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天才脳科学者の初『ダイブ』

あらすじ

かつて世界を救った天才脳科学者ウニョンは、実業家・佐藤志乃の風変わりな依頼で北海道ニセコの開発拠点を訪れる。そこで彼女が監修することになったのは、人間の禍々しい欲求を仮想空間で肥大化させ、消費し尽くす新型ゲーム『ヴァーチャル・ダイブ』だった。ウニョンは期待を胸に抱きながら、初のテストダイブに挑む。

千歳空港から、

佐藤志乃が手配した黒塗りの高級送迎車に揺られること約二時間。

支笏湖の北を抜け、

美笛峠を越えたあたりから、車窓の景色は一変した。 

大気圏で燃え尽きなかった

流星群受信メテオラシャワー』の端末の残骸だろうか、

ときおり、はるか上空の雲の切れ間に、

昼間だというのにかすかな光の尾が引いては消える 。

世界を覆う死角なき通信網

――その圧倒的な利便性の代償として、この北の大地の空には、

いまや人工の流れ星が日常の風景として溶け込んでいた 。

「チェ先生、間もなくニセコ町に入ります。正面に見えますのが羊蹄山です」

 初老の運転手がバックミラー越しに穏やかに微笑む。

「綺麗ですね……」

 ウニョンは窓ガラスに額を近づけるようにして、

その雄大な稜線を見つめた。 

蝦夷富士とも呼ばれる美しい山。

だが、天才脳科学者である彼女の目は、

その自然の美しさの裏にある「別のシステム」を無意識に捉えていた。

(始まりと終わりの地、か) ウニョンは小さく息を吐き、膝の上のバッグを愛おしそうに撫でた。

 かつて彼女は、クリスタルロッドに囲まれ、

生体脳をシステムに直結させる『棺桶の麗人』となって、

スーパーコンピュータ『水霊』の内部から逆ハッキングを仕掛けた 。

世界を揺るがした全能化計画『儒林』の陰謀を阻止したとき、

彼女はただの脳科学者から、世界の救世主へと祭り上げられた 。

けれど、いまの彼女にそんな大層な肩書きは残っていない。

高校教師も退職し、恋人もいない 。

世界を救った反動のように訪れた、ちょっとだけ寂しくて、退屈な日々 。

そんな彼女をこの北の大地へと呼び寄せたのが、

実業家・佐藤志乃からの風変わりな依頼だった。

車はニセコの深い原生林を切り拓いた、真新しいリゾートエリアへと滑り込んでいく。

白樺の木々に囲まれるようにして建てられた、

全面ガラス張りの前衛的な建築物。

それこそが、佐藤志乃の野心の結晶であり、

ウニョンが監修を務めることになった新型ゲームサービス、

『ヴァーチャル・ダイブ』の開発拠点だった 。

「お待ちしておりました、ウニョン先生」

 エントランスをくぐると、すでにそこで待っていたキム・ソヒョンが、

華やかな微笑みをたたえて歩み寄ってきた。

仕立ての良いパンツスーツを着こなした彼女は、

Juringエンタ及びアトリエ・ノア会長室室長の肩書を持つ、

いわゆる佐藤志乃の側近中の側近である。

「長旅、お疲れ様でした。さっそくですが、我が社の自慢の娘に会っていただけますか?」

「ええ、喜んで」

 ソヒョンの案内に従い、セキュリティゲートをいくつも抜けて地下へと降りる。

厚い防音扉が開いた瞬間、

ウニョンの鼓膜を揺らしたのは、重低音の唸りのような、

凄まじいファンの駆動音だった。

「これが、我が社の心臓――スーパーコンピュータ『樹林ジュリン』です」

 ソヒョンが誇らしげに両手を広げる。

 巨大なサーバー室のキャビネットに整然と並んでいたのは、

驚くべきことに、市販されている日本メーカーの最新型ゲーム機だった。

それらが緻密な基盤と光ファイバーによって、

網の目のように複雑に結合されている 。

「壮観ですね……。本当に、1万5千台すべてが繋がっている」

 ウニョンは感嘆の声を漏らした。

「ええ。日本のフラッグシップ『富岳』と同等の演算性能を誇りながら、

製作コストは建物を含めてもわずか30億円。

しかも、最新グレードのゲーム機の省電力機能を応用することで、

電力コストは通常の三分の一に抑えられています」

 ソヒョンはふっと不敵な笑みを浮かべ、

ガラスの壁の向こうで蠢く青いLEDの光を見つめた。

「すべては、あの忌々しい『儒林』に無断で私の『流星群受信』を使われた仕返しですわ 。

彼らの残した『水霊』の遺産と、精神学習システム『S4』のコアデータを、この『樹林』の器に無料で掻き集めて構築し直してやったのです」

「だから、このシステムが必要だったのですね」

 ウニョンが呟くと、志乃は深く頷いた。

「目標は商用提供開始から2年での初期投資回収、登録利用者数は10万人です 。そのために、あなたの脳科学者としての知恵が必要なのです。この『ヴァーチャル・ダイブ』が提供する、最大の目玉機能のために」

――『自我の不測の補完』。

 それこそが、ウニョンがこの依頼を引き受けた最大の理由だった 。

 人間の脳が抱く、現実世界では決して満たしてはならない禍々しい精神的揺らぎや欲求 。

それを仮想空間内で徹底的に、そしてリアルに肥大化させ、

疑似体験によって「消費」し尽くさせるシステム 。

「人殺し願望がある者には、終わりなき殺戮を。絶望を抱く者には、無数の自殺を体験させ、その精神的エネルギーを完全に『抹消』する……」

 ウニョンは、コンソールの画面に表示される、

複雑な脳波のシミュレーション波形を見つめながら、その理論を口に狂わせた 。

「抑えられない欲求を力づくで抑え込むのではなく、真逆のアプローチで満腹中枢をMAXに刺激する 。脳に『もうお腹がいっぱいだ』と思わせることで、現実世界での犯罪や自殺衝動を根絶する。脳科学者として、これほど有用で、挑戦しがいのあるシステムはありません」

「さすが、理解が早くて助かりますわ」 

ソヒョンは満足そうに微笑んだ。

 けれど、ウニョンがこのシステムに期待している理由は、それだけではなかった。

 画面に映る、深く静かな仮想空間のプロトタイプを見つめながら、

彼女は自分の胸の奥にある、小さな、

けれど確実に存在する「寂しさ」に手を当てていた 。

(私のこの、恋人もいなくて、なんとなく退屈で、未来に怯えている精神的揺らぎも……このシステムなら、消費し尽くしてくれるのかしら)

 もし、仮想空間の中で、

誰かに激しく愛され、満たされる疑似体験を限界まで味わったとしたら、

現実に戻ったときの自分は、この寂しさから解放されているのだろうか。

それとも――。

(まあ、そんなことをしていたら、ますます婚期が遅れるかも知れないけれど)

 天才脳科学者としての冷徹な思考の裏で、ウニョンは一人の妙齢の女性として、

自嘲気味にそんな未来を夢想していた 。

「ウニョン先生、まずはファースト・ダイブのテストをお願いできますか? あなたにしか、この『S4』のチューニングはできませんから」

 ソヒョンの言葉に、ウニョンは我に返り、力強く頷いた。

「わかりました。始めましょう、私たちの『ヴァーチャル・ダイブ』を」

 ニセコの美しい白銀の地の下で、

1万5千台のゲーム機が、人間の業と欲望を飲み込むための産声をあげようとしていた。

記載する表現に関して、常識に基づいて気をつけて参りますが、


もしもを考慮して15歳未満閲覧非推奨を設定させて頂きます。


こちらに何か落ち度がございましたら、お知らせ願います。


※短編『S4(エス・フォー)』Scientific Fantasy

※短編ユリン S4 Scientific Fantasy2

先行した2つの作品を読んでいただけますと、

わかりやすい内容になっています。

参考までに気が向いたらご覧ください。


登場人物


〇チェ・ウニョン

天才脳科学者、元高校教師

韓国脳科学会に「性善説でもなく性悪説でもない

『無による無』の論文を出して提唱したが、

女性である事とまだ若い事が遠因となって、

『無による無』は

『成り行き任せの論ずるに値しない学説』として

笑われ、学会を追放されてしまった。

世の中にあがらう事を諦め、

生活の為にソウルの高校にて教師をしていた。

大変な美人だが、脳科学者だけに脳に正直で、

普通の女性よりもほんの少し下品で、

ほんの少しビッチな発言もある。

大韓民国の『国民総教化計画』を阻止すべく、

『水霊』の破壊と『儒林』の消滅をやってのけた。



キム・ソヒョン

アトリエ・ノア会長室室長。

会長佐藤氏志乃の最側近(雑用係とも)

FGS(藤咲化粧品)korea第二営業企画部部長。

総合映像制作会社S.S.I社長ユン・ヒョヌの元恋人。

作家ユン・シウの元恋人。

他者肯定も少なく、

自己肯定も少ないので何かと苦労しがちな女性。

それはチェ・ウニョンの理論『無による無』と通じる素養をもっている。

元恋人のユン・シウは作家なだけに空即是色

(0から創作する )または(何気ない日常がドラマだ)と考える人間なので、

分かり合えるはずがなかったのかも知れない。



参考


※S4(エスフォー)

韓国で開発された超睡眠時学習システム

『Super・Sleep・Studying・Systems』

大韓構想にて国民総教化計画の一環で

表向きは若年世代の教育強化を目指した。


水霊スリョン

韓国で大韓構想を元に開発されたスーパーコンピュータ。

『Super・Sleep・Studying・Systems』の頭脳。


※大韓構想

朝鮮半島の統一を果たした大韓民国が掲げた構想。

「世界で最も優秀で、最も繁栄した国家の構築」


儒林ユリン

水霊スリョンの真の最終目標『全脳化計画』。

世界中のPC・タブレット・スマホを『CPUニューロン』として、

水霊を実体無くして最強であるものとする計画。

シナプスとして

流星群受信メテオラシャワーが用いられた。


樹林ジュリン

北海道ニセコにて佐藤志乃率いる

Juringエンタが開発したスーパーコンピュータ。

日本メーカーのゲーム機(一応、最高グレード)1万5千台を接続して、

30億円投資して完成させた。

ちなみに名前の由来は、数十年前に佐藤志乃が在籍した、

東京シルフィード歌劇団在籍時の舞台名

天翔樹林あまかけじゅりん』が元になっている。

(社名のJuringエンターテイメントも同様)

儒林ユリンと似ているがまったく関係ないネーミングであった。

表向きは『つぎはぎのポンコツ』とされているが、

実際は日本のフラッグシップ富岳と同等以上の性能を発揮し、

消費電力も3分の1となっており、

投下した資本からするとかなりコスパの良い設備である。

国内で騒がれない為に『山奥のポンコツ』と広めている。

冷却に降雪した雪を使用しており、融けてろ過した水は海外に売却してコストダウンしている。


流星群受信メテオラシャワー

Meteor shower signal reception。

米国の富豪が打ち上げた精密な衛星通信網は、

自動帰還するロケットを用い、小型通信衛星を打ち上げるビジネスであったが、

日本のベンチャーがもっと安価に完全使い捨ての格安ロケットにて、

野球の球ほどの通信端末をドラム缶いっぱいに持っていき、

衛星軌道上でぶちまける事によって追い抜いた。

死角無しの衛星通信網である。

無計画に端末をぶちまく為、高頻度で大気圏に落下し、

流れ星が大量にみられる理由から、流星群受信と言われるようになった。

極めて大雑把で安価なベンチャービジネスで構築した、

地球全土を覆う死角なき通信ネットワークのその通信端末は、

現代のスマホが充電スタンドで置くだけで充電できるのと同じ仕組みで、

宇宙に漂う電磁波を表面で吸収し、半永久的に駆動する。



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