる複雑なフォーメーション移動を脳内で完璧にシミュレートしていた。
番組内での彼女の順位は、30位から15位、そして一気に5位へと急上昇した。
「ツムギは天才だ」 「彗星のごとく現れたモンスター練習生」
視聴者やネット上は紬の称賛で溢れ返った。しかし、紬の心の中には黒い影が広がり始めていた。
ある夜のダイブ中、漆黒の練習スタジオで紬はウニョンAIに問いかけた。
「ウニョン博士……私、本当に自分の実力で勝っているのかな」
ウニョンAIは、冷ややかな瞳で紬を見つめ返した。
「どういう意味ですか?」
「他の子たちは、現実の身体で、血を吐くような思いをして何年も努力してきた。でも私は……『S4』を使って、時間をごまかして、脳に直接運動パターンを書き込んだだけ。これって……ドーピングと同じじゃないの?」
ウニョンAIは一歩、紬に歩み寄った。ニセコの夜空から降り注ぐメテオラシャワーの光が、彼女の美貌を妖しく照らす。
「勘違いしないでください、ツムギ。『S4』は魔法ではありません。脳に刺激を与えているのはシステムですが、その苦痛に耐え、筋肉を鼓舞し、脳の神経伝達物質を分泌させているのは、あなた自身の精神力です。数千時間の苦痛を、わずか数夜で受け止める恐怖を……あなたは知っているはずだ」
ウニョンは紬の胸元に指を突きつけた。
「並列接続された追加CPUの熱量が、あなたの情熱と同期している。このシミュレーションに耐え切れず、精神を病んでドロップアウトしたユーザーがどれだけいると思っているのですか? あなたが勝ち登っているのは、紛れもなくあなたの強い意志の結果です」
「私の……意志……」
「ええ。ですが——もし自分の『泥臭い努力』を証明したいのなら。最終決戦、本物の自分を見せなさい」
第五章 ファイナル・ステージ『メテオ・シャワー』
『PROJECT: AURA』最終章。残されたのはわずか九名。デビュー枠は「五名」。
最終選考の生放送は、ソウルのオリンピック公園オリンピックホールで開催された。一万人を超える観客の歓声、世界数十カ国への同時生配信。熱気と興奮で会場の空気は狂気に近い高揚感に包まれていた。
紬に与えられたファイナル曲のタイトルは『Meteora』。
奇妙な一致だった。まるでチェ・ウニョン博士と『樹林』が、紬のために用意したかのような、疾走感と美しさが同居する楽曲。
ステージの袖で、紬は自分の手を見つめた。
震えていない。
(今夜は……ダイブじゃない。本物の、一度きりのステージだ)
「ツムギ、出番だ!」
スタッフの声援を受け、紬は光あふれるセンターステージへと躍り出た。
暗転する会場。一万人のペンライトが、まるで夜空の星屑のように青く揺れている。
イントロの重低音が鳴り響いた。
紬の足が、腕が、首が、完璧なリズムで動き出す。
それは『S4』で叩き込まれた精密なデータを超えた、紬自身の魂の躍動だった。
一回一回のステップに、地元の小さな音楽室で一人踊っていた頃の情熱を乗せる。一音一音の発声に、未来への不安を振り払おうとしていた夜の祈りを込める。
サビに突入した瞬間、紬は高音のソロパートを歌い上げながら、圧巻のハイスピードターンを決めた。
その瞬間、会場の大型ビジョンに映し出された紬の瞳は、まるで流星の輝きを宿したかのように強く、気高く光っていた。
観客の悲鳴のような歓声。他の練習生たちの息をのむ音。審査員たちが立ち上がり、惜しみない拍手を送る。
自分と世界の境目が消えていく感覚。現実と仮想、努力とテクノロジーが融合し、自分という存在が純粋な「表現」そのものへと昇華していく。
曲が終わった瞬間、紬は天を見上げた。ステージの天井に設置された照明の群れが、ニセコの空で見たメテオラシャワーと重なって見えた。
結び 夢の先にあるリアル
「『PROJECT: AURA』、最終デビューメンバーを発表します」
MCの声が厳かに響く。
「第1位——獲得投票数、三百万票。……タカハシ・ツムギ!」
地鳴りのような歓声が会場を包み込んだ。紬の目から、溢れ出る涙が頬を伝った。それはプログラムされた仮想の汗ではなく、温かく、しょっぱい、本物の涙だった。
センターの位置に立ち、トロフィーを抱きしめる紬。彼女はカメラの向こう、そして遙か北の地、北海道ニセコで稼働し続ける超巨大スーパーコンピュータ『樹林』に向けて、深く、深く頭を下げた。
——数日後。
デビュー準備に追われるソウルの事務所の控室で、紬はスマートフォンを開いた。ニュースのトップには、新しい記事が踊っていた。
『ウニョン博士の「ヴァーチャル・ダイブ」、世界利用者数一億人を突破。ニセコ「樹林」のさらなる増設を発表』
紬はフッと微笑み、胸元に下げた小さなペンダントトップ——『フルダイブ・バルブ』の小型アクセスキーに触れた。
「ありがとう、ウニョン博士。ありがとう、樹林」
少女は静かに目を閉じ、次のステージに向けた、新しい「夢」の中へと、再び深くダイブしていった。
記載する表現に関して、常識に基づいて気をつけて参りますが、
もしもを考慮して15歳未満閲覧非推奨を設定させて頂きます。
こちらに何か落ち度がございましたら、お知らせ願います。
※短編『S4(エス・フォー)』Scientific Fantasy
※短編ユリン S4 Scientific Fantasy2
先行した2つの作品を読んでいただけますと、
わかりやすい内容になっています。
参考までに気が向いたらご覧ください。
登場人物
〇チェ・ウニョン
天才脳科学者、元高校教師
韓国脳科学会に「性善説でもなく性悪説でもない
『無による無』の論文を出して提唱したが、
女性である事とまだ若い事が遠因となって、
『無による無』は
『成り行き任せの論ずるに値しない学説』として
笑われ、学会を追放されてしまった。
世の中にあがらう事を諦め、
生活の為にソウルの高校にて教師をしていた。
大変な美人だが、脳科学者だけに脳に正直で、
普通の女性よりもほんの少し下品で、
ほんの少しビッチな発言もある。
大韓民国の『国民総教化計画』を阻止すべく、
『水霊』の破壊と『儒林』の消滅をやってのけた。
キム・ソヒョン
アトリエ・ノア会長室室長。
会長佐藤氏志乃の最側近(雑用係とも)
FGS(藤咲化粧品)korea第二営業企画部部長。
総合映像制作会社S.S.I社長ユン・ヒョヌの元恋人。
作家ユン・シウの元恋人。
他者肯定も少なく、
自己肯定も少ないので何かと苦労しがちな女性。
それはチェ・ウニョンの理論『無による無』と通じる素養をもっている。
元恋人のユン・シウは作家なだけに空即是色
(0から創作する )または(何気ない日常がドラマだ)と考える人間なので、
分かり合えるはずがなかったのかも知れない。
参考
※S4(エスフォー)
韓国で開発された超睡眠時学習システム
『Super・Sleep・Studying・Systems』
大韓構想にて国民総教化計画の一環で
表向きは若年世代の教育強化を目指した。
※水霊
韓国で大韓構想を元に開発されたスーパーコンピュータ。
『Super・Sleep・Studying・Systems』の頭脳。
※大韓構想
朝鮮半島の統一を果たした大韓民国が掲げた構想。
「世界で最も優秀で、最も繁栄した国家の構築」
※儒林
水霊の真の最終目標『全脳化計画』。
世界中のPC・タブレット・スマホを『CPU』として、
水霊を実体無くして最強であるものとする計画。
シナプスとして
流星群受信が用いられた。
※樹林
北海道ニセコにて佐藤志乃率いる
Juringエンタが開発したスーパーコンピュータ。
日本メーカーのゲーム機(一応、最高グレード)1万5千台を接続して、
30億円投資して完成させた。
ちなみに名前の由来は、数十年前に佐藤志乃が在籍した、
東京シルフィード歌劇団在籍時の舞台名
『天翔樹林』が元になっている。
(社名のJuringエンターテイメントも同様)
儒林と似ているがまったく関係ないネーミングであった。
表向きは『つぎはぎのポンコツ』とされているが、
実際は日本のフラッグシップ富岳と同等以上の性能を発揮し、
消費電力も3分の1となっており、
投下した資本からするとかなりコスパの良い設備である。
国内で騒がれない為に『山奥のポンコツ』と広めている。
冷却に降雪した雪を使用しており、融けてろ過した水は海外に売却してコストダウンしている。
後日、魔改造が施されスペックが向上した。
エラーはほとんどなくなった。
※流星群受信
Meteor shower signal reception。
米国の富豪が打ち上げた精密な衛星通信網は、
自動帰還するロケットを用い、小型通信衛星を打ち上げるビジネスであったが、
日本のベンチャーがもっと安価に完全使い捨ての格安ロケットにて、
野球の球ほどの通信端末をドラム缶いっぱいに持っていき、
衛星軌道上でぶちまける事によって追い抜いた。
死角無しの衛星通信網である。
無計画に端末をぶちまく為、高頻度で大気圏に落下し、
流れ星が大量にみられる理由から、流星群受信と言われるようになった。
極めて大雑把で安価なベンチャービジネスで構築した、
地球全土を覆う死角なき通信ネットワークのその通信端末は、
現代のスマホが充電スタンドで置くだけで充電できるのと同じ仕組みで、
宇宙に漂う電磁波を表面で吸収し、半永久的に駆動する。




