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年上のイケメンお兄さんと湖に行きたい。

あらすじ

高校三年生のみよ。ちょっと背伸びしながらも爽やかな交際に憧れていた。

年上大学生のイケメンお兄さんと湖に行きたい。

念願の『フルダイブ・バルブ』を手に入れ。

『ヴァーチャル・ダイブ』するのであった。


「みよ、あんたまた部屋に引きこもって! 受験勉強はどうしたの!?」


階下から飛んでくる母親の金切り声を背に受けながら、渡辺みよは部屋のドアを固く閉ざし、鍵をかけた。


机の上に置かれているのは、重厚な質感を放つ最新型のVRヘッドギア——『フルダイブ・バルブ』。


完全体験型フルダイブサービス『ヴァーチャル・ダイブ』の専用端末だ。


「大丈夫……ちゃんと勉強も睡眠も両立させるんだから……!」


みよは自分に言い聞かせるように呟いた。事実、この『S4』の技術を基盤とした超睡眠時学習システムは、睡眠中に日中の数百倍とも言われる学習効果をもたらす。円周率1万桁を暗記させることすら可能とされるその性能は、受験生にとっても喉から手が出るほど欲しい代物だった。「勉強のために使う」という名目で母親を拝み倒し、なんとか手に入れたのだ。


だが、高校三年生の夏休み、みよがこのデバイスに託した本当の願いは別にあった。


年上の大学生で、背が高くて優しくて、少し大人びたイケメンのお兄さん。そんな彼と過ごす、甘くて切ない湖畔のペンションでの宿泊デート。


現実の受験勉強に押し潰されそうな日常から逃避するように、みよはベッドに横たわった。


「睡眠薬があれば一発で強制ダイブできるんだけど……お医者さんの処方箋なんてないしね」


敷居の高い薬剤に頼ることは諦め、みよは頭部に『フルダイブ・バルブ』を装着した。ゆっくりと深呼吸をし、目を閉じる。


システムが脳波の周波数を測定し、深い睡眠へと導いていく感覚。意識が心地よい暗闇へと沈み込んでいく中で、起動シーケンスのシステム音声が遠くで響いた。


『ヴァーチャル・ダイブへようこそ。ダイブシークエンスを開始します——』


視界が眩い光に包まれ、五感が現実から解き放たれていった。


潮騒のようなノイズが消え去ると、みよの鼻腔をくすぐったのは排気ガスの匂いと、大都市特有の湿気を孕んだ夏風の熱気だった。


視界が鮮明になる。そこは真夏の太陽が照りつける新宿バスターミナル、バスタ新宿のデッキだった。


「すごい……本当に本物みたい……!」


自分の手をかざしてみる。爪の形も、皮膚の柔らかさも、着ているお気に入りのノースリーブワンピースの生地の質感すら完璧に再現されている。


「みよちゃん、お待たせ」


背後から掛けられた声に、みよの心臓が跳ね上がった。


振り返ると、そこには理想通りの人物が立っていた。白いシャツの袖をまくり、爽やかな笑顔を浮かべた背の高い青年。少し茶髪がかかった髪が風に揺れ、涼しげな目元がみよを見つめている。


「遅くなってごめんね。バスのチケット、買っておいたから」


「ううん! 私も今来たところです、しょうさん!」


設定通りに構築された理想の年上大学生、「翔」。『ヴァーチャル・ダイブ』のAI生成システムとみよの深層心理が作り出した、完璧なパートナーだ。


二人は並んで高速バスの乗り場へと向かった。バスに乗り込み、隣同士の席に座る。エンジンが静かに振動し、車体が動き出す。窓の外を流れる東京のビル群を眺めながら、みよは胸の高鳴りを抑えきれずにいた。


高速道路を走り抜け、バスは徐々に緑豊かな山あいの景色へと入っていく。車内には二人の他に乗客の姿はまばらで、静かで甘やかな時間が流れていた。


山梨県に入り、バスは山中湖エリアへと到着した。標高が高いせいか、空気は東京よりもいくぶん涼しく感じられる。


「まずは、ここに行ってみたかったんだよね?」


翔が指さしたのは、『山中湖花の都公園』の看板だった。


敷地に足を踏み入れた瞬間、みよは歓声をあげた。視界一面を埋め尽くす、圧倒的な黄色のカーペット。満開のひまわり畑が、青空の下で風に揺れている。


「すごい……! 翔さん、見て見て!」


「はは、転ばないようにね。……よし、じゃあ『かくれんぼ』でもしようか?」


「えっ、かくれんぼですか? 子どもっぽいですよ!」


口ではそう言いながらも、みよは楽しそうにひまわりの背丈の高い小道へと駆け出していった。背の高いひまわりの陰に隠れ、息をひそめる。


(ふふ、見つけられるかな……)


「みーつけた」


「キャッ!?」


背後から不意に肩を叩かれ、みよは跳び上がった。振り返ると、翔がいたずらっぽく笑っている。近すぎる距離に、みよの顔がカッと熱くなった。


「翔さん、ズルいですよ!」


「みよちゃんが分かりやすいところに隠れるからだろ?」


二人は顔を見合わせて笑い合った。


次に向かったのは『山中湖親水公園(長池親水公園)』。湖畔の遊歩道を歩くと、対岸には雄大な富士山が聳え立っていた。湖面を渡る風が心地よく、二人の髪を揺らす。


「あ、見て! 水陸両用バスだよ!」


みよが指さした先では、ド派手なデザインの『山中湖のKABA』が、大きな水陸両用車体を揺らしながら豪快な水しぶきをあげて湖へとダイブするところだった。


「乗ってみる?」


「うん!」


KABAに乗車し、陸上からそのまま湖へと飛び込む瞬間のスリルと迫力を全身で楽しんだ後、二人は湖畔の貸ボート屋へと移動した。


手漕ぎボートを借り、翔が力強くオールを漕いでいく。静かな湖面を滑るように進み、岸から離れていく感覚。やがて、湖上に浮かぶ誰もいない小さな小島が見えてきた。


「上陸してみようか」


ボートを小島の小さな砂浜に寄せ、二人は無人の島に足を踏み入れた。


木々に囲まれた静寂の中、波の音だけが穏やかに響いている。世界にたった二人きりになったかのような錯覚。みよはそっと翔の袖を掴んだ。翔は優しく微笑み返し、その手をそっと握り返してくれた。手から伝わる温もりが、あまりにもリアルで、みよの胸を締め付けた。


湖畔の小島でロマンチックな時間を過ごした二人は、夕暮れ時、予約していた湖畔のペンションへとチェックインした。


木の温もりが感じられる暖かみのあるペンション。ダイニングで用意された夕食は、地元の新鮮な野菜と山梨名物の豚肉を使った絶品のアコース料理だった。


「美味しい……! 本物のご飯を食べてるみたい」


「『ヴァーチャル・ダイブ』の味覚再現度は世界一だからね。たくさんお食べ」


美味しい料理にお腹も心も満たされた頃、外はすっかり暗くなっていた。


「食後の楽しみに、花火を買ってきたんだ」


翔が取り出したのは、手持ち花火のセットだった。二人はペンションの庭に出て、バケツに水を汲み、花火に火をつけた。


パチパチと音を立てて弾ける赤や黄色の火花。みよの横顔を小さく照らし出す。


「きれい……」


「そうだね……すごくきれいだ」


翔が見つめているのは花火ではなく、自分の顔だと気づいたみよは、うつむいて火花を見つめ続けた。最後の一本の線香花火が、静かにポトリと落ちるまで、二人は言葉を交わさなかった。


花火も終わり、部屋に戻る。時刻はもうすぐ夜の十時になろうとしていた。


ペンションの客室には、大きなダブルベッドが一つ。


(どうしよう……同じ部屋だし、いいムードだけど……)


みよの心臓は激しく鐘を打ち鳴らしていた。高校生の自分にとって、これは大冒険であり、憧れの極致だ。


翔がゆっくりと近づいてくる。


「みよちゃん……今日は、すごく楽しかった」


「私、私も……翔さんと来られて、本当に夢みたいで……」


翔の手が、みよの頬に優しく触れた。顔が近づいてくる。吐息が触れ合うほどの距離。みよは静かに目を閉じた。


(……ハプニングが起こる……っ!)


——その時だった。


『フギャッ!?』


「「え?」」


突如として、二人の間のベッドの真ん中に、何か黒くて丸い物体が上空から落下の空間テレポートのようにドスンと落ちてきた。


「ニャーーーッ!?」


それは、一匹の滑らかな毛並みをした黒猫だった。


黒猫は目を丸くし、人間のように器用に両足で立ち上がると、シャァーッと威嚇するわけでもなく、高慢ちきに毛並みを整え始めた。


「な、なに……!? 猫……? なんでペンションの部屋に……!?」


雰囲気は一瞬にして台無しになった。翔も呆気にとられて手を止めている。


黒猫は二人の顔を交互に見つめると、気取った動作で頭を高く上げ、人間のような尊大な声(システムチャットのテキスト表示と共に)で鳴いた。


「フン……愚かな庶民どもめ。我が名はエドワード。亡国の王太子にして、この仮想世界を優雅に流浪する気高き黒猫である! 控えおろう!」


みよは開いた口が塞がらなかった。


この黒猫の正体は、現実世界で「黒猫になってヴァーチャル・ダイブで緩い生活をして遊ぶ」という夢を叶えていた高校生・中澤聡太であった。彼はエドワード黒太子から名前をパクり、独自のロールプレイを満喫していたのだが、エリアのバグかランダムスポーンの気まぐれか、よりにもよってこの決定的な瞬間に二人の部屋に乱入してしまったのだ。


「王太子……? エドワード……?」


「おい、猫。ここは僕たちの部屋なんだけど……」


翔が困惑しながら手を伸ばそうとすると、黒猫のエドワードは「フッ、下民が触れることなど許さん」と言わんばかりに素早くベッドの上を跳びはね、みよの膝の上にストンと飛び乗った。


「ニャーン(おい娘、撫でるがよい)」


ゴロゴロと喉を鳴らしながら、完全にくつろぎ始める黒猫。


「あ、あの……翔さん……」


「あはは……なんだか、邪魔が入っちゃったね」


翔は苦笑いを浮かべ、ぽりぽりと頭を掻いた。


甘いムードは完全に雲散霧消し、部屋にはどこか滑稽で平和な空気が充満してしまった。結局、それ以上のハプニングが起こることもなく、みよは黒猫のエドワードを撫で回しながら、翔と並んでベッドに入り、そのまま朝を迎えることになったのだった。


ピピピピ、ピピピピ。


アラームの音が響く。


みよが目を覚ますと、そこはいつもの自分の部屋のベッドの上だった。頭から『フルダイブ・バルブ』を外すと、朝の眩しい日光が部屋に差し込んでいた。


「あ……戻ってきちゃった……」


夢のような、けれど確かな体験。あの山中湖の空気、ひまわり畑の匂い、手持ち花火の火花、そして翔さんの温もり。


(最後の最後で、変な黒猫に邪魔されちゃったけど……)


みよはクスッと笑ってしまった。


『自我の不測の補完』という恐ろしい機能を持つスーパーコンピュータ『樹林』。しかし、R15以下の安全モードで遊ぶ限り、そこは若者たちにとって最高の青春の逃避行先であり、夢を叶える場所だった。


「よし……! 勉強、頑張らなきゃ!」


みよはベッドから起き上がり、机に向かった。超睡眠時学習システムのおかげか、頭は驚くほどスッキリとしており、昨日の英単語も完璧に記憶されている気がした。


今夜もまた、ダイブするために。


高校三年生。余裕で受験に間に合うのであった。



記載する表現に関して、常識に基づいて気をつけて参りますが、


もしもを考慮して15歳未満閲覧非推奨を設定させて頂きます。


こちらに何か落ち度がございましたら、お知らせ願います。


※短編『S4(エス・フォー)』Scientific Fantasy

※短編ユリン S4 Scientific Fantasy2

先行した2つの作品を読んでいただけますと、

わかりやすい内容になっています。

参考までに気が向いたらご覧ください。


登場人物


〇チェ・ウニョン

天才脳科学者、元高校教師

韓国脳科学会に「性善説でもなく性悪説でもない

『無による無』の論文を出して提唱したが、

女性である事とまだ若い事が遠因となって、

『無による無』は

『成り行き任せの論ずるに値しない学説』として

笑われ、学会を追放されてしまった。

世の中にあがらう事を諦め、

生活の為にソウルの高校にて教師をしていた。

大変な美人だが、脳科学者だけに脳に正直で、

普通の女性よりもほんの少し下品で、

ほんの少しビッチな発言もある。

大韓民国の『国民総教化計画』を阻止すべく、

『水霊』の破壊と『儒林』の消滅をやってのけた。



キム・ソヒョン

アトリエ・ノア会長室室長。

会長佐藤氏志乃の最側近(雑用係とも)

FGS(藤咲化粧品)korea第二営業企画部部長。

総合映像制作会社S.S.I社長ユン・ヒョヌの元恋人。

作家ユン・シウの元恋人。

他者肯定も少なく、

自己肯定も少ないので何かと苦労しがちな女性。

それはチェ・ウニョンの理論『無による無』と通じる素養をもっている。

元恋人のユン・シウは作家なだけに空即是色

(0から創作する )または(何気ない日常がドラマだ)と考える人間なので、

分かり合えるはずがなかったのかも知れない。



参考


※S4(エスフォー)

韓国で開発された超睡眠時学習システム

『Super・Sleep・Studying・Systems』

大韓構想にて国民総教化計画の一環で

表向きは若年世代の教育強化を目指した。


水霊スリョン

韓国で大韓構想を元に開発されたスーパーコンピュータ。

『Super・Sleep・Studying・Systems』の頭脳。


※大韓構想

朝鮮半島の統一を果たした大韓民国が掲げた構想。

「世界で最も優秀で、最も繁栄した国家の構築」


儒林ユリン

水霊スリョンの真の最終目標『全脳化計画』。

世界中のPC・タブレット・スマホを『CPUニューロン』として、

水霊を実体無くして最強であるものとする計画。

シナプスとして

流星群受信メテオラシャワーが用いられた。


樹林ジュリン

北海道ニセコにて佐藤志乃率いる

Juringエンタが開発したスーパーコンピュータ。

日本メーカーのゲーム機(一応、最高グレード)1万5千台を接続して、

30億円投資して完成させた。

ちなみに名前の由来は、数十年前に佐藤志乃が在籍した、

東京シルフィード歌劇団在籍時の舞台名

天翔樹林あまかけじゅりん』が元になっている。

(社名のJuringエンターテイメントも同様)

儒林ユリンと似ているがまったく関係ないネーミングであった。

表向きは『つぎはぎのポンコツ』とされているが、

実際は日本のフラッグシップ富岳と同等以上の性能を発揮し、

消費電力も3分の1となっており、

投下した資本からするとかなりコスパの良い設備である。

国内で騒がれない為に『山奥のポンコツ』と広めている。

冷却に降雪した雪を使用しており、融けてろ過した水は海外に売却してコストダウンしている。

後日、魔改造が施されスペックが向上した。

エラーはほとんどなくなった。



流星群受信メテオラシャワー

Meteor shower signal reception。

米国の富豪が打ち上げた精密な衛星通信網は、

自動帰還するロケットを用い、小型通信衛星を打ち上げるビジネスであったが、

日本のベンチャーがもっと安価に完全使い捨ての格安ロケットにて、

野球の球ほどの通信端末をドラム缶いっぱいに持っていき、

衛星軌道上でぶちまける事によって追い抜いた。

死角無しの衛星通信網である。

無計画に端末をぶちまく為、高頻度で大気圏に落下し、

流れ星が大量にみられる理由から、流星群受信と言われるようになった。

極めて大雑把で安価なベンチャービジネスで構築した、

地球全土を覆う死角なき通信ネットワークのその通信端末は、

現代のスマホが充電スタンドで置くだけで充電できるのと同じ仕組みで、

宇宙に漂う電磁波を表面で吸収し、半永久的に駆動する。



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