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荊姫の裏側

 とりあえず注文を済ませると、伊原さんは苦々しい顔をしながら戻っていった。

 ハムスケさんはそれを見送ると、俺を見つめてくる。


「たまるくん、娘のこと、どう思う?」

「可愛いと思うけど」

「よね! そう、可愛いの! だけど、男子が苦手なのよね」


 ハムスケさんは心配そうに頬に手を添えた。


「綾香が物心つく前にお父さんは病気で死んじゃって、だから男の子に耐性がないのよね」

「そうだったんだね」

「そこでたまるくんを見込んで頼みがあるんだけど」

「なんだかものすごく嫌な気がするだが」

「綾香と友達になってあげてくれないかしら」


 やっぱり。そんなことだろうと思った。


「いや、無理だから。伊原さん、男子のことなんて嫌ってるし、さっきの俺を見る目やばかったでしょ」

「あの子マザコンだからね。私がたまるくんと仲がいいことにやきもち妬いてるのよ」

「伊原さんがマザコン?」


 ちょっとイメージできない。学校での伊原さんはとてもクールで、凜としているけど。


「それより、今日はせっかくのオフ会だし、お互いのこと色々話しましょう」

「てか、ハムスケさんゲームのチャットと口調違いすぎるから」

「いや、だって男の振りしないと変なのに絡まれるから」


 確かにネトゲの女子は狙われやすい。そういう目的で近づいてくる男も少なくないし。ハムスケさんが警戒するのも頷ける。


「たまるくん、本名は何て言うの」

「田丸唯斗」

「唯斗くんか~。可愛い名前ね」

「そういうハムスケさんは何ていうんですか」

「私は伊原愛奈よ。でもそっか。たまるくんが娘のクラスメイトだったなんて、これも運命ね」


 それはそうだけど、俺としては物凄くびっくりした。だって伊原さんってゲームとかまったくしなさそうだから。そのお母さんがネトゲをプレイしていて俺とフレンドになるなんて。世間が狭すぎるだろ。


「それはそうと、ゲーム内ではいろんな話をしたわね」


 俺の背中に冷や汗が伝う。そうだ。ハムスケさんは男だと思っていたから、いろんな話をしたのだった。


「確か、たまるくんの趣味は清楚で、大人しい感じの女の子だったわね」

「ちょっと待った! それここで出すのはなしだから!」

「いいじゃない。女の子に夢見てる男の子って感じで可愛いって思ったんだから」


 そう言ってハムスケさんは微笑む。

 うう、恥ずかしい。自分の好みのタイプを聞かれて、つい答えてしまった過去の自分が恨めしい。


「私はやっぱり素直になれないちょっとツンとした女の子がタイプかしら」

「ゲーム内でもそう言ってましたけど、それって伊原さんのことですよね」

「バレたかしら」


 ハムスケさんが伊原さんを溺愛しているのがうかがえる。


「でも、たまるくんのタイプで言ったら、私は当てはまってるんじゃないかしら」


 確かに最初ハムスケさんを見た時は、思わずときめいてしまったけど。出会いに想いを馳せてしまったけど。

 だけど、さすがにクラスメイトのお母さんに恋するわけにはいかない。


「たまるくんはイメージ通り。可愛い感じの男の子ね」

「ハムスケさんはイメージとかけ離れすぎ」


 俺たちはそう言って笑い合う。正直、最初はどう話したらいいかと戸惑っていたが、話し見てるとハムスケさんそのものだった。ゲーム内の様になんでも話せる。


「それで、たまるくんは彼女いるのかしら」

「いると思う?」

「いないでしょうね」


 ハムスケさんが苦笑する。


「でも、それはたまるくんが人見知りっていうのがあるかもね」

「いや、そもそもモテないから」

「そんなことないわよ。たまるくんは可愛い顔をしているから、モテると思うわよ」


 悪戯っぽい笑みでウインクしてくるハムスケさん。


「いや、そもそも俺、女の子と話したことがないから」

「あら、今話してるじゃない」


 それは確かに。ハムスケさんは話しやすい。伊達に一年間一緒にゲームをプレイしてきたわけじゃない。


「私としては綾香と友達になってあげてほしいんだけど」

「伊原さんは俺なんかと友達になってくれないよ」

「どうかしら。さっきからたまるくんのこと見てるわよ」

「あれは睨んでるって言うんだよ」


 さっきから鋭い視線には気付いていた。伊原さんは仕事そっちのけで俺たちのほうを凝視している。


「これはいいきっかけかもよ。綾香が男の子を克服する」

「いやいや、俺なんかじゃ無理だって」

「私はね、綾香に恋をしてほしいのよ。もう高校生でしょ。青春は一回きりだし、素敵な恋をしてほしいと思ってるのよ」


 その言葉には実感がこもっていた。


「私は燃えるような恋をしたわ。一緒にいた時間は短かかったけど、素敵な恋だった」


 そこに関しては俺は触れることができない。


「でも、あの人はどことなくたまるくんに似てたかもね」


 ハムスケさんはそう遠い目をしていた。

 話を聞く限り、旦那さんが亡くなったのはかなり早い時期なのだろう。そうだとすると、愛奈さんは伊原さんを女手一つで育ててきたわけで。その苦労がうかがい知れる。


「ごめんね。暗い話にしちゃったわね」

「いや、全然いいよ」


 俺たちはそれからゲームの話題を中心に、盛り上がった。

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