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 翌日、学校に行くと綾香さんが自分の席に座って周囲を見渡していた。誰かに話しかけようとしているのか、表情が強張っている。


「あの、ちょっといいかしら」


 思い切って声をかけた綾香さん。俺は素直に感心する。俺だったら自分から声をかけるなんて死んでもできないだろうから。その点、綾香さんは自分から女子に声をかけた。それだけで評価できる。だが、綾香さんは次の言葉が出てこない。きょとんとする女子に綾香さんは謝ると、文庫本に視線を落とした。


「やっぱり駄目だったか」

「ダメだったわけじゃないわ」


 昼休み、屋上に出た俺と綾香さんは愛奈さんが作ってくれたお弁当に舌鼓を打っていた。


「声をかけたところまでは良かったけどね」

「しかたないじゃない。何を話したらいいかわからなかったんだから」

「そういうのは普通考えてから声をかけるものだよ」

「うっさい。あなたに何がわかるの」

「まあ俺は愛奈さんという友達がいるから、現状ぼっちじゃないわけで。一方、綾香さんはぼっちだもんね」

「ぐぬぬ……」


 綾香さんが顔をしかめる。悔しそうにしているが何も言い返してこない。綾香さんもわかっているのだろう。友達を作ることが難しいことぐらい。今朝、綾香さんに声をかけられた女子は怯えていた。普段の綾香さんの振る舞いが招いたこととはいえ、ちょっとかわいそうに思えてきた。


「綾香さん、やっぱり俺と友達になろう」


 気付けば俺はそう声をかけていた。


「だからどうしてあなたなんかと」

「まずは友達を作って練習するのがいいんじゃないかな」

「練習?」

「そう。綾香さんは友達と何を話したらいいかがわからない。だから俺相手で練習すればいいんだよ」

「あなたのくせに一理あるわね」


 綾香さんは頤に手を添えて思案する。そして顔をあげる。


「いいわ。あなたと友達になってあげる。ただしお試しよ」

「お試し?」

「そう。合わないと思ったら即解消する。正直あなたと仲良くできる未来が想像できないのよね」


 言うなあこのお嬢様は。俺は苦笑しながら頷く。


「それでいいよ」

「じゃあ今から私とあなたは仮の友達ね」


 綾香さんはそう言うと顔を赤らめる。


「友達って何を話せばいいのかしら」

「好きなことを話せばいいんじゃないかな。たとえば趣味だったり、好きなものだったり」

「好きなもの……」


 綾香さんが思案する。真面目に考えているようだ。綾香さんは顔を上げると、俺の目を真っすぐに見据えた。


「ママは本当に美人なの。あの年でお肌はぷるっぷるだし、料理も上手いわ。まさに人類で最高の母と言っても過言じゃないわ」


 確かに好きなものの話をすればとは言ったが、まさか愛奈さんのことを語り始めるとは。どんだけマザコンなんだこの人。


「それはわかるよ。愛奈さんを初めて見た時、大学生かなって思ったし」

「やっぱり若く見えるわよね。だから心配なのよ。あなたみたいな欲望をぶつけてくる男どもが」


 そう言って俺を睨んでくる綾香さん。俺への敵意は隠すつもりはないらしい。


「俺は愛奈さんのこと狙ったりなんかしてないからね」

「嘘よ。あんなママの美貌を前にして、我慢できる男なんているはずないわ」

「できるよ。だって愛奈さんは俺の大事な友達だから」


 俺はそう言うと、薄く微笑む。綾香さんは俺の言葉に気圧されたのか、口ごもる。


「どうしてそこまでママにこだわるのよ」

「愛奈さん、ハムスケさんは俺にとって初めてできた友達だからだよ。綾香さんのことからかったりしてるけど俺もぼっちだったからさ」

「それは知ってるわよ」

「だからずっと友達がほしいって思ってたんだ。だから友達ができたら大事にしようって思ってた」


 顔の見えない相手だったけど、この一年間、俺とハムスケさんは互いにいろんなことを話した。愛奈さんは男の振りをしていたから、自分のことはあまり話さなかったけど、俺の相談を快く聞いてくれた。


「ママの事好きなの?」

「大好きだよ」

「大好きなの⁉」

「うん。友達として大好き。だから娘の綾香さんとも、俺は仲良くしたい」

「なによ。私はママのついでじゃない」


 綾香さんが唇を尖らせる。わかりやすく拗ねた綾香さんに俺は笑いかける。


「それは綾香さんとは友達になったばっかりだからだよ。これから綾香さんのことを知っていけば、きっと仲良くなれるって思ってるよ」

「私はそうは思わないわ」


 綾香さんは首を横に振る。


「私はどうしてもあなたに嫉妬してしまう。ママが取られるんじゃないかって」

「取ったりはしないよ。愛奈さんは綾香さんのお母さんだから」

「信用できないわ。男は下心を持って近づいてくるものだもの」

「そういう男が多いのは事実だけど、普通に仲良くなりたいって思ってる男子もいるからね」


 綾香さんが疑心暗鬼になるのはある意味仕方がない。これまでずっと男子たちから下心を向けられてきただろうから。だけど、男子の中にはそういう下心を持たずに接することのできる人もいる。たとえば俺のように。


「綾香さんのこともっと教えてよ。俺のことも教えるからさ」

「なんなのよあなた……」


 綾香さんは困惑したように唇を戦慄かせる。

 俺はその様子を見て、仲良くなるには時間がかかるなと思った。

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