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お弁当

 あれから数日間、綾香さんは俺に付きまとうようになった。それほどまでに俺に愛奈さんを諦めてほしいらしい。

 まあ、別に俺は愛奈さんを狙っているわけじゃないんだけどな。ただ親友として、これからも普通に一緒に遊びたいだけで。

 一つ困ったのは綾香さんが周囲の視線を気にせず俺に話しかけるようになったことだ。これに驚いたのはクラスの男子たちだ。これまで棘のある対応しかされてこなかった男子たちが、こぞって俺に話しかけてくるようになった。


「おい、田丸。伊原さんに話しかけられてたけど、どういうことだ」

「別に。ちょっと仲良くなっただけだよ」

「なんだとぉ……羨ましすぎる」


 俺に声をかけてきた男子は広橋という男子で、以前綾香さんに告白して玉砕していた男子だ。


「なんでお前がぁ!」

「てか、広橋って綾香さんのこと好きだったんだよな。もうちょっと頑張らないか」

「綾香、さん?」

「どうかした?」

「どうして名前で呼んでるんだ⁉」

「言ったじゃん。仲良くなったって」


 本当はまだ仲良くなってい奈けど、説明が面倒なのでそういうことにしておく。広橋は顔面蒼白になり、絶望の表情を浮かべる。


「終わった……」

「まだ何も終わってないだろ。一回振られたぐらいで」

「いや、そうじゃねえんだ。俺としては荊姫に幸せになってもらいたいんだ。いつも仏頂面のあの顔を笑顔にしたかった。だけど、それができるのは俺じゃないみたいだ」


 なんか一人で悟りを開いている。ちょっと気持ち悪いな。


「だから伊原さんのことは諦める。その代わりお前が笑顔にしてやれよ」


 そう言って俺の背中を力強く叩く広橋。まったく。俺と綾香さんはそういう関係じゃないってのに。

 広橋と話していると、また綾香さんが近寄ってくる。


「ちょっと話せる?」

「別にいいけど」

「じゃあ場所を変えましょう」


 そう言って綾香さんが歩き出す。後ろを振り返ると広橋がサムズアップしていた。

 綾香さんは俺を連れて屋上に出る。屋上は一般生徒は立ち入り禁止だが、実は鍵を持つ生徒が出入りしているらしい。


「どうして屋上の鍵を持っているの」

「先生が貸してくれたわ」

「信頼されているんだね」

「そんなことよりも、あなたまだママと連絡を取り合ってるのかしら」

「ああ、うん。それはもちろん。友達だし」

「この泥棒猫。まあいいわ。今にあなたを私に惚れさせてあげるから」

「いやいや、惚れないから」


 綾香さんが口をへの字に曲げて俺を睨む。そして、おもむろに手に持ったバッグを開けて、何かを取り出す。


「それは?」

「お弁当。あなたに用意してきたわ」

「手作り弁当、だと」


 これまで生きてきた人生で、女の子からの手作り弁当をいただける日なんてなかった。なるほど。胃袋を掴みにくる作戦か。悪くないな。

 俺は生唾を飲むと、綾香さんを見据える。


「このお弁当を食べればあなたも私の有能さに気付くはず」

「さあ、それは食べてみないとわからないな」


 俺が挑発すると綾香さんはむっとする。


「あなたの口からおいしいって言わせてあげるわ」


 綾香さんはそう言って俺にお弁当を手渡す。俺が開封すると、中には色彩鮮やかな弁当が広がっていた。


「見た目はいいね」

「当たり前でしょ。ほら、さっさと食べておいしいって言いなさいよ」


 そう言ってせかしてくるので、俺はベンチに腰を下ろすと弁当に箸をつける。そして一口食べた瞬間、箸が止まらなくなった。


「美味い!」


 気付けば俺はそう言っていた。まさかこんなにもあっさり敗北を宣言することになるとは。


「ふふ、私の勝ちね」


 綾香さんは渾身のどや顔で俺を見下ろしてくる。


「参ったよ。本当に美味しい。この卵焼きもふわふわだし、から揚げもジューシーだ」

「当たり前じゃない。私のママが作ったんだから」

「……なんだって?」

「あ」


 綾香さんは自分の失策に気が付いて固まった。


「これ、愛奈さんが作ったの?」

「ち、違うわ。作ったのは私よ」

「なるほど。愛奈さんが褒められて調子に乗っちゃったんだね」

「う……」

「なるほど。愛奈さんって料理もすごく上手いんだね。ますます好きになったよ」


 俺があえてそう言うと、綾香さんは悔しそうに歯噛みした。


「この勝負は俺の勝ちかな? さすがに愛奈さんに作ってもらったお弁当で綾香さんには惚れないよ」

「だって私、料理苦手なんだもん」

「そうなんだね。でもそこは綾香さんの手作りのほうが嬉しかったかな」


 俺がそう言うと、綾香さんは渋い顔をした。


「まあ愛奈さんにはお礼を言っておくよ。美味しいお弁当をありがとうって」

「これで勝ったと思わないことね!」


 綾香さんは涙目になりながら俺を指さす。


「絶対あなたを惚れさせてやるんだから!」

「まあ楽しみにしてるよ。俺は綾香さんには一ミリも興味ないけど」

「むむっ……」


 綾香さんが頬を膨らませている。こういういろんな表情もするんだな。こういうところを教室でも出せば友達もできると思うんだけどな。

 俺は愛奈さんから綾香さんと仲良くなってほしいと頼まれている。俺としてはやぶさかではない。俺としても友達はほしいし。少しだけ綾香さんのことを可愛いと思ってしまった。

 それを口には出さず、俺は綾香さんをからかった。

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