朴念仁
液タブは数日で家に届いた。俺はさっそくパソコンにつないで好きな漫画を模写してみる。絵に触れるのは初めてだから、さすがに上手くは描けない。
それでも、今までのような何もない日々とは違うという実感があった。動画サイトやWEBで絵の描き方を調べて、独学で絵の勉強を始める。せっかく父さんが応援してくれるのだ。その応援に応えたい。
絵の練習は愛奈さんのところから帰ってから始めた。だいたい一日三時間、短い時間だが続けることができた。今まで勉強をこんなに長い時間続けられなかったのに不思議なものだ。好きなことの勉強となると進んで取り組むことができる。
学校に行くと、真壁が話しかけてくる。
「最近、変わったな」
「そうか?」
「なんか明るくなった」
自分では気づかないが、学校でつるんでいる真壁が言うのならそうなのだろう。
「やりたいことが見つかってさ」
「そうか。それは良かったな。俺はやりたいこと何もねえわ」
「普通はそうだよな」
「そうそう。やりたいことを見つけられるやつは才能があるってことだよ。普通はやりたいことなんてそうそう見つからない」
真壁の言う通り、俺もずっとそう思っていた。だけど、これをやりたいと思ってからは、好奇心を持つことじゃないかと思うようになった。やりたいことを見つけるには、好奇心を持って、とりあえずやってみることが大事なのだ。それを愛奈さんに教えてもらったような気がする。
「それでよ、お前どうするんだ」
「何が?」
「荊姫とあの大学生の美人どっちと付き合うんだよ」
「だから二人はそんなんじゃないって」
「そんなこと言ったってな。荊姫が話す男なんてお前ぐらいだぞ。俺は絶対脈あると思うけどな」
「何があるって?」
気付けば綾香さんが隣に立っていた。
「い、いや、なんでもないって」
綾香さんに気付いた真壁が震えあがってそう言った。
「おはよう」
「おはよう。綾香さん、今日はなんだか眠そうだね」
「ええ。昨日筆が乗っちゃって。遅くまで執筆してたの」
「俺も気付いたら日付を跨いでいて、創作の楽しさがわかってきたよ」
夢中になるというのは時間を忘れるということだ。俺はそんなにやったつもりはなかったが気付けばかなりの時間が過ぎていた。
「ママもあなたの夢を応援していたわ。もちろん、私も……」
「ありがとう。まあそんなに簡単じゃないとは思うけどね」
「でも、やりきるでしょ」
「もちろん。続けることが大事だって綾香さんから学んだから」
最近はネトゲにログインできていない。愛奈さんとは毎日会っているけど、愛奈さんは気にするなと言ってくれる。
「それで、今日もお弁当作ってきたんだけど、食べてくれる?」
「もちろん。ありがとう、綾香さん」
俺がそう言うと、綾香さんの顔が華やいだ。
最近、綾香さんを見る女子たちの目が変わってきたように思う。前までは怖がっていたのだけど、最近はそうでもないようなそんな反応を示している。
「綾香さん、女子に話しかけてみたら?」
「どうせまた怖がられるわよ」
「そんなことないと思う。俺もそうだけど、綾香さんも変わったし」
「私が変わった?」
「うん。結構いろんな表情を見せるようになったというか」
「それはそうだな。伊原は前々では仏頂面ばっかりだったけど、最近は笑顔も増えた」
真壁が俺に同調する。
「正直、今の伊原を見て、伊原に恋する男子が急増したくらいだ」
「それはごめんなさい。迷惑よ」
「わかってるって。だから誰も告ってこないだろ?」
「確かに」
真壁の言うように、綾香さんを見る男子の目が変わったのには気付いていた。だけど、不思議なことに誰も以前のように綾香さんにアプロ―チしてこない。
「なんで誰も告ってこないんだろ」
「それはお前、お前らがお似合いで敵わねえって思われてるからだろ」
「誰と誰がお似合いって?」
「だからお前と伊原が」
そう言って真壁は俺と綾香さんを指さす。綾香さんは一瞬目を見開いたが、すぐに口の端を吊り上げて俺を見る。
「ほらね。あなたは私と付き合うほうがいいのよ」
「だから付き合わないって」
何度もしたやりとりを真壁の前で繰り広げる。
「あの、目の前でいちゃつかないでくれるか」
「いちゃついてないわよ!」
綾香さんが顔を真っ赤にして反論する。なるほど。男子たちは俺と綾香さんが付き合っていると思っているのか。だから綾香さんへのアプローチが減ったと。
なんだか着実に外堀を埋められているような気がする。
「綾香さんはさ、もっと自分を大事にしたほうがいいよ。好きでもない男と付き合うとか、絶対後悔するから」
「……バカ」
綾香さんは小さくそう罵倒すると、自分の席に戻っていった。
「お前、本当にラノベ主人公みたいなやつだな」
「どういう意味だよ」
「いや、そのままの意味だけど。とんでもない朴念仁ってことだな」
誰が朴念仁だ誰が。俺は何も間違ったことは言ってない。好きでもない相手と付き合っても幸せになれない。最初は愛し合っていた二人でも、俺の両親たちのように離婚してしまうことだって少なくない。
だから俺は間違っていない。




