浴衣姿の美少女2人連れてお祭りに行きたかった。
あらすじ
光は欲張りにも浴衣姿の美少女2人を連れてお祭りに繰り出したかったのだが。。。。
高校2年生の斉藤光が、その「頭輪」を買うために捧げたのは、高校生活最初の夏休みすべてだった。
日雇いのイベント設営、深夜のコンビニ配送仕分け、うだるような暑さの中でのチラシ配り。小遣いを切り詰め、汗と湿気に塗れて稼ぎ出した十数万円を握りしめ、光はニセコ発の新型VRサービス『ヴァーチャル・ダイブ』の専用端末『フルダイブ・バルブ』を手に入れた。
世間はこの頭輪の話題で持ちきりだった。北海道のニセコに建造されたという巨大並列演算サーバー『樹林』。かつてアジアン・テック界を揺るがした超睡眠学習システム『S4』の技術を流用した、異形のスーパーコンピュータ。
「睡眠時間をそのまま夢のレジャーランドに変える」
親たちは「子どもが夜ふかしをしなくなった」「勉強の効率が上がった(気がする)」と絶賛し、若者たちは夜な夜な、脳内で自分の欲望を具現化させることに熱中していた。
光の望みは、拍子抜けするほど単純で、そして17歳の男子高校生として切実なものだった。
――両脇に、最高の浴衣美少女を連れてお祭りに行きたい。
クラスのイケメンたちが女子グループと花火大会に行くのを指をくわえて見ていた日々へのリベンジ。現実の女子相手では吃音混じりになってしまう小心な己を捨て、脳内で描く完璧なシチュエーションを買い取ること。それが、光が血汗を流して手に入れた「権利」だった。
自室のベッドに横たわり、ひんやりとした金属と樹脂でできた『フルダイブ・バルブ』を額に装着する。手元のアラームをセットし、目を閉じる。
「システム起動……接続先、『ヴァーチャル・ダイブ』メインサーバー……」
電子音が脳の奥で鳴り響き、視界が心地よい浮遊感とともに暗転した。
◇
光が目を開けると、そこはぬるい夜風が頬を撫でる、情緒溢れる城下町のお祭り広場だった。
頭上にはどこまでも続く赤い提灯の列。橙色の柔らかな光が石畳を照らし、屋台からは香ばしいソースと醤油の匂い、焼き鳥の香ばしい煙が立ち込めている。遠くでドンドンと響く太鼓の音。現実の日本のどこかから切り取ってきたような、完璧な「夏祭りの夜」がそこにあった。
「ねえ、光くん! 遅いよ、置いていっちゃうからね!」
左手から声がした。振り返ると、そこには鮮やかな紺地に朝顔の柄が映える浴衣を着た少女が立っていた。幼馴染の『葵』だ。少し強気で明るい瞳、細い首筋から覗くうなじ、歩くたびにカランコロンと鳴る下駄の音。
「もう、光ったらぼーっとして。せっかく私が着付け頑張ったのに、見とれてたの?」
右側から、控えめだが甘い声が重なる。こちらは薄桃色の浴衣に可憐な刺繍が施された『莉乃』。おっとりとした性格で、上目遣いに光の浴衣の袖をそっと掴んでくる。
「葵ちゃん、そんなに責めたら光さんが困っちゃうよ……でも、光さん。今日の私、変じゃないかな……?」
「へ、変なわけないだろ! ふたりとも、すごく似合ってる!」
光は胸を張った。心臓が鳴り響いている。 これだ。これこそが、俺が泥のように働いて手に入れた至高の現実だ。
葵の少し香ばしい柑橘系の香りと、莉乃の甘いシフォンケーキのような香りが、夜風に乗って鼻腔をくすぐる。『樹林』の五感再現データは完璧だった。触れ合う腕のぬくもり、下駄の踏み感、風の温度。これが数万台のゲーム機の並列処理が生み出す錯覚だとは、とても信じられなかった。
「ほら、光! あっちの屋台に行こうよ! たこ焼き食べたい!」
葵が光の左腕をぎゅっと抱え込む。柔らかい感触が腕を通して脳にダイレクトに伝わる。
「あ、葵ちゃんずるい。私だって光さんと手を繋ぎたいのに……」
莉乃が寂しそうな顔をして、光の右手の指に自身の細い指を絡ませてくる。
(両花だ……! 俺の右と左に、世界の可愛さが詰まってる……!)
光は鼻の下が伸びるのを抑えられなかった。現実の学校では存在感の薄い自分が、ここでは二人の美少女を取り合う世界の中心。優越感と幸福感が脳内麻痺物質のように全身を駆け巡る。
だが、光は知らなかった。 この『ヴァーチャル・ダイブ』というシステムが、単なる快適な夢空間ではないということを。
『S4』の遺産――『自我の不測の補完』。 人間の精神の深層にある抑圧された欲求、歪み、揺らぎを肥大化させ、仮想空間内で消費・処理させる機能。それがR15以下の一般モードであっても、システム全体の計算資源の変動や、利用者の無意識のブレによって、時に「漏れ出る」ことがあるという事実を。
◇
「ねえ光、射的やろうよ! 大きい景品取ってよ!」
葵に腕を引かれてやってきたのは、レトロな木製の棚に玩具や菓子が並ぶ射的屋だった。
「よし、俺に任せろ。格好いいところ見せてやるよ」
光はコルク銃を手に取り、両手でしっかり構えた。両脇には、身を乗り出すようにして見つめる葵と莉乃。二人の吐息が頬にかかり、光の優越感は絶頂に達していた。
「光くん、あの真ん中の大きなぬいぐるみ狙える……?」
莉乃が甘い声で指をさす。
「ふん、光に当てられるかな? 照準ブレブレじゃない」
葵が気安く笑いかける。
「見てろって。一発で落としてやる」
光は集中し、棚の上のぬいぐるみに銃口を向けた。人差し指をトリガーにかけ、ゆっくりと引き絞る――はずだった。
銃口を向けた瞬間、棚に並んでいた景品たちが、不気味に異変を起こし始めた。
可愛らしいぬいぐるみや菓子箱の「顔」が、ドロドロと黒い塗料のように溶け崩れていく。木製の棚のあちこちから黒い感情の澱のようなモヤが噴き出し、並べられた人形たちの目が、一斉にギチギチと音を立てて光の方を睨みつけたのだ。
「え……?」
光が息をのんで手を止めると、棚の背後にある古びた鏡に映った己の姿が目に入った。 そこに映っていたのは自分自身の顔だったが、眼孔は真っ黒に落ちくぼみ、口元は醜悪なまでに引き裂かれ、強烈な欲望を貪る怪物のような表情を浮かべていた。射的の棚に飾られていたのは景品ではなく、他でもない自分自身の「醜い自我」そのものだったのだ。
(な、なんだこれ……!? 景品が……鏡が……バグってるのか!?)
「光……どうしたの?」
隣の葵の声のトーンが変わっていた。 先ほどまでの明るい幼馴染の声ではない。どこか低く、粘り気のある、無機質な声。
「私を見てよ。ねえ、私だけを見て。なんでそんなガラクタばかり見てるの? 私、光のために浴衣を着てきたんだよ? 私だけを見てなきゃダメじゃない……」
葵の手が、光の左腕を強く握りしめる。締め付ける力が異常だった。メリメリと腕の骨が鳴るような、あり得ない強靭な力。
「光さん……」
右側の莉乃の顔からも、可憐な笑顔が消えていた。目は焦点を結んでおらず、ぽっかりと黒い穴が開いたかのように光を見つめている。
「私を選んでくれないなら……私、ここで死んじゃう。光さんに見捨てられるくらいなら……ねえ、首を絞めて? それとも私が自分でお腹を刺せばいい……?」
莉乃の袖口から、すっと黒い光沢を放つ金属のハサミが滑り落ちてきた。
◇
「や、やめろ! 離せ!」
光は恐怖で血の気が引いた。 二人の少女の顔が、提灯の影に隠れてドロドロと歪み始めている。
これが『S4』の遺産――『自我の不測の補完』の真相だった。 光の深層心理にあった「女の子に愛されたい」「自分だけを極端に執着してほしい」「他者を見返したい」という歪んだ承認欲求が、『樹林』のプログラムによって増幅され、肥大化しすぎた結果、二人の美少女NPCを「度を越したヤンデレ・依存体質」へと変貌させてしまったのだ。
「私だけを見て!!」
葵の爪が光の皮膚に食い込む。痛みが走る。安全装置がかかっているはずなのに、強烈な精神的ストレスが脳を直接揺さぶる。
「私を殺して、光さん……! 一緒に死んで……!」
莉乃がハサミを振り上げ、自らの首筋、そして光の胸元へと向けた。 屋台の周りを包んでいた祭りの熱気は消え去り、提灯の一切が赤黒い毒のような光に変色する。周囲にいた祭りの客たちの顔も、ペタリとしたノッペラボウに変貌し、全員が一斉に首を回して光を凝視し始めた。
「ログアウト! ログアウト!!」
光は叫んだが、パニックになった脳はシステムコマンドを正しく認識しない。二人の少女の影が巨大化し、影の爪が光の喉元へと迫る。
(死ぬ……! 夢の中で、俺は自分の欲望に殺される……!)
その時、光の頭の中に、システム固有の冷徹なアナウンスが響いた。
『――警告。思考リソースの異常肥大を検知。『自我の不測の補完』シーケンスが閾値を超過しました。精神的エネルギーの抹消処理(更生処理)を開始します――』
「な……更生処理!?」
光は思い出していた。『ヴァーチャル・ダイブ』の説明書に書かれていた恐ろしい一文を。過剰な精神的肥大を起こしたプレイヤーは、強制的にその悪夢を完遂させられることで、精神エネルギーを「抹消」されるのだと。
「冗談じゃない……! そんなもので俺の頭を空っぽにされてたまるか!」
危機感が恐怖を上回った。光は手にしていたコルク銃を葵の手元へ叩きつけ、締め付ける拘束を強引に引きちぎった。激痛が走るが構わない。
「うあああああっ!」
莉乃が振り下ろしたハサミを寸前でかわし、光は石畳を蹴った。 両脇の悪夢のような美少女たちを置き去りにし、光はお祭り広場をなりふり構わず駆け抜けた。
◇
「ハァ……ハァ……ハァっ!」
石畳を走り抜け、鳥居をくぐり、光は神社の境内の裏手にある古い見張り櫓の階段を駆け上がった。屋根の上に飛び出し、瓦の上に倒れ込む。
下を見下ろすと、追ってきた葵と莉乃の姿、そして異形と化した祭り客たちが、鳥居の手前でピタリと足を止めていた。
光が自分の意思で「二人の美少女」という設定から完全に逃避し、恐怖と生存本能に意識を切り替えたことで、肥大化した『補完』データへのリソース供給が断たれたのだ。
「あ……あ……」
二人の少女は、光を見上げたまま、まるで砂の城が崩れるようにパラパラと黒いデータ粒子となって崩壊していった。赤黒かった提灯の光も消え、あたりには静寂が戻ってくる。
夜風が光の汗ばんだ顔を冷やしていく。 息を整えながら、光は瓦の上にポツンと一人、座り直した。
頭上を見上げると、そこには仮想空間が作り出した完璧な三日月と、どこまでも澄み切った満天の星空が広がっていた。ニセコにある『樹林』が、数万台のゲーム機の演算能力を結集して描き出している、広大なデータの宇宙。
「……はは、何やってんだろ、俺」
光は力なく笑った。
泥臭くバイトして、金ためて、どうしてもモテたくてさ。カッコいい自分になって、可愛い女の子ふたりにチヤホヤされる夢を見たかった。でも、自分が求めていたのは、自分の欲望を満たすためだけの都合の良い人形だったのだ。だからこそ、自分の深層心理の歪みが反映され、あんな恐ろしい化け物を生み出してしまった。
夜風が吹き抜け、境内の大きな木々の葉を揺らす。
城下町の明かりの向こうに、壮大な山々のシルエットが見える。提灯の灯りが川面に反射し、まるで地上に落ちた銀河のように輝いていた。
美少女に囲まれることばかりに必死になっていて、この世界が持つ圧倒的な美しさなど、まったく目に入っていなかった。
「……綺麗だな」
光はつぶやいた。 一人きりの屋根の上で見る景色は、少し寂しかったが、息が詰まるほど美しかった。胸の奥にあった惨めさや、歪んだ承認欲求が、夜風に洗われてすーっと消えていくようだった。
『自我の不測の補完』は、確かに発動した。しかし、それはシステムによる完全な抹消ではなく、光が自らの足で自分の愚かさから逃げ出し、現実を直視したことによって、不完全ながらも「消費」されたのだった。
東の空が、うっすらと白み始めていた。現実世界の朝が近い。
「……よし」
光は深く息を吐き、自らの意思で明確にイメージした。
「ダイブ終了。ログアウト」
電子音が優しく脳内に響き、グラフィックが光の粒子となって溶けていく。 光は二度と、自分を偽るための人形を呼び出そうとは思わなかった。次にこの世界に来るときは、ただこの綺麗な夜空を眺めるために来よう。
光は静かに目を閉じ、朝の光が待つ現実世界へと意識を浮上させていった。
記載する表現に関して、常識に基づいて気をつけて参りますが、
もしもを考慮して15歳未満閲覧非推奨を設定させて頂きます。
こちらに何か落ち度がございましたら、お知らせ願います。
※短編『S4(エス・フォー)』Scientific Fantasy
※短編ユリン S4 Scientific Fantasy2
先行した2つの作品を読んでいただけますと、
わかりやすい内容になっています。
参考までに気が向いたらご覧ください。
登場人物
〇チェ・ウニョン
天才脳科学者、元高校教師
韓国脳科学会に「性善説でもなく性悪説でもない
『無による無』の論文を出して提唱したが、
女性である事とまだ若い事が遠因となって、
『無による無』は
『成り行き任せの論ずるに値しない学説』として
笑われ、学会を追放されてしまった。
世の中にあがらう事を諦め、
生活の為にソウルの高校にて教師をしていた。
大変な美人だが、脳科学者だけに脳に正直で、
普通の女性よりもほんの少し下品で、
ほんの少しビッチな発言もある。
大韓民国の『国民総教化計画』を阻止すべく、
『水霊』の破壊と『儒林』の消滅をやってのけた。
キム・ソヒョン
アトリエ・ノア会長室室長。
会長佐藤氏志乃の最側近(雑用係とも)
FGS(藤咲化粧品)korea第二営業企画部部長。
総合映像制作会社S.S.I社長ユン・ヒョヌの元恋人。
作家ユン・シウの元恋人。
他者肯定も少なく、
自己肯定も少ないので何かと苦労しがちな女性。
それはチェ・ウニョンの理論『無による無』と通じる素養をもっている。
元恋人のユン・シウは作家なだけに空即是色
(0から創作する )または(何気ない日常がドラマだ)と考える人間なので、
分かり合えるはずがなかったのかも知れない。
参考
※S4(エスフォー)
韓国で開発された超睡眠時学習システム
『Super・Sleep・Studying・Systems』
大韓構想にて国民総教化計画の一環で
表向きは若年世代の教育強化を目指した。
※水霊
韓国で大韓構想を元に開発されたスーパーコンピュータ。
『Super・Sleep・Studying・Systems』の頭脳。
※大韓構想
朝鮮半島の統一を果たした大韓民国が掲げた構想。
「世界で最も優秀で、最も繁栄した国家の構築」
※儒林
水霊の真の最終目標『全脳化計画』。
世界中のPC・タブレット・スマホを『CPU』として、
水霊を実体無くして最強であるものとする計画。
シナプスとして
流星群受信が用いられた。
※樹林
北海道ニセコにて佐藤志乃率いる
Juringエンタが開発したスーパーコンピュータ。
日本メーカーのゲーム機(一応、最高グレード)1万5千台を接続して、
30億円投資して完成させた。
ちなみに名前の由来は、数十年前に佐藤志乃が在籍した、
東京シルフィード歌劇団在籍時の舞台名
『天翔樹林』が元になっている。
(社名のJuringエンターテイメントも同様)
儒林と似ているがまったく関係ないネーミングであった。
表向きは『つぎはぎのポンコツ』とされているが、
実際は日本のフラッグシップ富岳と同等以上の性能を発揮し、
消費電力も3分の1となっており、
投下した資本からするとかなりコスパの良い設備である。
国内で騒がれない為に『山奥のポンコツ』と広めている。
冷却に降雪した雪を使用しており、融けてろ過した水は海外に売却してコストダウンしている。
後日、魔改造が施されスペックが向上した。
エラーはほとんどなくなった。
※流星群受信
Meteor shower signal reception。
米国の富豪が打ち上げた精密な衛星通信網は、
自動帰還するロケットを用い、小型通信衛星を打ち上げるビジネスであったが、
日本のベンチャーがもっと安価に完全使い捨ての格安ロケットにて、
野球の球ほどの通信端末をドラム缶いっぱいに持っていき、
衛星軌道上でぶちまける事によって追い抜いた。
死角無しの衛星通信網である。
無計画に端末をぶちまく為、高頻度で大気圏に落下し、
流れ星が大量にみられる理由から、流星群受信と言われるようになった。
極めて大雑把で安価なベンチャービジネスで構築した、
地球全土を覆う死角なき通信ネットワークのその通信端末は、
現代のスマホが充電スタンドで置くだけで充電できるのと同じ仕組みで、
宇宙に漂う電磁波を表面で吸収し、半永久的に駆動する。




