アドバイス
店を出て帰り際、愛奈さんが俺の肩を叩く。
「唯斗くんに娘と仲良くなってもらうために助言してあげる」
「助言?」
「そう。あの子、捻くれてるから、そう簡単に心は開かないから」
確かに普段の伊原さんの様子を見ている限り、一筋縄じゃいかなさそうだ。
「あの子は冷たくされると、甘えてくるわよ」
「冷たくするんですか」
それはびっくりだ。普通は優しくされたらとかだと思うのだが。
「ほら、あの子、見た目は可愛いでしょ。だから優しくされるのに慣れているの。男の子に優しくされると下心を持ってるって思うみたいで」
確かに伊原さんに優しくする男子は十中八九下心があるだろう。
「でも、あの子は本来は甘えたがりなのよ。私にもべったりだし」
「なんかイメージつかないな」
「学校ではどうかわからないけど、家じゃべったりよ」
「もしかして伊原さんってマザコンなのか」
「そうね。私としても可愛いんだけど、そろそろ親離れしてほしいのよね~」
確かに愛奈さんの懸念はわかる。学校での伊原さんは一部の女子に怖がられている。男子は好意を向けるだけだからまだいいが、女子と仲良くしているところを見たことがない。端的に言えばぼっちだ。決してコミュ障というわけではない。自分の意見ははっきり言うし、ちゃんと自分を持っている。
「まあ、そういうわけだから、仲良くなってくれると嬉しいわ」
「考えとくよ」
「今日は会えて嬉しかったわ。今度は私の家に遊びにきてね」
「行かせてもらうよ。俺もハムスケさんに会えて嬉しかったし」
俺はそう言って愛奈さんと分かれた。
愛奈さんとはネトゲのチャットで話していたフランクな感じで会話ができる。年上の女性だけど、なぜだか緊張せずに話せるんだよな。伊原さんのお母さんだったのは凄く驚いたけど。
とにかく、ハムスケさんと実際に会えたことが嬉しい。これからも上手くやっていけそうだ。
そして迎えた月曜日。俺は学校に行くと、伊原さんを観察してみることにした。伊原さんは学校にいる時は基本的に自分の席に座って文庫本を読んでいる。男子たちが遠まきに送る視線を一切気にせず、読書に集中している。伊原さんに声をかける女子はいない。なんだか見ていて可哀想になってきた。学校に友達がいない辛さは俺にはわかる。だけど、俺はネトゲにハムスケさんという親友がいたからまだ良かった。
でも、伊原さんはどこにも心を開ける友達がいないのだ。愛奈さんが懸念した通り、親離れできないのは将来が心配だ。
だが、どうやって声をかけたものか。仲良くなるには声をかける必要があるのだが、俺にそんなスキルはない。そう思っていたらなんか伊原さんが俺に気付いた。文庫本を閉じ、俺の方に向かってくる。
「ちょっと話せるかしら」
「いいけど」
俺は頷く。伊原さんが教室を出たので俺もついていく。人気のない階段裏まで連れていかれると、伊原さんは俺に向き直った。
「私と付き合わない?」
「はい?」
突然すぎて何を言われたのかわからなかった。付き合わないかって言われたのか今。
「それっとどこかに付き合ってってこと?」
「なんでよ。恋人になりましょうって言ってるのよ」
「なんで?」
「だって、私と付き合えたら嬉しいでしょ?」
真面目な顔で言いやがったぞこの人。
俺は苦笑すると、伊原さんを見る。
「だからママを狙うのはやめなさい」
「そういうことか」
納得がいった。要するに伊原さんは俺と愛奈さんを近づけたくないらしい。
「それで、どうなの? 付き合うわよね」
「いや付き合わないけど」
「なんでよ⁉」
伊原さんはこいつマジかみたいな顔をしていた。
「だって、俺別に伊原さんのこと好きじゃないし。愛奈さんと仲良くしたいから」
「待ちなさい。それだけはダメよ。私のママなのよ?」
「でも愛奈さんも俺と仲良くしたいって言ってるし」
「うう……なんでママはこんな男を……」
伊原さんが本気で焦っている。こんな表情もするんだな。なんだか新しい一面を知ったような感じだ。
「私の事好きじゃないって言った? そんな男の子のがいるの?」
「だって俺伊原さんのこと何も知らないし」
「うう……私もあなたのこと何も知らないわ」
「だろ? それで付き合うとかありえないから」
「なんか私が振られたみたいになってない⁉」
「うん、俺が振った感じだね」
「振られた? この私が?」
今まで散々男子を振ってきただろうに。自分が振られるという可能性を考慮していなかったようだ。
「話はそれだけ? じゃあ俺は行くから」
「待って! じゃあ私のことを知らないなら知っていけばいいじゃない」
「しつこいなぁ。俺は伊原さんに興味なんてないんだけど」
「ひどくない⁉」
「まあ俺は今度愛奈さんの家に遊びに行くし、その時伊原さんも一緒に遊ぶ?」
「遊ぶわけないでしょ!」
「だよな。じゃあ俺とは仲良くできないけど」
そう言うと伊原さんは悔しそうに歯噛みする。
「ていうか俺は愛奈さんと仲良くするから、伊原さんのことを知っても付き合わないよ」
「うっ……」
「あと伊原さんだと愛奈さんとごっちゃになるから綾香さんって呼ぶね」
「名前呼び⁉」
「じゃあ綾香さん、また綾香さんの家で」
俺はそう言って綾香さんを置いて教室に戻る。愛奈さんに言われた通り冷たくしたけど、これで良かったのだろうか。




