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夜空に咲く光の雨と冷めない夢

あらすじ

みなは、『ヴァーチャル・ダイブ』で仮想現実世界へとダイブします。理想通りのイケメンとデート「夏祭り・花火大会」のシチュエーションと、その世界を共に歩む存在が完璧に構築されます。二人は露店を回り、金魚すくいを楽しむなど、現実とは異なる幻想的で穏やかな時間を過ごします。


薄闇に包まれた自室で、

工藤みなは最新型のVRヘッドギア

『フルダイブ・バルブ』を頭に装着した。

滑らかなシリコンと金属の冷たい感触が、後頭部に心地よくフィットする。


壁の時計は午後九時を過ぎていた。

「みな、もう寝る時間でしょ? 明日も学校なんだから」

階下から聞こえる母親の声に、みなは心の中でくすりと笑った。


親たちにとって、この『ヴァーチャル・ダイブ』は願ってもない優れものだ。

夜更かしばかりしていた子供たちが、自ら進んでベッドに入り、

朝までぐっすり眠ってくれるのだから。


(お母さんは知らないんだ。この中で、どれだけ最高の時間が待ってるか)


北海道ニセコに構築されたスーパーコンピュータ『樹林ジュリン』。

かつて韓国で暴走したシステム『水霊』の残滓を集めて作られた

商用VRサービスは、日本中の若者たちに甘い夢を見せていた。


「モード設定……『R15指定・甘々シチュエーション』。ロケーション:夏祭り、花火大会」


みなの声に反応し、視界の裏側で青いシステムプロンプトが光る。


『ユーザー:工藤みな(17歳)。バイオデータ確認。脳波、 alpha波へ移行。シナプス接続……良好』


(背が高くて、ちょっと意地悪で、でも私だけにとびきり優しいイケメン。二人で浴衣を着て、手を繋いで露店を回って……最後は二人きりで花火を見るの)


少女の抱く純粋で甘い妄想を、

『樹林』のアルゴリズムが瞬時に読み取り、

五感の全てを完璧に構築していく。


『これよりダイブを開始します。甘い夜をお楽しみください』


電子音が遠ざかり、みなの意識はふわりと浮遊感に包まれた。


「――おい、みな。いつまでボーッとしてんだよ」


低くて心地よい声に、みなはハッと目を開けた。


目の前に立っていたのは、驚くほどの美少年だった。

黒髪を少し短めに整え、涼しげな目元とすっと通った鼻筋。

藍色の浴衣を粋に着こなし、首元からは綺麗な鎖骨が覗いている。


「あ……」


「遅いぞ。置いてくからな」


少年――システムが用意した「恋人役」――は、

呆れたように笑うと、照れくさそうに右手を差し出してきた。


みなは自分の格好を見下ろした。

鮮やかな朱色の金魚柄の浴衣に、黄緑色の帯。

髪は少しアップにされ、風鈴のかんざしが揺れている。

下駄を踏みしめる感覚も、夜風の生温かさも、

すべてが本物としか思えない。


みなはおそるおそる手を重ねた。 「

あ……」 温かい。

指が自然と交差させられ、キュッと握りしめられる。

「恋人繋ぎ」の感触に、みなの顔が一気に熱くなった。


「ほら、行くぞ。何から食べる? たこ焼きか? あんず飴か?」


「……金魚すくい! 一緒にやりたい!」


「お前、絶対下手だろ。破いて泣いても知らんぞ」


「泣かないもん!」


二人は提灯の灯りがやわらかく照らす境内の露店街へと歩き出した。

香ばしいソースの匂い、水槽を泳ぐ金魚の水音、

遠くで聴こえるお囃子。

全てが理想通りの夏祭りだ。


「ほら見ろ、言わんこっちゃない」


少年がくすくす笑う。

みなのポイは、

水に入れた瞬間に金魚の尾ヒレが一振りしただけで派手に破けていた。


「うぅ……この金魚、すばしっこすぎるよ」


「しょうがないな……貸してみろって」


少年はみなの後ろに回ると、

包み込むようにして右手に自分の手を重ねた。

背中から伝わる彼の体温と胸の鼓動に、みなの心臓が跳ね上がる。


(ヤバい……近すぎる……!)


「力、抜けって。水面に沿わせるように……ほら」


少年の誘導でポイが水面を滑り、

鮮やかな朱色の金魚がプラスチックの器の中で水しぶきを上げた。


「取れた! すごい!」


「大げさだな。ほら、お前の分」


少年は取れた金魚の袋をみなに手渡し、鼻先をちょんと指でつついた。


「可愛い顔すんなよ」とボソッと呟く声が耳元に届き、

みなの胸の奥がキュンと締め付けられる。


脳内に溢れ出す多幸感。

これこそが『ヴァーチャル・ダイブ』の醍醐味だった。


二人は境内を抜け、静かな石段を登っていた。

一段登るごとに喧騒が遠ざかり、

夜風に揺れる木々のざわめきが心地よく響く。


「ここ、穴場なんだ」


石段の頂上からは、祭り会場の明かりと街の夜景が一望できた。


「綺麗な場所……」


「だろ? 人ごみの中で見るより、お前と二人きりで見たかったんだ」


少年は石段に腰を下ろし、自分の隣をぽんぽんと叩いた。

みなは照れながらその隣に腰掛けた。

肩と肩が触れ合う距離。


「なぁ、みな」


少年がみなの顔をじっと見つめてくる。

その瞳は夜空の星を映しているかのように澄んでいた。


「今日、すごく楽しい。……ずっとこうしてたいくらい」


「うん……私も。夢みたい」


「夢じゃないよ。俺はここにいるし、お前もここにいる」


少年は優しく微笑むと、みなの頬にそっと手を添えた。

指先が耳たぶをかすめ、顔がじわじわと近づいてくる。

息が止まる。初恋のような甘い緊張に、みなはそっと目を閉じた。


その時――


(――……チッ……)


耳元で、かすかな電子ノイズが走った。

ほんの一瞬、少年の顔の輪郭が揺らぎ、

彼の瞳が一瞬だけ無機質なデータの波紋を描いた。


(え……?)


みなは目を開けた。

北海道ニセコに並べられた一万五千台のゲーム機。

つぎはぎのスーパーコンピュータ『樹林』。


(そうだった……これは、プログラムが見せている仮想現実……)


ユーザーの精神が「現実」を一瞬でも意識すると、

システムに微小なズレが生じる。

本来ならばエラー補正が入る場面だったが、

みなの抱いた不満は恐怖ではなく

「もっと彼と一緒にいたい」という甘い執着だった。


『樹林』の深層プログラム『自我の不測の補完』が、

その一瞬の寂しさを読み取り、

過剰なまでに「甘い甘美さ」として肥大化させ始める。


少年の瞳が、深い愛おしさに満ちた光を帯びて輝いた。


「どこ見てるの? ……俺だけを見てよ、みな」


少年の腕がみなの腰に回り、

強い力でギュッと抱きしめられた。

首筋に触れる彼の息が熱い。


「嘘でもいい、幻でもいいって思ってくれたらいいよ。俺は君が望む分だけ、君を愛するから」


「……あっ……」


甘く、独占欲に満ちた少年の言葉。

心臓が痛いほど脈打つ。

現実の男の子からは絶対に得られない、完璧な愛の全肯定。

それは恐怖ではなく、脳を溶かすような濃厚な快楽となって、

みなの思考を白く染めていく。


「離さないから。君が望むなら、朝が来てもずっと……」


少年が耳元で甘く囁き、

もう一度唇を重ねようと顔を近づけた――その瞬間。


ド――ン。


重厚な爆音が夜空に響き渡った。


空が焦げ付くような金色に染まった。

第一発目の尺玉が、夜空の頂点で弾けたのだ。


赤、青、金。無数の光の粒が、

夜空を埋め尽くし、雨のように二人に向かって降り注ぐ。


「――っ」


少年が顔を上げ、夜空を見上げた。

『樹林』のグラフィックエンジンが、

このクライマックスの花火大会に莫大な計算資源を集中させる。

圧倒的な光のデータ量が空間を満たし、

過剰駆動しかけた甘いバグを綺麗に打ち消していく。


ド――――ン。


二発目、三発目の花火が打ち上がる。

圧倒的な光のシャワーの中で、

少年は抱きしめていた腕の力を少しだけ緩め、優しくみなの髪を撫でた。


「綺麗だな……みな」 「うん……すごく綺麗……」


少年の身体が、花火の光を受けて微かに透け始めていた。

ダイブ時間の終了が近づいている証拠だ。


「もうすぐ朝だね」


少年は寂しそうに微笑むと、

みなの手に自分の手を重ね、指を絡めた。


「消えても……忘れないでね。俺、君に恋できて嬉しかったよ」


「……嫌だよ、消えないで」


みなの目から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。

プログラムだと分かっていても、

この温もりも、この胸のトキメキも、間違いなく本物だったから。


少年は愛おしそうにみなの涙を指で拭うと、

最後に優しく、額にキスをした。


「泣かないで。また……夜になったら会えるから」


その言葉を残し、少年の姿は金の光の粒子となって、

夜空に咲く花火の光の中へと溶けていった。


あとに残されたのは、夜空を仰ぐみな一人。

銀冠かむろ」の花火が、金色の雨となって世界を優しく包み込んでいた。


「うん……また、今夜ね」


みなは、まだ温もりの残る自分の手をギュッと握りしめた。


『アラーム時刻です。おはようございます、工藤みな様』


やわらかな電子音とともに、視界の光が引いていく。

目を開けると、見慣れた自分の部屋の天井があった。

カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。


みなはゆっくりと起き上がり、『フルダイブ・バルブ』を頭から外した。

ヘッドギアは、一晩中通信を続けていたせいで仄かに温かい。


「……ふふ」


自分の指先を見る。そこにはもう少年の手はないけれど、

胸の奥に残った甘いトキメキと、

額に残された温もりは消えていなかった。


「みなー! 朝ごはんよ! 遅刻するわよー!」


階下から母親の呑気な声が聞こえる。


「はーい! 今行く!」


制服に着替えながら、

みなはデスクの上の『フルダイブ・バルブ』を振り返った。


北海道ニセコの地下で動く『樹林』。

三十億円の投資で作られたそのシステムは、

今夜もまた、自分に最高の恋を見せてくれるはずだ。


「行ってきます」


みなはウキウキとした足取りでドアを開けた。

次の夜が来るのが、こんなにも待ち遠しいなんて思いもしなかった。

少女の胸には、仮想空間で交わした甘い約束が、

消えない花火のように温かく咲き続けていた。



記載する表現に関して、常識に基づいて気をつけて参りますが、


もしもを考慮して15歳未満閲覧非推奨を設定させて頂きます。


こちらに何か落ち度がございましたら、お知らせ願います。


※短編『S4(エス・フォー)』Scientific Fantasy

※短編ユリン S4 Scientific Fantasy2

先行した2つの作品を読んでいただけますと、

わかりやすい内容になっています。

参考までに気が向いたらご覧ください。


登場人物


〇チェ・ウニョン

天才脳科学者、元高校教師

韓国脳科学会に「性善説でもなく性悪説でもない

『無による無』の論文を出して提唱したが、

女性である事とまだ若い事が遠因となって、

『無による無』は

『成り行き任せの論ずるに値しない学説』として

笑われ、学会を追放されてしまった。

世の中にあがらう事を諦め、

生活の為にソウルの高校にて教師をしていた。

大変な美人だが、脳科学者だけに脳に正直で、

普通の女性よりもほんの少し下品で、

ほんの少しビッチな発言もある。

大韓民国の『国民総教化計画』を阻止すべく、

『水霊』の破壊と『儒林』の消滅をやってのけた。



キム・ソヒョン

アトリエ・ノア会長室室長。

会長佐藤氏志乃の最側近(雑用係とも)

FGS(藤咲化粧品)korea第二営業企画部部長。

総合映像制作会社S.S.I社長ユン・ヒョヌの元恋人。

作家ユン・シウの元恋人。

他者肯定も少なく、

自己肯定も少ないので何かと苦労しがちな女性。

それはチェ・ウニョンの理論『無による無』と通じる素養をもっている。

元恋人のユン・シウは作家なだけに空即是色

(0から創作する )または(何気ない日常がドラマだ)と考える人間なので、

分かり合えるはずがなかったのかも知れない。



参考


※S4(エスフォー)

韓国で開発された超睡眠時学習システム

『Super・Sleep・Studying・Systems』

大韓構想にて国民総教化計画の一環で

表向きは若年世代の教育強化を目指した。


水霊スリョン

韓国で大韓構想を元に開発されたスーパーコンピュータ。

『Super・Sleep・Studying・Systems』の頭脳。


※大韓構想

朝鮮半島の統一を果たした大韓民国が掲げた構想。

「世界で最も優秀で、最も繁栄した国家の構築」


儒林ユリン

水霊スリョンの真の最終目標『全脳化計画』。

世界中のPC・タブレット・スマホを『CPUニューロン』として、

水霊を実体無くして最強であるものとする計画。

シナプスとして

流星群受信メテオラシャワーが用いられた。


樹林ジュリン

北海道ニセコにて佐藤志乃率いる

Juringエンタが開発したスーパーコンピュータ。

日本メーカーのゲーム機(一応、最高グレード)1万5千台を接続して、

30億円投資して完成させた。

ちなみに名前の由来は、数十年前に佐藤志乃が在籍した、

東京シルフィード歌劇団在籍時の舞台名

天翔樹林あまかけじゅりん』が元になっている。

(社名のJuringエンターテイメントも同様)

儒林ユリンと似ているがまったく関係ないネーミングであった。

表向きは『つぎはぎのポンコツ』とされているが、

実際は日本のフラッグシップ富岳と同等以上の性能を発揮し、

消費電力も3分の1となっており、

投下した資本からするとかなりコスパの良い設備である。

国内で騒がれない為に『山奥のポンコツ』と広めている。

冷却に降雪した雪を使用しており、融けてろ過した水は海外に売却してコストダウンしている。


流星群受信メテオラシャワー

Meteor shower signal reception。

米国の富豪が打ち上げた精密な衛星通信網は、

自動帰還するロケットを用い、小型通信衛星を打ち上げるビジネスであったが、

日本のベンチャーがもっと安価に完全使い捨ての格安ロケットにて、

野球の球ほどの通信端末をドラム缶いっぱいに持っていき、

衛星軌道上でぶちまける事によって追い抜いた。

死角無しの衛星通信網である。

無計画に端末をぶちまく為、高頻度で大気圏に落下し、

流れ星が大量にみられる理由から、流星群受信と言われるようになった。

極めて大雑把で安価なベンチャービジネスで構築した、

地球全土を覆う死角なき通信ネットワークのその通信端末は、

現代のスマホが充電スタンドで置くだけで充電できるのと同じ仕組みで、

宇宙に漂う電磁波を表面で吸収し、半永久的に駆動する。



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