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黒猫エドワード。マシロと七夕デートをする。

あらすじ

黒猫エドワードはついにラグドールのかわいこちゃんマシロと七夕デートをするのであった。


「七夕なんて、織姫と彦星が年に一度イチャイチャするだけの商業イベントだろ」


そう毒づきながらも、中澤聡太は手慣れた手つきで頭に『フルダイブ・バルブ』を装着していた。


暦は七月七日。世間は七夕祭り一色である。 商用VRサービス『ヴァーチャル・ダイブ』のサーバー内部もまた、期間限定イベント『七夕ファンタジア』の特別仕様へとアップデートされていた。


聡太がこのサービスで扮するのは、漆黒の毛並みと黄金の瞳を持つ一匹の黒猫。 名前は『エドワード』。設定は「滅亡した貴族の国の落胤にして王太子」。中世英傑・エドワード黒太子からの盗用設定だが、中身はただの日本の男子高校生である。


普段ならロンドンの石畳で馬と不毛なバトルを繰り広げたり、大英博物館の裏手で残飯を漁ったりしている自由気ままな野良猫生活を満喫しているエドワードだが、今夜には明確な「約束」があった。


(……遅れると、あの我儘お嬢様に何を言われるかわかったもんじゃないからな)


暗転する視界。脳波がデジタルデータへと変換され、ニセコのスパコンを経由して仮想空間へとダイブしていく。


――ダイブ、スタート。



視界が開けると、そこは満天の星々が夜空を埋め尽くす幻想的な日本庭園であった。 頭上には、紫と藍色が複雑に混ざり合った巨大な銀河――『天の川』がまるで光の帯のように流れている。庭園の中央を流れる清流には、星の欠片のような光る燈籠が無数に浮かべられ、ゆらゆらと幻想的な光を放っていた。


「うわ……『樹林』の処理能力、案外捨てたもんじゃないな。画質だけは一丁前だ」


エドワードは漆黒の肉球で草の感触を確かめると、フサフサの尻尾をゆったりと振った。 すると、背後から鈴を転がすような、可憐で少し気取った声が響いた。


「ふふん、遅いわよエドワード! 淑女を待たせるなんて、王太子失格じゃないかしら?」


エドワードが振り向くと、そこには一匹の圧倒的な美猫が佇んでいた。


雪のように純白で、絹のように滑らかなロングヘア。まるでサファイアをそのまま嵌め込んだかのような、透明感溢れる美しい青い瞳。耳の先と尻尾だけにほんのりと淡いポイントカラーが入った、完璧な姿の純白ラグドール。


彼女の名前は『マシロ』。 『ヴァーチャル・ダイブ』内でエドワードが知り合った、筋金入りの我儘でおてんばな美少女アバターだ(中身がリアルでどんな人物なのかは、お互いの暗黙の了解として触れないのがこの世界のルールである)。


「よお、マシロ。遅れてねぇよ、約束の五分前だ。つーか、相変わらず気合いの入った毛並みだな。ブラッシングに何時間かけたんだ?」


「当然でしょう! 今日は七夕、年に一度の特別な夜よ? 最高のドレス(毛並み)で挑むのが乙女の嗜みというものだわ!」


マシロはフリル付きの可愛らしいピンクの首輪を誇らしげに揺らし、小さく胸を張った。サファイア色の瞳が、夜空の星影を反射してキラキラと輝いている。


「で? 亡国の王太子様は、このマシロ様を満足させるような素敵なデートプランを考えてきてくれたんでしょうね?」


「デート……ねぇ。まあ、七夕限定の特別エリアを端から冷やかして回るくらいなら考えてあるよ。ついてきな、お姫様」


「ふん、合格としてあげるわ!」


漆黒の黒猫と、純白のラグドール。 対照的な二匹の猫は、光る笹の葉が揺れる七夕祭りの賑やかな境内へと歩き出した。


特設エリアの境内は、数多くのプレイヤー(人間姿もいれば、動物姿もいる)で賑わっていた。 巨大な笹の木が何本も立ち並び、色とりどりの短冊が夜風に揺れてサラサラと涼しげな音を立てている。


「見てエドワード! 短冊よ! 私たちも願い事を書きましょう!」


マシロはピョンピョンと跳ねるように笹の木へ駆け寄った。 『ヴァーチャル・ダイブ』のシステムにより、前脚の肉球を短冊アイコンにかざすだけで、頭の中で思い浮かべた文字が自動的に毛筆体で書き込まれる仕組みになっている。


「願い事か……。まあ、イベントだし書いてみるか」


エドワードは青い短冊を選び、肉球をペタリと当てた。


『毎日昼寝。カリカリ増量。馬に負けない強靭な足腰。中澤聡太』


「ちょっとエドワード! 最後の本名書こうとして途中で消してるでしょ! 緊張感がないわね!」


「うるせぇな、煩悩の塊なんだよ俺は。で、マシロは何書いたんだ?」


マシロは赤と金があしらわれた一番豪華な短冊の前に立ち、フフンと鼻を鳴らした。 彼女が掲げた短冊には、達筆な文字でこう刻まれていた。


『世界中の美味しい高級マグロを独占できますように。あと、エドワードがもう少し私に優しくなりますように』


「後半の願い事が不穏なんだけど。つーか、前半はただの強欲な猫の願いじゃねぇか」


「なにか文句ある? 乙女の願いはいつだって切実なのよ! ほら、笹の葉の一番高いところに結びつけるわよ!」


マシロはそう言うと、前脚を伸ばして笹の枝に飛びついた。 しかし、ラグドールはそのゴージャスな毛並みと華奢な骨格ゆえに、運動神経が少しばかり不器用であった。


「きゃっ!?」


足を滑らせ、宙に浮く白い毛玉。


「おっと、危ねぇ!」


エドワードは素早く踏み込み、落ちてきたマシロの体を自分の背中でしっかりと受け止めた。ドサッと柔らかい重みが背中に伝わる。


「……ふぅ、間一髪。ドジっ子属性までアピールしなくていいからな」


「むぅ……ドジじゃないわ! 笹の葉がツルツルしてただけよ!」


マシロはエドワードの背中から降りると、顔を真っ赤にして(毛で覆われているので分かりにくいが、耳の先がピコピコと動いていた)、気まずそうに目を逸らした。


「……でも、ありがと。助けてくれて」


「……おう。怪我がなくて何よりだ」


不意に見せた素直なマシロの反応に、エドワードは照れ隠しで毛繕いをするフリをした。 少し甘い雰囲気が漂いかけたその時――。


『システム警告:ニセコメインサーバー『樹林』の負荷が85%を超過しました。描画エフェクトに一部乱れが生じる可能性があります』


空中に赤い警告ウィンドウが一瞬だけ点滅した。


「……出たな、つぎはぎスパコンのポンコツ警報。まあ、爆発しなきゃいいけどな」


エドワードは呆れたように肩をすくめ、マシロを促した。 「さて、次は七夕限定の屋台めぐりと行きますか」


境内に立ち並ぶ屋台からは、香ばしい醤油の匂いや、甘い綿菓子の香りが漂っていた。 五感フィードバック機能が完全稼働しているため、匂いや味覚は本物そっくりだ。


「わあ! たこ焼きに、焼きとうもろこし! エドワード、あっちには『特製・鰹節綿菓子』があるわよ!」


「鰹節綿菓子ってなんだよ……猫用メニューの癖が強すぎるだろ」


二匹は屋台の間を縫うように歩き、辿り着いたのは『七夕限定・巨大金魚すくい』のコーナーだった。 大きな水槽の中を、金魚どころか、体長五十センチはあろうかという光り輝く『銀河マグロの稚魚』が泳ぎ回っている。


「す、凄いわ……! あのマグロをすくえたら、七夕限定の最高級レアアイテム『星の刺身盛り』がもらえるらしいわよ!」


マシロのサファイアの瞳が、ギラリと野性の肉食獣の光を宿した。


「よし、やるわよエドワード! 私の分もすくいなさい!」


「なんで俺がやる前提なんだよ! ……まあいいや、一回百コインだな」


エドワードは前脚でシステム決済を済ませると、専用のポイ(和紙が張られた道具)を受け取った。だが、猫の前脚でポイを器用に扱うのは至難の業だ。


「ふッ……! 王太子の精妙なる身こなしを見よ!」


バシャッ!


エドワードは素早くポイを水中に差し込んだが、銀河マグロの稚魚が尾ヒレをひと振りした瞬間、水圧でポイの和紙は瞬殺で破れ去った。


「甘い! 甘すぎるわエドワード! 道具に頼るからダメなのよ、男なら野性で勝負しなさい!」


そう叫ぶや否や、マシロはポイを捨て、水槽の縁に身を乗り出すと、右前脚を高速で振り下ろした。


「食らいつけ! マシロ流・猫パンチ連打ぁぁぁッ!」


バシャバシャバシャバシャッ!


静かな日本庭園に激しい水飛沫が上がり、周囲のプレイヤーたちが「なんだなんだ!?」と集まってくる。 純白の美猫が、なりふり構わず豪快に水槽を引っ掻き回す姿は、もはや恐怖映像であった。


「おいマシロ! 落ち着け、美少女キャラが崩壊してるぞ!」


「うるさいわね! マグロがかかってるのよ! ……あ! 引っかかったわ!」


マシロの鋭い爪が、銀河マグロの背ヒレに見事命中した。 しかし、マグロのパワーも伊達ではない。逆にマシロが水槽の中に引きずり込まれそうになる。


「きゃああっ!? 重いーっ!」


「だから言わんこっちゃない! 捕まえてろ、引っ張るぞ!」


エドワードはマシロの尻尾の付け根(一番安全な場所)を口でくわえ、踏ん張った。 漆黒の黒猫と純白のラグドールが、力を合わせて巨大マグロと引き綱引きを繰り広げる。


「ぬぉぉぉぉっ! 負けるかぁぁぁッ!」


ドッパーン!


盛大な水柱とともに、宙を舞う銀河マグロ。 二匹は水槽の脇の芝生の上に転がり込み、ビショビショになりながら荒い息をついた。


『おめでとうございます! 『銀河マグロ』獲得! レアアイテム『星の刺身盛り』を付与します!』


ファンファーレが鳴り響き、二匹の目の前に、光り輝く豪華な刺身の舟盛りがドカンと出現した。


「……ハァ、ハァ……やったわ……勝ったわ、エドワード……!」


ずぶ濡れになり、毛が皮膚に張り付いて一回り細くなったマシロが、満足気な笑みを浮かべた。


「ハァ……ハァ……お前なぁ……なりふり構わなさすぎだろ。台無しだよ、せっかくの綺麗な毛並みが……」


エドワードは呆れ果てながらも、自分の体についた水滴をブルブルッと振り払い、マシロの顔についた水滴を優しく舐めて拭き取ってやった。


「……あ」


マシロの動きが止まる。 エドワードのザラザラした舌が頬を撫でる感覚に、彼女の耳がポッと赤くなった(ように見えた)。


「……な、何よ急に。自分で拭けるわよ!」


「放置すると乾いて毛がパサパサになるぞ。ほら、冷めないうちにその大層な刺身とやらを食べようぜ」


エドワードは照れくささを誤魔化すように、舟盛りのマグロを一刺し口に運んだ。 舌の上でとろけるような濃厚な脂と、爽やかな海の香り。


「……うまっ。これ、マジでうまいな」


「でしょう!? 私の執念の勝利よ! ほら、一番美味しいトリの部分もあげるわ!」


マシロは嬉しそうに尻尾をパタパタと振り、エドワードの隣にぴったりと身体を寄せて、刺身を食み始めた。 水に濡れた二匹の毛皮から、ほんのりと温かい温もりが伝わってくる。


お腹も膨れ、二匹は七夕イベントのクライマックスである『天の川遊覧クルーズ』の乗船場へと向かった。 それは、光る木造の小舟に乗り、空中を流れる天の川の上をゆっくりと下っていくという、カップルに一番人気のロマンチックなアトラクションだった。


「ふふ、二人で船に乗るなんて、本当の織姫と彦星みたいね」


マシロは小舟の縁に前脚をかけ、眼下に広がる広大な星空を見下ろしながらうっとりと呟いた。小舟は重力を無視して、紫色の光の濁流の上を優雅に滑っていく。


「織姫と彦星ねぇ。あの二人、仕事サボってイチャついてたから神様に引き裂かれたんだろ? 俺たちはサボるような仕事すらないから平和でいいけどな」


「相変わらずロマンの欠片もない男ね。少しは『マシロ、今夜の君は星よりも綺麗だ』とか言えないわけ?」


「言えるか恥ずかしい! 恥ずかし死にするわ!」


軽口を叩き合う二匹。 しかし、小舟が天の川の最も深いエリア――『織姫星ベガの祠』の真下に差し掛かった、その時であった。


ゴゴゴゴゴゴ……!


突如として、空間全体が激しく揺れ動き始めた。 美しい星空のテクスチャがバリバリと剥がれ落ち、背景に緑色のバグコード(プログラムの羅列)が露出する。


「な、なに!? 地震!?」


マシロが悲鳴をあげてエドワードにしがみついた。


『緊急警告:ニセコメインサーバー『樹林』接続端末の過熱を検知。物理並列処理ノード『PS4_Node_14201』から『15100』が応答停止。描画領域の崩壊を開始します』


「おいおいおい! 5000台くらいのゲーム機が一気に落ちただと!? 佐藤志乃、何やってんだよ!」


聡太エドワードの脳裏に、このゲームの歪な構造が浮かんだ。 『ヴァーチャル・ダイブ』は、中古のゲーム機を何万台も力技で繋ぎ合わせたつぎはぎスパコンだ。七夕イベントでアクセスが集中した結果、北海道のサーバーラックで中古ゲーム機が悲鳴を上げ、炎上かフリーズを起こしたに違いなかった。


「キャアアアッ!」


天の川の光の濁流が途切れ、小舟が激しく傾く。 舟の底が消失し、マシロの身体が無限の暗黒(グラフィック未描画領域)へと真っ逆さまに落ちていく!


「マシロッ!」


エドワードは迷わず舟の縁を蹴った。 空気抵抗のない仮想空間の暗黒を、漆黒の身体が一筋の矢となって切り裂く。


「嫌ぁぁぁっ! エドワード助けてぇ!」


下層のポリゴン崩壊領域へと呑み込まれそうになる白い毛玉。 エドワードは死に物狂いで前脚を伸ばした。猫の短い前脚。届かない、あと数センチ――!


「届・け・ぇぇぇぇッ!」


エドワードは身体を捻り、背中の毛を限界まで逆立てて、前脚の爪を極限まで伸ばした。 カチッと、爪と爪が引っかかる感触。


「捕まえた!」


エドワードはマシロの手(前脚)をしっかりと握り締め、もう一方の前脚で、かろうじて残っていた背景データの構造体(透明な壁)に爪を突き立てた。


ガリガリガリッ! と凄まじい摩擦音が響き、二匹の下降がピッタリと止まる。


「……ハァ……ハァ……格好ついたろ……? 『王太子』の名は伊達じゃねぇんだよ……!」


腕に激痛(システム上の過負荷フィードバック)が走りながらも、エドワードはニヤリと不敵に笑ってみせた。


マシロは命拾いした安堵感と、自分を救うために無茶をしたエドワードの姿に、サファイアの瞳を大きく見開いた。そして、ボロボロと大きな涙の粒を零した。


「バカ……! バカエドワード! 落ちたらログアウトするだけなのに、なんでそんな無茶するのよぉ……!」


「そりゃお前……デートの途中でヒロインを途中で退場させたら、男のプライドが廃るだろ」


エドワードはふっと柔らかく笑うと、最後の力を振り絞ってマシロを自分の胸元へと引き上げた。


崩落していく星空の中で、漆黒の猫と純白の猫は、強く抱き合った。


幸いにも、『樹林』の自動復旧プログラム(およびニセコの技術者たちの必死の再起動作業)が間に合ったらしく、崩壊は途中でストップした。


二匹が流れ着いたのは、イベントエリアの片隅にある、小さな小高い丘の上だった。 崩れた天の川のプログラムが修復される過程で、夜空全体から無数の光の粒子――まるで本物の『流星群』のような光の雨が、絶え間なく降り注いでいる。


事故のおかげで他のプレイヤーは緊急ログアウトしたのか、この丘には二人きりだった。


「……綺麗な流星群ね」


マシロはエドワードの隣にちょこんと座り、夜空を見上げながら静かに呟いた。 先ほどまでのじゃじゃ馬ぶりが嘘のように、その横顔はどこか儚く、息をのむほど美しかった。


「ああ……つぎはぎスパコンのバグの産物にしては、上出来すぎる景色だな」


エドワードも隣で腰を下ろし、夜風に毛をなびかせた。


「ねえ、エドワード」


「ん?」


「私ね……本当は、リアルの世界でちょっと嫌なことがあってさ」


マシロは膝(前脚)を抱えるように丸くなり、ぽつりぽつりと語り始めた。


「学校のこととか、将来のこととか……いろいろ上手くいかなくて。だから、この『ヴァーチャル・ダイブ』に来て、完璧で我儘な『美少女ラグドール』を演じてたの。ここなら、誰も私の本当の弱さなんて知らないから」


星の光が、彼女の純白の毛並みを淡く照らし出している。


「でもね……今日、あなたと一緒に笑って、ドタバタして、助けてもらって……なんか、すごく救われちゃった。おバカな黒猫だと思ってたのに」


「最後の一言は余計だ」


エドワードは苦笑し、フッと息を吐いた。


「まあ……誰だっていろいろあんだろ。俺だって、リアルじゃ冴えないただの高校生だしさ。勉強も赤点ギリギリだし、将来の夢なんて『猫になってゴロゴロしたい』くらいしかないダメ人間だ」


エドワードはマシロの方を向き、黄金色の瞳でまっすぐに彼女を見つめた。


「でもさ、この世界にいる時くらい、無理して『完璧』でいようとしなくていいんじゃねぇの? 我儘なマシロも、ドジなマシロも、俺は嫌いじゃないぜ」


「……っ」


マシロはサファイアの瞳を丸くし、それからくしゃりと顔をほころばせた。


「……なによそれ。生意気な黒猫のくせに、格好いいこと言わないでよ」


「事実を言ったまでだ。亡国の王太子様のお言葉だぞ、ありがたく受け取れ」


「ふふっ……やっぱりおバカね」


マシロはくすくすと笑うと、スーッと身体を寄せてきて、エドワードの肩に自分の頭を優しく預けた。 柔らかい純白の毛の感触と、心地よい体温が伝わってくる。


「ねえ、エドワード。来年の七夕も……また私と一緒に、ここに来てくれる?」


流星群が夜空を降り注ぐ中、少女(猫)は小さく、祈るように囁いた。


エドワードは一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに口元を緩め、自分の尻尾をマシロの尻尾にそっと絡めた。


「ああ。約束だ。来年は、もっと頑丈なスパコンで、もっと美味いマグロを食おうぜ」


「ふふ、約束よ。破ったら、爪研ぎの木にしてあげるから」


夜空から降り注ぐ光の雨の下。 漆黒の猫と純白の猫は、肩を寄せ合ったまま、いつまでも星空を見上げていた。


「――聡太! 朝よ、いい加減起きなさい! 七夕が終わったら夏休みのアサガオの水やりでしょ!」


母親の元気すぎる声と、部屋のカーテンを豪快に開ける音で、中澤聡太は目を覚ました。


「ん……うぅ……」


頭から『フルダイブ・バルブ』を外すと、部屋の中には爽やかな夏の朝の光が満ちていた。 まぶしさに目を細めながら、聡太はゆっくりと体を起こす。


昨夜の激しいドタバタと、最後に見上げた美しい流星群の余韻が、胸の奥に心地よく残っていた。


(過熱でサーバーダウンしかけるとか、相変わらずニセコのスパコンは欠陥だらけだな……)


そう思いつつも、聡太の口元には自然と笑みがこぼれていた。


スマートフォンを手に取り、画面をロック解除する。 『ヴァーチャル・ダイブ』の専用アプリを開くと、フレンドリストの一番上に、一つのメッセージが届いていた。


差出人:『マシロ』 タイトル:『昨日のこと』


『助けてくれてありがとう。星の刺身、すっごく美味しかったわ! あ、それと……来年の約束、忘れたら絶対に許さないんだからね! (P.S. 今日は学校、ちょっとだけ頑張ってみることにするわ)』


短いメッセージの最後に、小さなラグドールの猫スタンプが押されていた。


「……フッ、相変わらず我儘なお姫様だこと」


聡太はベッドから立ち上がり、窓辺へと歩み寄った。 ベランダの鉢植えでは、鮮やかな青いアサガオの花が、朝露を浴びて誇らしげに咲いている。


空を見上げると、昨夜の天の川が嘘だったかのような、どこまでも澄み切った夏の青空が広がっていた。


「さて……俺も補習の宿題、片付けるとするか」


一人の男子高校生として、そして漆黒の王太子『エドワード』として。 最高の七夕の思い出を胸に、聡太は新しい一日へと歩み出したのであった。

記載する表現に関して、常識に基づいて気をつけて参りますが、


もしもを考慮して15歳未満閲覧非推奨を設定させて頂きます。


こちらに何か落ち度がございましたら、お知らせ願います。


※短編『S4(エス・フォー)』Scientific Fantasy

※短編ユリン S4 Scientific Fantasy2

先行した2つの作品を読んでいただけますと、

わかりやすい内容になっています。

参考までに気が向いたらご覧ください。


登場人物


〇チェ・ウニョン

天才脳科学者、元高校教師

韓国脳科学会に「性善説でもなく性悪説でもない

『無による無』の論文を出して提唱したが、

女性である事とまだ若い事が遠因となって、

『無による無』は

『成り行き任せの論ずるに値しない学説』として

笑われ、学会を追放されてしまった。

世の中にあがらう事を諦め、

生活の為にソウルの高校にて教師をしていた。

大変な美人だが、脳科学者だけに脳に正直で、

普通の女性よりもほんの少し下品で、

ほんの少しビッチな発言もある。

大韓民国の『国民総教化計画』を阻止すべく、

『水霊』の破壊と『儒林』の消滅をやってのけた。



キム・ソヒョン

アトリエ・ノア会長室室長。

会長佐藤氏志乃の最側近(雑用係とも)

FGS(藤咲化粧品)korea第二営業企画部部長。

総合映像制作会社S.S.I社長ユン・ヒョヌの元恋人。

作家ユン・シウの元恋人。

他者肯定も少なく、

自己肯定も少ないので何かと苦労しがちな女性。

それはチェ・ウニョンの理論『無による無』と通じる素養をもっている。

元恋人のユン・シウは作家なだけに空即是色

(0から創作する )または(何気ない日常がドラマだ)と考える人間なので、

分かり合えるはずがなかったのかも知れない。



参考


※S4(エスフォー)

韓国で開発された超睡眠時学習システム

『Super・Sleep・Studying・Systems』

大韓構想にて国民総教化計画の一環で

表向きは若年世代の教育強化を目指した。


水霊スリョン

韓国で大韓構想を元に開発されたスーパーコンピュータ。

『Super・Sleep・Studying・Systems』の頭脳。


※大韓構想

朝鮮半島の統一を果たした大韓民国が掲げた構想。

「世界で最も優秀で、最も繁栄した国家の構築」


儒林ユリン

水霊スリョンの真の最終目標『全脳化計画』。

世界中のPC・タブレット・スマホを『CPUニューロン』として、

水霊を実体無くして最強であるものとする計画。

シナプスとして

流星群受信メテオラシャワーが用いられた。


樹林ジュリン

北海道ニセコにて佐藤志乃率いる

Juringエンタが開発したスーパーコンピュータ。

日本メーカーのゲーム機(一応、最高グレード)1万5千台を接続して、

30億円投資して完成させた。

ちなみに名前の由来は、数十年前に佐藤志乃が在籍した、

東京シルフィード歌劇団在籍時の舞台名

天翔樹林あまかけじゅりん』が元になっている。

(社名のJuringエンターテイメントも同様)

儒林ユリンと似ているがまったく関係ないネーミングであった。

表向きは『つぎはぎのポンコツ』とされているが、

実際は日本のフラッグシップ富岳と同等以上の性能を発揮し、

消費電力も3分の1となっており、

投下した資本からするとかなりコスパの良い設備である。

国内で騒がれない為に『山奥のポンコツ』と広めている。

冷却に降雪した雪を使用しており、融けてろ過した水は海外に売却してコストダウンしている。

後日、魔改造が施されスペックが向上した。

エラーはほとんどなくなった。



流星群受信メテオラシャワー

Meteor shower signal reception。

米国の富豪が打ち上げた精密な衛星通信網は、

自動帰還するロケットを用い、小型通信衛星を打ち上げるビジネスであったが、

日本のベンチャーがもっと安価に完全使い捨ての格安ロケットにて、

野球の球ほどの通信端末をドラム缶いっぱいに持っていき、

衛星軌道上でぶちまける事によって追い抜いた。

死角無しの衛星通信網である。

無計画に端末をぶちまく為、高頻度で大気圏に落下し、

流れ星が大量にみられる理由から、流星群受信と言われるようになった。

極めて大雑把で安価なベンチャービジネスで構築した、

地球全土を覆う死角なき通信ネットワークのその通信端末は、

現代のスマホが充電スタンドで置くだけで充電できるのと同じ仕組みで、

宇宙に漂う電磁波を表面で吸収し、半永久的に駆動する。



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