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男性アイドルグループを独り占めしたい!

あらすじ

河野澪こうの・みお、二十三歳は、男性アイドルグループ『PENTAGRAMペンタグラム』をぺんたぐらむぺんたぐらむしたかった。

北海道ニセコ、羊蹄山の麓に広がる広大な地下空間。そこには、氷のように透き通った冷却液を満たした円柱状のガラス管が、幾重にも列をなして聳え立っていた。 無数の光ファイバーが脈動するように青白く明滅し、静寂を支配するのは冷ややかな冷却システムの駆動音のみ。この場所に構築された超大型スーパーコンピュータ『樹林ジュリン』は、静けさの中で地球上のあらゆる計算能力を凌駕する思考を巡らせていた。


『樹林』の真の真価は、単なるデータ処理能力にはない。 夜空を削るように降り注ぐ流星群の微弱な電波信号――通称「メテオラシャワー」を受信・同期することで、人間の脳波を宇宙的物理現象の周期と共鳴させる特殊アルゴリズムにあった。 それを基盤として開発されたのが、『S4(Super Sleep Studying Systems)』。 睡眠中の脳に直接介入し、通常の睡眠時と比較して数百倍の密度で情報を定着させる超睡眠時学習システムである。一晩の睡眠で円周率一万桁を記憶に刻み込むことすら造作もないとされるこの革新技術は、本来、国家レベルの教育や高度研究のために開発されたものだった。


その禁断の果実に、新たな価値を見出した人物がいる。 『S4』の開発主幹であり、若き天才脳科学者としてその名を馳せるチェ・ウニョン、二十六歳。 知性と酷薄さを同居させた涼やかな瞳を持つ彼女は、白衣のポケットに手を突っ込んだまま、ガラス越しに『樹林』のコアを見つめていた。


「学術利用だけなんて、ナンセンスよ。人間が最も欲望を剥き出しにし、最も金を払うのは何だと思う? 勉強じゃないわ。『娯楽』よ」


ウニョンが推し進めた計画――それは、『S4』の技術を応用したフル体験型VRゲーム『ヴァーチャル・ダイブ』の商業展開だった。 利用者は、最新型のVRヘッドギア『フルダイブ・バルブ』を頭部に装着して眠りにつくだけでいい。睡眠状態に入ると同時に、脳は『樹林』が生成する広大な仮想空間へと接続される。視覚、聴覚、触覚、果ては感情の振幅に至るまで、現実に限りなく近い――あるいは現実以上の密度の「体験」が提供されるのだ。


『ヴァーチャル・ダイブ』のリリースは、爆発的なブームを引き起こした。 連夜、何百万という人間が眠りながら仮想世界へと潜り込む。急増するユーザーの脳負荷に耐えるため、ウニョンは即座に追加CPUの並列接続を断行。『樹林』の処理性能は瞬く間に従来の1.7倍へと跳ね上がり、仮想世界の「現実度」は極限まで高まっていった。


そして今夜もまた、一人の少女がその禁断の扉を開こうとしていた。



河野澪こうの・みお、二十三歳。 都内の小さなデザイン事務所で働く彼女の部屋は、どこを見渡しても「彼ら」のグッズで埋め尽くされていた。 壁一面を覆う巨大なポスター、棚に整然と並べられたアクリルスタンド、限定版のCD、ライブの銀テープ。


彼らの名は『PENTAGRAMペンタグラム』。 瞬く間に音楽シーンを塗り替えた、圧倒的人気を誇る五人組男性アイドルグループだ。 クールなリーダーの「レン」、天真爛漫で愛嬌あふれる「リク」、ミステリアスな雰囲気を纏う「アオ」、情熱的で男らしい「ショウ」、そして包み込むような優しさを持つ最年長の「タクミ」。


彼らは輝いていた。眩しすぎるほどに。 だが、澪の胸を焦がすのは、純粋なファン心だけではなかった。


「……私のものになればいいのに」


テレビ画面の中で、何万人もの歓声を浴びて歌う五人を見つめながら、澪はぽつりと呟く。 ライブチケットの抽選に外れるたび、SNSで他のファンが「神対応された」と歓喜する投稿を見かけるたび、澪の心は暗い嫉妬と独占欲で苛まれた。 彼らはみんなのアイドルだ。分かっている。けれど、私だけのものにしたい。あの笑顔も、優しい声も、自分だけに向けられた眼差しであってほしい。


現実では絶対に叶わない愚かな妄想。 それを「現実」に変えてくれるもの――それが、予約開始と同時に大金を叩いて手に入れた『フルダイブ・バルブ』だった。


ベッドに横たわり、滑らかな金属の質感を持ち冷たい質感のヘッドギアを頭に装着する。 目元を覆うバイザーの内側に、淡い青色の光が点滅し始めた。


『フルダイブ・バルブ、起動。ユーザー認証:コウノ・ミオ様』 『接続先:ヴァーチャル・ダイブ・プライベートワールド――【ステラ・ガーデン】』 『脳波の同期を開始します。メテオラシャワー・レシーバー、正常動作中。良い夢を……』


耳元で聞こえる柔らかな機械音とともに、澪の意識は底のない深海へと沈んでいった。



目を開けると、そこは満天の星空の下だった。 どこまでも続く小高い丘。足元には夜風に揺れる銀色の草花が広がり、遠くには静かに光る湖が見える。空気は澄み切り、微かに甘い花の香りが鼻腔をくすぐった。


「うそ……本物みたい……」


自分の手を見る。爪の形、皮膚の質感、体温。息を吸い込めば胸が膨らみ、冷たい風が頬をなでる。これが夢だなんて、到底信じられなかった。


「――待ちくたびれたよ、澪」


背後から掛けられた声に、澪の心臓が跳ね上がった。 振り向いた先には、五人の男たちが立っていた。


月光を浴びて輝くシルエット。間違いなく、彼らだった。


「蓮……? 陸……?」


「遅いよ澪! 僕たち、ずっとここで君が来るのを待ってたんだから」


天真爛漫な笑顔で駆け寄ってきたのは、陸だった。彼は迷いのない動作で澪の手を両手で包み込む。伝わってくる温もり。肌の柔らかさ。陸の固有の香水と、ほのかな体温の匂いまでがリアルに伝わってくる。


「陸、あんまり圧迫するなよ。澪が驚いてるだろ」


苦笑しながら歩み寄ってきたのは、最年長の巧だ。彼は優しく澪の肩に手を置き、愛おしそうな瞳で覗き込んできた。


「無事に来てくれてよかった。ここは二人だけの……いや、僕たち六人だけの特別な場所だよ」


「まったく、来ないんじゃないかとヒヤヒヤしたぜ」


翔が乱暴に自分の髪をかき上げながら、ニッと不敵に笑う。蒼は少し離れた場所から、静かな、けれど情熱を秘めた眼差しで澪を見つめていた。 そして、リーダーの蓮が一步前に踏み出し、澪の目の前にひざまずいた。彼の美しい手が、澪の手をそっと取る。


「澪。ここは誰も邪魔できない世界だ。テレビの向こうの僕らじゃない。何万人もの歓声に応える僕らでもない。今、この瞬間からの俺たちは、君一人だけのものだ」


蓮の唇が、澪の手の甲にそっと触れる。 その瞬間、澪の脳内に強烈な歓喜の電流が走った。


(ああ……これだ。私がずっと欲しかったのは、これなんだ)


現実の彼らは、ライブ会場の遠く離れたステージの上にいる存在。どれだけCDを買っても、どれだけ愛を叫んでも、自分は無数のファンの「一人」に過ぎない。 だが、ここでは違う。 『樹林』が演算し、メテオラシャワーがもたらす極限の脳波共鳴によって作られたこの世界では、彼らの愛のすべてが、言葉のすべてが、熱量のすべてが、自分一人だけに注がれる。


「澪、こっち来て! 星がすっごく綺麗に見える場所があるんだ!」 陸が腕を引っ張る。 「おい陸、順番だろ。俺が最初に案内するって言ったじゃないか」 翔が割り込み、反対側の手を握りしめる。 「二人とも落ち着きなよ。澪が困ってる」 巧が後ろからそっと澪を抱きしめる。耳元で囁かれる吐息の温もりに、全身の力が抜けそうになる。 「澪……君の心拍数が上がっている。かわいいね」 蒼が澪の頬に指先を滑らせる。 「……誰にも渡さないよ、澪。君も、俺たちだけを見ていてくれ」 蓮が瞳の奥に深い情熱を宿らせて、澪を見つめ返した。


五人のアイドルが、自分一人を巡って嫉妬し合い、買いかぶり、愛を囁き合っている。 それは、現実では決して味わえない、狂おしいほどの優越感と幸福感だった。


澪は蕩けるような笑みを浮かべ、彼らに抱きしめられるまま身を委ねた。



「……驚異的ですね」


北海道ニセコの地下基地。巨大なモニターに映し出された無数のグラフを見上げながら、研究員の一人が呟いた。


「被験者コード8092、河野澪。脳内のドーパミンおよびセロトニン分泌量が通常の極限値を突破しています。『S4』による睡眠学習効果と相まって、彼女の脳は『PENTAGRAMの五人は自分だけのもの』という疑似記憶を、現実の記憶よりも強固なものとして上書きしつつあります」


チェ・ウニョンは、コーヒーカップを手に持ちながら冷ややかな笑みを浮かべていた。


「当然よ。『樹林』の処理能力は1.7倍に増強された。メテオラシャワーの電波周期と完全に調和した現在の『S4』は、人間の脳にとって『現実よりもリアルな現実』を作り出すことができる。彼女にとって、あっちの世界こそが真実なのよ」


「ですが……これほどの高負荷な欲望処理を続けると、現実世界へ戻った際の落差に脳が耐えられない危険性があります。最悪の場合、現実の認知を拒絶し、目覚めなくなるのでは?」


「それがどうしたの?」


ウニョンはすげなく言い放った。


「彼女は望んだのよ。五人を独り占めしたいという、醜くも美しい欲望をね。私たちはそれを商品として提供しただけ。……それに、彼女が目覚めなくても、彼女の『脳』がシステムに接続されている限り、『樹林』の並列演算ノードとして機能し続けてくれるわ」


ウニョンは画面の中、夢の中で五人の男たちに囲まれて幸せそうに微笑む澪の顔を見つめた。


「顧客は欲しいものを手に入れ、私たちはさらなる計算資源を手に入れる。これ以上ない、完璧なギブ・アンド・テイクじゃない?」



『ヴァーチャル・ダイブ』の中では、時間が奇妙な進み方をした。 『S4』の数百倍の処理速度により、現実の数分が、仮想空間では数日分にも引き伸ばされる。


澪は、五人と最高の時間を過ごしていた。 湖畔のコテージで、陸が作ってくれた朝食を食べ、翔と乗馬を楽しみ、蒼と図書館で静かな時間を分かち合い、巧にピアノの演奏を聞かせてもらい、夜は蓮と二人きりでドレスアップしてダンスを踊る。


そこには、他のファンなんて一人も存在しない。 彼らはステージで歌う必要すらない。ただ、澪を愛するためだけに存在していた。


「ねえ、澪」


湖畔に並んで座りながら、蓮が澪の手を握りしめた。


「君は、ずっとここにいてくれるよね?」


「え……?」


「僕たちは、君なしでは生きていけないんだ。君がいない世界なんて、ただの虚構だよ。ここで、ずっと僕たちと一緒に暮らそう」


陸も、翔も、蒼も、巧も、いつの間にか周りに集まっていた。 五人の瞳が、切実なまでの愛おしさと、かすかな狂気を孕んで澪を見つめている。


「ずっと……ここに……?」


澪の頭の片隅で、ふとアラームのようなものが鳴った気がした。 (仕事……明日もデザイン事務所に行かなきゃ……現実の……私は……)


だが、その思考が浮かんだ瞬間、強烈な快楽の波が脳を襲った。 『樹林』が、メテオラシャワーの信号を増幅させ、澪の脳に過剰な快楽物質を直接流し込んだのだ。


現実に戻って何があるというのだろう? 毎朝満員電車に揺られ、上司に叱られ、夜は冷えた部屋で一人、画面越しの彼らを遠くから眺めるだけの寂しい日常。 それに比べて、ここはどうか。 憧れの五人が、自分だけを愛し、自分だけを求め、自分だけのものになってくれている。


「そうだよな……戻る必要なんて、どこにもないんだ……」


澪は呟いた。


「澪、愛してるよ」 「僕だけのものになって」 「ずっと一緒にいよう」 「離さないから」 「君のために、僕たちの全てを捧げる」


五人の甘い声が、重なり合って耳元で響く。 視界が鮮やかな光に包まれていく。現実の記憶が、薄い氷が溶けるように消えていく。仕事のことも、家族のことも、自分がかつて「ファンの一人」に過ぎなかったという悲しい事実すらも。


私は、彼らに愛されている。 彼らは、私のものだ。



ピ、ピ、ピ……。


薄暗いマンションの一室。 ベッドの上で横たわる河野澪の頭部には、『フルダイブ・バルブ』が静かに青い光を放ち続けていた。


壁の時計は、朝の八時を指している。 本来なら会社へ向かうために起き上がらなければならない時間だ。 しかし、彼女の身体はピクリとも動かない。 ただ、その唇だけが、満足感に満ちた滑らかな笑みを浮かべていた。


彼女の瞳は固く閉ざされたままだが、脳内では今もなお、世界で一番贅沢で、世界で一番残酷な「現実」が紡がれ続けている。


北海道ニセコの地下深層。 『樹林』のガラス管の中で、青い光が一段と強く脈動した。 メテオラシャワーの電波を受け止めながら、追加された新たな思考ノード――河野澪の脳領域が、システムの演算をより深く、より強固に加速させていく。


ウニョンは満足そうにモニターを閉じ、白衣の裾を翻して歩き出した。


「素晴らしいわ。『ヴァーチャル・ダイブ』――次のアップデートの準備を進めて。もっと多くの『孤独な夢見勝ち者たち』を、この樹林の森へ招待してあげましょう」


冷たい機械音だけが響く地下空間で、羊蹄山の夜空からは、今夜も無数の流星群が静かに降り注いでいた。

記載する表現に関して、常識に基づいて気をつけて参りますが、


もしもを考慮して15歳未満閲覧非推奨を設定させて頂きます。


こちらに何か落ち度がございましたら、お知らせ願います。


※短編『S4(エス・フォー)』Scientific Fantasy

※短編ユリン S4 Scientific Fantasy2

先行した2つの作品を読んでいただけますと、

わかりやすい内容になっています。

参考までに気が向いたらご覧ください。


登場人物


〇チェ・ウニョン

天才脳科学者、元高校教師

韓国脳科学会に「性善説でもなく性悪説でもない

『無による無』の論文を出して提唱したが、

女性である事とまだ若い事が遠因となって、

『無による無』は

『成り行き任せの論ずるに値しない学説』として

笑われ、学会を追放されてしまった。

世の中にあがらう事を諦め、

生活の為にソウルの高校にて教師をしていた。

大変な美人だが、脳科学者だけに脳に正直で、

普通の女性よりもほんの少し下品で、

ほんの少しビッチな発言もある。

大韓民国の『国民総教化計画』を阻止すべく、

『水霊』の破壊と『儒林』の消滅をやってのけた。



キム・ソヒョン

アトリエ・ノア会長室室長。

会長佐藤氏志乃の最側近(雑用係とも)

FGS(藤咲化粧品)korea第二営業企画部部長。

総合映像制作会社S.S.I社長ユン・ヒョヌの元恋人。

作家ユン・シウの元恋人。

他者肯定も少なく、

自己肯定も少ないので何かと苦労しがちな女性。

それはチェ・ウニョンの理論『無による無』と通じる素養をもっている。

元恋人のユン・シウは作家なだけに空即是色

(0から創作する )または(何気ない日常がドラマだ)と考える人間なので、

分かり合えるはずがなかったのかも知れない。



参考


※S4(エスフォー)

韓国で開発された超睡眠時学習システム

『Super・Sleep・Studying・Systems』

大韓構想にて国民総教化計画の一環で

表向きは若年世代の教育強化を目指した。


水霊スリョン

韓国で大韓構想を元に開発されたスーパーコンピュータ。

『Super・Sleep・Studying・Systems』の頭脳。


※大韓構想

朝鮮半島の統一を果たした大韓民国が掲げた構想。

「世界で最も優秀で、最も繁栄した国家の構築」


儒林ユリン

水霊スリョンの真の最終目標『全脳化計画』。

世界中のPC・タブレット・スマホを『CPUニューロン』として、

水霊を実体無くして最強であるものとする計画。

シナプスとして

流星群受信メテオラシャワーが用いられた。


樹林ジュリン

北海道ニセコにて佐藤志乃率いる

Juringエンタが開発したスーパーコンピュータ。

日本メーカーのゲーム機(一応、最高グレード)1万5千台を接続して、

30億円投資して完成させた。

ちなみに名前の由来は、数十年前に佐藤志乃が在籍した、

東京シルフィード歌劇団在籍時の舞台名

天翔樹林あまかけじゅりん』が元になっている。

(社名のJuringエンターテイメントも同様)

儒林ユリンと似ているがまったく関係ないネーミングであった。

表向きは『つぎはぎのポンコツ』とされているが、

実際は日本のフラッグシップ富岳と同等以上の性能を発揮し、

消費電力も3分の1となっており、

投下した資本からするとかなりコスパの良い設備である。

国内で騒がれない為に『山奥のポンコツ』と広めている。

冷却に降雪した雪を使用しており、融けてろ過した水は海外に売却してコストダウンしている。

後日、魔改造が施されスペックが向上した。

エラーはほとんどなくなった。



流星群受信メテオラシャワー

Meteor shower signal reception。

米国の富豪が打ち上げた精密な衛星通信網は、

自動帰還するロケットを用い、小型通信衛星を打ち上げるビジネスであったが、

日本のベンチャーがもっと安価に完全使い捨ての格安ロケットにて、

野球の球ほどの通信端末をドラム缶いっぱいに持っていき、

衛星軌道上でぶちまける事によって追い抜いた。

死角無しの衛星通信網である。

無計画に端末をぶちまく為、高頻度で大気圏に落下し、

流れ星が大量にみられる理由から、流星群受信と言われるようになった。

極めて大雑把で安価なベンチャービジネスで構築した、

地球全土を覆う死角なき通信ネットワークのその通信端末は、

現代のスマホが充電スタンドで置くだけで充電できるのと同じ仕組みで、

宇宙に漂う電磁波を表面で吸収し、半永久的に駆動する。



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