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黒猫のエドワード

あらすじ

中澤聡太は風変わりな少年であった。彼の夢は「猫になること」。彼は青春の貴重な時間を『ヴァーチャル・ダイブ」して黒猫のエドワードになったのだが。


自室の薄闇の中、俺――中澤聡太(16歳・高校1年生)は、

『フルダイブ・バルブ』を頭に装着していた。


壁の時計は夜の23時。


「聡太ー! 早く寝なさいよー! 明日遅刻しても知らないからね!」


階下から母親の呑気な声が聞こえる。


親たちにとって、この『ヴァーチャル・ダイブ』は願ってもない神アイテムだ。

夜更かしばかりしていた子供たちが

、頭に機械を載せるだけで自ら進んでベッドに入り、

朝までぐっすり泥のように眠り続けるのだから。


(フッ……母さんは何も分かっていない)


北海道ニセコの地下深く、日本製の家庭用ゲーム機一万五千台を力技で繋ぎ合わせて作られたつぎはぎのスーパーコンピュータ『樹林ジュリン』。 元々は韓国の国家プロジェクト『S4』とかいう「円周率1万桁を暗記させる」だの「トラウマを疑似体験させて消去する」だの超物騒なシステムだったらしいが、そんな難しいことはどうでもいい。


総開発費30億円。

日本の技術(とゲーム機)の意地を結集させたこのマシンの上で、

今夜、俺の壮大な野望が結実するのだ。


俺の野望。それは――


「黒猫になって、ゴロゴロして、猫たちとダラダラ喋りたい」


ただそれだけである。

人間関係とか学校のテストとか面倒くさいのだ。


「モード設定……『R15以下・まったりアニマル体験』。

アバター:黒猫。ネーム:エドワード」


システムプロンプトが青く発光する。


『ユーザー:中澤聡太。バイオデータ正常。シナプス接続……良好』


ちなみに「エドワード」の由来は、

昔歴史の本で読んだ英傑『エドワード黒太子』だ。

漆黒の甲冑を纏った伝説の王子。

我ながら最高にかっこいいネーミングセンスである。


『これよりダイブを開始します。良い夢を』


電子音が遠ざかり、俺の意識は浮遊感とともに暗転した。


視界が開けると、そこは夕日に照らされた路地裏だった。


「おおっ……! 低い! 視界が超低い!」


自分の手を見ると、つややかな黒い毛並みと、

プニプニのピンクの肉球! 後ろを振り返れば、

長い黒尻尾がパタパタと揺れている。


完璧だ。


俺はついに憧れの黒猫エドワードになったのだ!

試しに「ナァー」と鳴いてみようとしたら、


「あー、マイクテストマイクテスト。あ、普通に喋れるわ」


口から出たのは完璧な日本語だった。

『樹林』の言語変換機能、優秀すぎるだろ。


「おい、見ない顔だな」


上から声がして見上げると、

ブロック塀の上に片耳のちぎれたデカイサビ猫がいた。


「俺はエドワード。わけあって国を追われた、漆黒の王子だ」


俺が胸を張ってイキってみると、

サビ猫はあくびをしながら飛び降りてきた。


「はいはい、王子様ね。俺はボスだ。今から空き地で『猫集会』があるから来るか? 魚の頭が落ちてるゴミ箱の情報とか教えてやるぞ」


「行く行く! マジで!? 魚の頭!?」


気高い王子設定は一瞬で崩壊した。


空き地に移動すると、そこには三毛猫、トラ猫、

ロシアンブルーなど二十匹くらいの猫がワラワラと集まっていた。


「あら、新しい子? 黒猫ちゃん、可愛いわねぇ」


土管の上で白猫のシルヴィアさんが優雅に毛づくろいをしている。


「どうも、エドワードです。趣味は日向ぼっこです」


「あら丁寧な王子様ね。ねえ聞いた? 今夜、駅前のスーパーの裏に高級マグロのドリップ(汁)が大量に捨てられるらしいわよ!」


「マジで!? ドリップ激アツじゃん!!」


「みんなで舐めに行こうぜー!」


猫たちが「うおー!」と歓声をあげる。

猫同士が日本語で「ドリップ激アツ」とか言ってる絵面がシュールすぎて、

俺は一人で腹を抱えて笑いそうになった。

最高の癒やし空間だ。人間やってるより100倍楽しい。


そう、ここまでは完全に「平和なぬるま湯VRアニメ」だったのだ。


陽だまりでゴロゴロしながらトラ猫と

「ちゅ〜るの味のバリエーション」について熱く語り合っていた、

その時だった。


(――……ピキッ……チリチリチリ……)


耳元で、嫌なノイズが走った。


(ん……? なんだ?)


ふと空を見上げると、

夕空の一部が急にゲームのバグみたいに

「紫と緑のモザイク模様」に乱れた。

目の前のトラ猫のヒゲが急にビーンと真上に伸びて固定され、

白猫シルヴィアさんの首がカクカクと不自然に360度回転し始める。


「えっ、なにこれこわい」


(あ、そうだ……ここ、一万五千台のPS5……じゃなかったゲーム機を繋いだ『つぎはぎスパコン』だったわ……)


俺が一瞬でも「あ、これゲームだわ」と

冷めた現実を意識してしまったことで、

システムに軽微な処理落ちが発生したらしい。


本来なら「読み込み中……」で済む話なのだが、

この『樹林』のベースになったのは恐怖の暴走システム『S4』。

ユーザーの「焦り」や「困惑」を敏感に察知した

『自我の不測の補完』プログラムが、

盛大に勘違いして牙を剥き始めた!


『エラー……ユーザーの精神的動揺を検出……「トラウマの疑似体験」モードへ移行します』


「いや移行すな!!」


空がどす黒い赤に染まり、

周囲の猫たちの目が一斉にギラリと赤い光を放ち始めた。


「エドワードォ……お前……人間だな……?」


ボス猫が低音ボイスで迫ってくる。

しかし、グラフィックの処理が追いついていないのか、

**体のテクスチャが剥がれて、

全身ピンクのツルツルな素体ポリゴン**みたいになっている。


「いや見た目!! 怖さより面白さが勝ってるから!!」


「逃がさへんぞ……人間のモフモフ欲を満たすための道具にされてたまるかぁ……!」


トラ猫が襲いかかってくる!

だが、処理落ちのせいでフレームレートが極端に落ちており、

超スローモーションのカクカク動きだ。


「遅い! 動きがファミコン並みにカクカクだ!」


俺は黒猫の俊敏な身体で軽々と横にステップした。

しかし、相手は二十匹。

ツルツルポリゴン化した猫たちが「ニャー(重低音)」と叫びながら、

ゾロゾロと這い寄ってくる。絵面が完全にギャグホラーである。


「くそっ、ログアウト! ログアウトボタンどこだ!?」


焦る俺の目の前に、

巨大化したボス猫(ピンクのポリゴン塊)が立ちふさがった。


「覚悟しろ、エドワードォォォ!」


「うわあああ! 来るなあああ!」


追い詰められた俺は、背後のブロック塀に追い詰められた。


(あかん、このままだと「ピンクのツルツル猫に押し潰される」という謎のトラウマを植え付けられて更生処理されてしまう!)


その時、俺の脳裏に電撃が走った。


俺は誰だ? ただの冴えない高校生か? 違う!


俺は――**『エドワード黒太子』**だぞ!!


「ふざけるなー! 30億円もかけたスパコンで、ピンクのポリゴンに負けてたまるかあぁぁぁ!!」


俺は黒猫の身体に限界まで意識を集中させた。

脳波が『樹林』のメインフレームへ過剰な書き込みを行う。

イメージしろ、最強の黒猫を! 漆黒の甲冑を纏いし、猫界の英傑を!


「シャアアアアッ!!」


俺は鋭い威嚇とともに跳躍した! 猫の身体能力×俺の過剰な中二病イメージ!


シュババババッ!


「肉球連続猫パンチ(みだれひっかき)!!」


俺の両前足から繰り出される、

秒間50発の超高速猫パンチ! カクカク動くポリゴン猫たちに対して、

俺だけが最新グラフィックのなめらかな動きで無双し始めた。


「グアアアッ!? 速い! 早すぎて処理が追いつかない!?」


「何だこの黒猫、動きがヌルヌルすぎるー!?」


ポリゴン猫たちに俺の連撃がヒットするたび、

バシィン! バシィン! とド派手なエフェクトが発生し、

エラーデータが弾け飛んでいく。


「見やがれ! これが『エドワード黒太子』の力だぁぁぁ!」


最後に残った巨大ボス猫に向かって、俺は土管から大ジャンプ!


「必殺! フルダイブ・ネコチャン・キック!!」


ドカーン!!


俺のドロップキックが直撃し、

巨大ボス猫は「バグって画面の端にめり込む」という格ゲーみたいな挙動をした後、

きれいな青い光の粒子となって消滅した。


ふっと、周囲の赤黒い空が消え、いつもの穏やかな夕焼け空に戻った。


「……ふぅ。命拾いしたぜ」


着地した俺は、優雅にペロッと前足を舐めた。完璧な勝利だ。


気がつくと、

周りの猫たちが元の可愛い姿に戻り、目を丸くして俺を見ていた。


「す、すごいわエドワード……! あなた、あんなに強いなんて……!」


「なんてヌルヌルした動きなんだ……! お師匠と呼ばせてくれ!」


猫たちから一斉に尊敬の眼差しが注がれる。

俺はフッと鼻で笑い、漆黒の尻尾をピーンと立てた。


「ふん……まあな。これが『黒太子』の生き様よ」


(※なお、ただの猫パンチである)


『ピピピ……アラーム時刻です。おはようございます、中澤聡太様』


爽やかな電子音とともに、夕焼けの空き地がサーッと消えていった。


目を開けると、見慣れた俺の部屋の天井。

頭から『フルダイブ・バルブ』を外すと、

一晩中ニセコのゲーム機一万五千台がフル稼働していたせいか、

ほんのり温かかった。


「……ふぁぁあ。疲れた……」


手を見ると、フツーの人間の手だ。肉球はない。


「聡太ー! ご飯よー! 早くしないと遅刻するわよ!」 階下からお袋の声。


「はーい、今行くー」


ベッドから起き上がり、制服に着替える。

鏡を見ると、昨日までのうじうじした顔ではなく、

心なしか「世界を救った猫」みたいなドヤ顔になっている気がした。


ニセコの地下で動く30億円のつぎはぎスパコン『樹林』。

色々バグってて命がけだった気もするが……まあ、

猫パンチで無双できたし、猫たちにもモテたし、結果オーライだ。


「よし、今夜は『マグロのドリップ争奪戦』からスタートだな」


俺はウキウキしながら部屋のドアを開けた。

現実の高校生活もまあ適当にこなしつつ、

夜になったらまた、漆黒の王子(猫)として仮想世界に降臨してやろうと思う。



記載する表現に関して、常識に基づいて気をつけて参りますが、


もしもを考慮して15歳未満閲覧非推奨を設定させて頂きます。


こちらに何か落ち度がございましたら、お知らせ願います。


※短編『S4(エス・フォー)』Scientific Fantasy

※短編ユリン S4 Scientific Fantasy2

先行した2つの作品を読んでいただけますと、

わかりやすい内容になっています。

参考までに気が向いたらご覧ください。


登場人物


〇チェ・ウニョン

天才脳科学者、元高校教師

韓国脳科学会に「性善説でもなく性悪説でもない

『無による無』の論文を出して提唱したが、

女性である事とまだ若い事が遠因となって、

『無による無』は

『成り行き任せの論ずるに値しない学説』として

笑われ、学会を追放されてしまった。

世の中にあがらう事を諦め、

生活の為にソウルの高校にて教師をしていた。

大変な美人だが、脳科学者だけに脳に正直で、

普通の女性よりもほんの少し下品で、

ほんの少しビッチな発言もある。

大韓民国の『国民総教化計画』を阻止すべく、

『水霊』の破壊と『儒林』の消滅をやってのけた。



キム・ソヒョン

アトリエ・ノア会長室室長。

会長佐藤氏志乃の最側近(雑用係とも)

FGS(藤咲化粧品)korea第二営業企画部部長。

総合映像制作会社S.S.I社長ユン・ヒョヌの元恋人。

作家ユン・シウの元恋人。

他者肯定も少なく、

自己肯定も少ないので何かと苦労しがちな女性。

それはチェ・ウニョンの理論『無による無』と通じる素養をもっている。

元恋人のユン・シウは作家なだけに空即是色

(0から創作する )または(何気ない日常がドラマだ)と考える人間なので、

分かり合えるはずがなかったのかも知れない。



参考


※S4(エスフォー)

韓国で開発された超睡眠時学習システム

『Super・Sleep・Studying・Systems』

大韓構想にて国民総教化計画の一環で

表向きは若年世代の教育強化を目指した。


水霊スリョン

韓国で大韓構想を元に開発されたスーパーコンピュータ。

『Super・Sleep・Studying・Systems』の頭脳。


※大韓構想

朝鮮半島の統一を果たした大韓民国が掲げた構想。

「世界で最も優秀で、最も繁栄した国家の構築」


儒林ユリン

水霊スリョンの真の最終目標『全脳化計画』。

世界中のPC・タブレット・スマホを『CPUニューロン』として、

水霊を実体無くして最強であるものとする計画。

シナプスとして

流星群受信メテオラシャワーが用いられた。


樹林ジュリン

北海道ニセコにて佐藤志乃率いる

Juringエンタが開発したスーパーコンピュータ。

日本メーカーのゲーム機(一応、最高グレード)1万5千台を接続して、

30億円投資して完成させた。

ちなみに名前の由来は、数十年前に佐藤志乃が在籍した、

東京シルフィード歌劇団在籍時の舞台名

天翔樹林あまかけじゅりん』が元になっている。

(社名のJuringエンターテイメントも同様)

儒林ユリンと似ているがまったく関係ないネーミングであった。

表向きは『つぎはぎのポンコツ』とされているが、

実際は日本のフラッグシップ富岳と同等以上の性能を発揮し、

消費電力も3分の1となっており、

投下した資本からするとかなりコスパの良い設備である。

国内で騒がれない為に『山奥のポンコツ』と広めている。

冷却に降雪した雪を使用しており、融けてろ過した水は海外に売却してコストダウンしている。


流星群受信メテオラシャワー

Meteor shower signal reception。

米国の富豪が打ち上げた精密な衛星通信網は、

自動帰還するロケットを用い、小型通信衛星を打ち上げるビジネスであったが、

日本のベンチャーがもっと安価に完全使い捨ての格安ロケットにて、

野球の球ほどの通信端末をドラム缶いっぱいに持っていき、

衛星軌道上でぶちまける事によって追い抜いた。

死角無しの衛星通信網である。

無計画に端末をぶちまく為、高頻度で大気圏に落下し、

流れ星が大量にみられる理由から、流星群受信と言われるようになった。

極めて大雑把で安価なベンチャービジネスで構築した、

地球全土を覆う死角なき通信ネットワークのその通信端末は、

現代のスマホが充電スタンドで置くだけで充電できるのと同じ仕組みで、

宇宙に漂う電磁波を表面で吸収し、半永久的に駆動する。



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