人間力
放課後、愛奈さんの家に向かう。今日は綾香さんはバイトの日なので、帰路は一人だ。綾香さんがバイトの時は一人で愛奈さんのところに行っているのだが、愛奈さんはいつも歓迎してくれる。
俺はインターフォンを鳴らすと、愛奈さんが出てくるのを待つ。やがて愛奈さんが姿を現し、手をこまねく。俺は家の中にお邪魔すると靴を揃えて家に上がった。
「今日は綾香はバイトなのね」
「そうだよ。でも、綾香さんがバイトなんてイメージ違ったかな」
「あの子はね、優しいのよ。私を楽させるためにバイトをしてくれているの」
「でも、貯金は結構あるって言ってなかった?」
「そうなんだけど、それでも綾香は家にお金を入れてくれているのよ?」
そうだとしたら綾香さん、すごく親孝行な娘じゃないか。学校での綾香さんしか知らないからあれだけど、綾香さんってものすごくいい子だよな。成績は優秀で家の手伝いもするし、家にお金まで入れていると来た。自由にゲームばかりしている俺とは雲泥の差だ。
「そんなあの子が今日は可愛かったわ」
「何かあったの?」
「ええ。料理を教えてほしいって言い出して、朝から唯斗くんのお弁当をせっせと作っていたのよ?」
「え、じゃあ今日俺が食べたのは綾香さんの手作りだったってこと?」
「あれ? あの子、言わなかったの?」
「確かにいつもより出来が悪いとは思ったけど、味の方が良かったから愛奈さんが失敗しただけかと思ってた」
「違うのよ。今日は綾香が一人で作ったのよ」
それは驚きだ。綾香さんが俺のために苦手な料理に挑戦してくれたなんて。ちょっと泣きそうだ。そんなにも友達としての俺のことを大事にしてくれているなんて、ちょっと嬉しい。
「案外、あの子の初彼氏は唯斗くんになるかもね」
「いやいや、綾香さんは俺の事友達としてしか見てないよ」
「そうかしら。でも、唯斗くんはどう? 綾香を彼女にはできない?」
わかりきった質問だ。
「俺と綾香さんじゃ釣り合わないでしょ。綾香さんが悪く言われるのは俺は嫌だよ」
「学校での唯斗くんってそんなに評判悪いの?」
「そんなことないけど。むしろ誰にも興味を持たれていないというか」
「だったら大丈夫じゃない」
「いやでも俺と付き合ったりしたら絶対噂になるよ。今でさえそういう噂があるくらいなのに」
実際に綾香さんの男の趣味が悪いという声はちらほらと聞こえてくる。もちろんそれは俺のせいなので、反論することもできない。
「むしろ綾香さんは俺と愛奈さんがそういう関係になるのを恐れてる感じだよ?」
「別に私は大歓迎だけどね。唯斗くんのこと好きだし」
「友達としてでしょ?」
「友達としてももちろん好きだけど、異性としても好ましく思っているわよ? だって、こんなにもなんでも言い合えて、気持ちよく過ごせる相手なんて、そうそういないででしょうし」
反応に困る。俺は愛奈さんのことを年の離れた友達としか見ていない。
「だけど、綾香のことを思えば私は手を出すべきじゃない」
「そこは冷静なんだね」
「当たり前よ。私はいい年をした大人だから。今更恋で盲目になることはないわ。未成年に手を出したら、社会的に許されないしね」
確かに未成年と恋仲になるのは大人からすればハードルが高い。一歩間違えば逮捕されるだろう。愛奈さんがそんなリスクを冒すとは思えない。
「まあ、私は唯斗くんと綾香が仲いいのを見守る立場でいたいのよ。娘が初めて仲良くなった男の子だし、世話も焼きたくなるのよ」
「というか、綾香さん全然みんなと仲良くできると思うけどなぁ。俺とは普通に話せるし」
「あの子はあれでいて人見知りなところがあるから。そこがまた可愛いんだけどね」
綾香さんは可愛いと思うのは俺も男だからそう思う。男の目から見て、綾香さんの容姿は整っている。それに愛奈さんのことになると、表情がころころ変わるところも可愛いと思うし、一生懸命いろいろ頑張っているところも好ましく思う。だけど同時に突き付けられるのだ。人間力の差を。
綾香さんは勉強もできて、容姿が整っていて、親孝行も頑張っている。それに比べて俺はどうだ。勉強はできないし、家に引きこもってゲームばかりしている。親のためになんて考えたこともない。その人間力の差を見せつけられるたびに、綾香さんに劣等感を抱く。
「何か悩んでる?」
愛奈さんがそんな俺を見透かしてそう聞いてくる。
「俺、綾香さんの隣にいていいのかなって思って」
「それはどうして?」
「俺は何にもないから。綾香さんにはいろんなことができる素質があるし、性格もいい。でも俺はひねくれているから、真面目に物事に向き合わないじゃん」
「それは人によって性格が違うのだからしかたないことじゃないかしら」
「俺はそんな自分が綾香さんの隣に相応しくないって思ってる。綾香さんの友達として対等には思えないんだ」
「思春期の悩みねぇ」
愛奈さんが口元に手を添えて、微笑む。
「じゃあ唯斗くんも頑張ってみる?」
「え?」
愛奈さんはそう言うと、俺を手招いた。




