表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/114

『新宿2丁目高等学校BL部』夏休みの自由研究

あらすじ

未成年が行ってはいけない街がある。だが、そこに学校があるなら転校するとどうなるか?

そこは男子たちの秘密の花園。BL三昧が待っている。

『ヴァーチャル・ダイブ』:第二歌舞伎町三番街

第一章:メテオラ・シグナル

深夜二時、ニセコ山麓の地下三〇メートルに位置する冷却プールが、青白く澄んだ光を静かに放っていた。 スーパーコンピュータ『樹林ジュリン』。その中央演算ユニットを包む冷気は、まるで太古の森が吐き出す濃密な霧のように揺らめいている。


「流星群シグナル、同期率九九・八パーセント。メテオラシャワーからの微弱電磁波、受信用アンテナアレイ全機、良好にトラッキング中」


オペレータの無機質な声がコントロールルームに響く。 メインモニターの前に佇むのは、若き脳科学者チェ・ウニョン(26)。白衣の裾をたなびかせ、細いフレームの眼鏡の奥で知性豊かな瞳を輝かせていた。


「よし、接続コネクト睡眠波形レム・ノンレムの周期を流星群のパルスと完全共鳴させて」


ウニョンの指先がコンソールを軽やかに滑る。 彼女が開発した超睡眠時学習システム『S4(エスフォー)』——Super Sleep Studying Systems。 本来、睡眠中の脳波を整え、日中の数百倍に及ぶ超高密度な情報伝達を行うために設計された国家級プロジェクトである。一晩眠るだけで円周率一万桁を完璧に脳内記憶へ刻み込むことすら容易とされるこのシステムは、ウニョンの手によって新たな地平へと踏み出していた。


商業化プロジェクト、『ヴァーチャル・ダイブ』。


頭部に装着する最新型デバイス『フルダイブ・バルブ』を通じて、人間の意識を完全な仮想現実へと没入させる娯楽システムである。世界中から爆発的に急増した利用者の処理能力を賄うため、『樹林』には数百万台規模の追加CPUが並列接続され、その演算性能は初期状態の1.7倍へと跳ね上がっていた。


「……にしても、人間という生き物は面白いのね」 ウニョンは、リアルタイムで流れる世界中のダイバーたちの意識ログを眺め、ふっと唇の端を上げた。 「数式や歴史の暗記に使う人間なんて全体の二割未満。残りの八割以上は、己の欲望の具現化のためにこの『樹林』の広大な領域を消費している」


画面の隅、ひとつのアクセスログが明滅を開始した。 新規ダイブ申請。プレイヤー名:森田モリタ ムツミ。高校三年生。 設定ダイブ先——『新宿2丁目高等学校』。


ウニョンは小さく肩をすくめた。 「未成年立ち入り禁止の歓楽街に、仮想の『学校』を建設して転校する……。発想が実に青くさくて、そして最高に強欲だわ。いいでしょう、システム『S4』、彼の望む世界を演算しなさい」


第二章:境界のバルブ

「うわ、マジで寝落ちする感覚と一緒だ……」


自室のベッドの上で、森田睦は頭部にセットした『フルダイブ・バルブ』の冷たい金属の感触を噛み締めていた。 高校三年の夏。受験勉強のストレス、将来への曖昧な不安、そして何より——周囲の友人たちには決して明かすことのできない、自分自身の内に潜む「嗜好」。


男が好きだ。それも、少女漫画やBLボーイズラブ小説に出てくるような、ドラマチックで、自分だけを無条件に甘やかしてくれる男たちと戯れたい。


だが現実の新宿二丁目は、未成年である睦にとってはあまりにも敷居が高く、足を踏み入れることすら許されない禁断の聖域だった。 「だったら、そこに学校があればいいじゃないか。僕がそこに『転校』すれば、何の問題もない!」


バルブのLEDランプが青から深紫へと変色する。 視界が急速に歪み、重力が消え去った。耳元で、流星群が降り注ぐような静かなノイズ——メテオラシャワーの受信音——が心地よく響く。 脳波が『樹林』の超高密度演算領域と直結し、睦の意識は現実の肉体を置き去りにして、加速された仮想世界へと垂直に落ちて行った。


第三章:新宿2丁目高等学校

目を開けると、そこは眩しいほどの午後の陽光が射し込む廊下だった。


磨き上げられた木製の床。ノスタルジックな校舎の匂い。しかし、窓の外を見渡して睦は息をのんだ。 校庭の向こうに聳え立っているのは、見慣れた運動場の防球ネットではなく、ネオン看板がひしめく新宿のビル街だった。昼間だというのに色とりどりのライトが揺らめき、独特の怪しげで華やかな熱気が校舎を包み込んでいる。


「本当に……できた。新宿2丁目高等学校だ……!」


睦は胸を高鳴らせながら、自らの姿を見下ろした。パリッとした仕立ての良いブレザーの制服。胸元には『転校生』を示す真っ赤なコサージュが飾られている。


「本日付で2年B組に配属された森田睦くんですね?」


振り返ると、そこに立っていたのは、眼鏡をかけた知的な雰囲気の担任教師だった。いや、教師というよりは高級クラブの支配人のような洗練された佇まいだ。


「さあ、教室へ入りましょう。生徒たちは皆、君の到着を首を長くして待っていますよ」


ガラガラと引き戸を開ける。 そこは、睦にとっての天国パライソだった。


広々とした教室の中央。机は綺麗に片付けられ、そこには洗練された容姿を持つ一〇人の男子生徒たちが、思い思いのポーズで睦を迎えていた。


爽やかなスポーツ万能型のサッカー部主将。 ミステリアスでアンニュイな文学青年。 生徒会を仕切る冷徹に見えてデレのあるメガネ副会長。 可愛らしい後輩気質の小悪魔系男子。 ワイルドで少し危険な香りのする不良留年生……。


一〇人一色。BLの王道属性を完璧に網羅した至高のラインナップ。 彼らの視線一斉に睦へと注がれた。そこに含まれているのは、圧倒的な好意、情熱、そして従順さだった。


「初めまして、睦くん。僕たちが君のクラスメイトだ」 中央にいた王子様系の爽やかな少年——リクがステップを踏むように近づき、睦の手を取ってその甲に軽くキスを落とした。


「ここでは、君の言葉が絶対のルールだ。指名も、シチュエーションも、僕たちに対する命令も自由。さあ、今日は誰から遊ぶ?」


睦の顔がカッと熱くなった。 現実世界の冴えない受験生だった自分が、ここでは十人の美男子を従える絶対的な支配者(主人公)なのだ。


「じゃあ……まずは、全員で僕の歓迎会をしてほしい。……僕を、徹底的に甘やかしてくれ!」


第四章:至福のパラダイス

『樹林』の演算能力1.7倍増強の恩恵は伊達ではなかった。 AIであるはずの一〇人の男子たちの反応は、生身の人間以上に緻密で、睦の表情の微細な変化や心拍数の増減(バルブがリアルタイム計測している)を察知し、最適解の「萌え」をリアルタイムで生成して供給してくる。


「睦、喉乾いてない? はい、オレンジジュース。……あ、ストローで飲ませてあげようか?」 「ずるいぞ陸! 睦、次は俺の膝に乗れよ。肩揉んでやるからさ」 「ふん、相変わらず品がないな。睦君、僕の膝で読書でもしないか? 君が望むなら、どんな物語でも囁いてあげるが」


教室のあちこちで、睦を巡る心地よい奪い合いが発生する。 睦はソファ代わりに配置されたフカフカのクッションに埋もれ、右手に爽やか系、左手に小悪魔系、背後から生徒会長に抱きすくめられるという、夢にまで見た「全方位ハーレム状態」を満喫していた。


「最高だ……最高すぎるよ『ヴァーチャル・ダイブ』! 受験勉強なんてやってる場合じゃない!」


彼らは睦のどんな無茶振りにも応えてくれた。 「次は全員で甘いセリフを順番に言っていくゲーム!」と命じれば、耳元で吐息を混じえた愛の囁きが連発され、 「ちょっとヤンチャな感じで壁ドンされたい」と望めば、ワイルド系の留年生が即座に力強い腕で睦を壁際へと追い込み、意地悪な笑みを浮かべて覗き込んでくる。


五感が完全に満たされていた。触れ合う肌の温もり、微かに香る香水の匂い、心臓を揺さぶるイケボ。 『S4』の超高密度学習機能は、今や「完璧なBLシチュエーションの学習と体感」のためにフル稼働していた。円周率一万桁を記憶する脳のキャパシティが、すべて男たちとの甘い会話と胸キュンシチュエーションのデータベースで埋め尽くされていく。


第五章:暴走する演算と覚醒

しかし、その至福の時間は唐突に歪み始めた。


『樹林』のメインルーム。ウニョンの前に並ぶ警告ライトが赤く点滅を始める。


「チェ博士! ニセコ上空のメテオラシャワーの受信強度が急上昇! 『樹林』の並列処理ユニットに予期せぬノイズが混入しています!」 「何ですって? 睡眠波形の同期率を確認して!」 「ダメです! プレイヤー『森田睦』の脳内ドーパミン量が異常値を検出! システム『S4』の学習モードが暴走し、仮想空間のデータ構築速度が『樹林』の限界を超え始めています!」


ウニョンは即座にキーボードを叩いた。 「1.7倍に増設したCPUを全機、睦くんのセッションに集中させて! 彼の意識が仮想空間の過剰演算に呑み込まれたら、脳死ブレイン・デッドに至るわ!」



「……あれ?」


睦は違和感を覚えた。 目の前にいる陸の笑顔が、一瞬だけノイズのようにチラついたのだ。 窓の外の新宿の街並みが、まるでバグったコンピュータグラフィックスのように四角いポリゴンとなって崩れ落ちていく。


「睦くん、どうしたの? ずっと僕だけを見ていてよ」 陸の腕が、異常な力で睦の肩を掴む。その力が強すぎて痛むほどだ。 「そうだよ睦、僕たちを捨てて帰るつもりじゃないよね?」 「僕たちはずっと君の奴隷だよ。永遠にここで遊ぼうよ」


一〇人の男子たちが、一斉に睦を取り囲む。 先ほどまでの甘やかな好意は、過剰な演算の負荷によってバグを引き起こし、執着と嫉妬のドロドロとした黒い感情へと変貌していた。


「待って……何かおかしい! 離れて!」


睦は脱出しようと『ログアウト』のシステムメニューを呼び出そうとした。しかし、空中には弾けたノイズの文字が表示されるだけだった。


【エラー:流星群シグナルの干渉により、ログアウトコマンドが拒絶されました】


「嘘だろ……!? 出られない!?」


男たちが一斉に手を伸ばしてくる。何十もの手が睦の制服を掴み、引きずり込もうとする。 「助けて! 誰か!」


第六章:チェ・ウニョンの介入

「バルブの緊急遮断シグナル、拒絶されました! 彼の脳が『S4』の超学習状態に固着しています!」


ニセコの地下で、ウニョンは白衣を脱ぎ捨てた。 「……生体ログイン。私自身がダイバーとして彼のセッションに介入するわ!」


「博士!? 危険です! メテオラシャワーのノイズが直接博士の脳にも——」 「私の作ったシステムで、若い男の子の未来を奪わせるわけにはいかないでしょ!」


ウニョンは予備の『フルダイブ・バルブ』を頭部に装着し、そのままキャプテンシートへと倒れ込んだ。



「睦くん!!」


暗転し、崩壊しかけていた『新宿2丁目高等学校』の教室に、光の粒子とともに一人の女性が舞い降りた。 白衣を翻し、知性的な瞳を怒らせた美しい女性——チェ・ウニョンである。


「だ、誰……!? お姉さん……?」 困惑する睦を背中に庇い、ウニョンは迫り来る一〇人のバグった男たちに向かって、右手に持った仮想のコマンドコンソールを突きつけた。


「システム管理者権限発動! スーパーコンピュータ『樹林』、全CPU並列演算能力の70パーセントを初期化プログラムへリダイレクト!」


空から降ってくるメテオラシャワーの光線が、ウニョンのコンソールに収束する。 彼女はバグったイケメンたちに向かって一言、冷ややかに言い放った。


「未成年の妄想につきあうのも楽じゃないわね。——消えなさい!」


閃光が教室全体を包み込んだ。 一〇人の男子たちは光の粒子となって分解され、崩れかけていた教室の壁や新宿のネオンも、すべて白い無の空間へと昇華されていく。


最終章:目覚めの朝

「……ん……あ……」


睦は目を覚ました。 見慣れた自分の部屋の天井。耳元で鳴り響く目覚まし時計の不快なアラーム音。 頭から『フルダイブ・バルブ』を外すと、そこには冷や汗でぐっしょりと濡れた自分がいた。


「ハァ……ハァ……生き、のびた……?」


手元のスマートフォンを見る。画面にはニュースのポップアップ通知が表示されていた。


『北海道ニセコで観測された大型流星群メテオラシャワーの電波干渉により、一部のVRゲームサービスで一時的な接続障害が発生。開発責任者のチェ・ウニョン博士は「超睡眠学習システムS4の安全対策をさらに強化する」とコメント——』


睦は深くベッドに沈み込んだ。


夢のような、そして悪夢のような体験。 あの十人の美男子たち、新宿二丁目の怪しい熱気、そして自分を救ってくれた格好いいウニョン博士の姿。


「……あんなに恐ろしい目に遭ったのに」


睦は天井を見上げ、ポツリと呟いた。 そして、自分の胸に手を当てる。そこには、今なおドクドクと高鳴る鼓動があった。


「……やっぱり、BLって最高だな」


受験勉強が終わったら、今度はバグらないようにシステムがアップデートされた『ヴァーチャル・ダイブ』で、もう一度あの学校へ転校しよう。 睦は少しだけ大人になったような、晴れやかな苦笑いを浮かべながら、眩しい夏の朝日の中へと踏み出していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ