褒め言葉
放課後、俺は綾香さんと一緒に図書室に向かう。最近はこうして綾香さんに勉強を見てもらっている。綾香さんは勉強でつまづきやすいところを指摘してくれるので、大変助かっている。
「綾香さん絶対教師に向いてるよ。すごい教えるの上手いもん」
「そうかしら。あなたの呑み込みがいいだけかもしれないわよ」
「いや、俺は相当飲み込みが悪い自信がある」
「そんなことをどや顔で誇られても」
綾香さんが苦笑する。そんな綾香さんを見ていると、無性にいじりたくなってくる。
「ところで綾香さんは友達はできた?」
「わかってて聞いてるでしょ、あなた」
綾香さんは仏頂面を浮かべると、俺をジト目で見てくる。
「まあ綾香さんが教師になる最大の障壁は、コミュ力だね」
「そんなの私だってわかってるわよ」
綾香さんと接してみてわかったが、綾香さんは普段、仏頂面でいることが多い。愛奈さんの前ではもっといろんな表情を見せるだけに残念だ。
「綾香さん、もっと嗤う練習をしてみたらどうかな」
「笑う練習?」
「そう。やっぱり教室で仏頂面でいると、みんな近寄りがたいと思うんだよね」
「でも、教室で一人でにやにやしてたら気持ち悪くないかしら」
確かに。俺みたいな陰キャがひとりでにやにやしてたら確かに気持ち悪い。
「そこは綾香さんは美人さんだから、笑顔が映えると思うんだよね」
「美人、ね。最近あなた私におべっか使うようになってない?」
「そんなことないと思うけど」
俺としては本音をそのまま伝えているだけだ。綾香さんは実際美人さんだし、誰の目から見ても可愛いのは間違いない。
「まあとりあえずやってみようよ。俺相手に笑ってみてよ」
「わかったわよ。言いだしたら聞かないんだから」
綾香さんはそう言って溜め息をつくと、口の端を吊り上げる。
「どうかしら」
「なんでそんな怖い顔になるの。びっくりしたわ」
「うるさいわね。笑い方なんて私が知ってるわけないでしょ」
「愛奈さんの前ではいつも素敵な笑顔を見せてるのに」
「う……うるさいわよ、バカ」
綾香さんが俺の脇腹を小突いた。その頬は赤い。意外と褒め言葉には慣れていると思っていたが、そうでもないらしい。
「綾香さんって結構照れ屋だよね」
「だってどうでもいい相手からの褒め言葉じゃないもの。友達からの褒め言葉だし」
「そんなに違うもの?」
「そりゃ違うわよ。一応親しくしている相手から褒められると嬉しいものよ」
そういうものだろうか。確かに見ず知らずの他人から褒められても、警戒心を抱く気がする。まあ俺が褒められることなんてないが。
「あなたも……その、格好いいわよ?」
「どうしたの急に」
「何がよ」
「そんな嘘ついて」
「嘘じゃないわよ!」
だって俺が格好いいはずなんてないじゃないか。どこにでもいる平々凡々な陰キャぼっちだぞ。今まで綾香さんを口説いてきた男子たちのほうが、何倍も格好いいだろうに。
「もしかして綾香さん、目腐ってる? 眼科に行った方がいいんじゃない?」
「褒められてそこまで信じられない人初めて見たわよ!」
「だって綾香さんが俺を褒めるなんて、明日雪でも降るんじゃないか」
「普通に褒めただけじゃない!」
綾香さんは顔を真っ赤にして喚く。
「喜んでくれるかなって思って褒めたのに……」
「ごめん。なんか信じられなくて」
「友達だったら普通に褒めたりするでしょ」
「友達いたことないからわかんない」
見た目を褒められることなんて人生で初めてだ。どうしても信じられない。疑念の気持ちのほうが強くなってしまう。
「あなたに褒められるのは嬉しいわ」
「そうなんだ。じゃあこれからももっと褒めるね」
俺がそう言って笑いかけると、綾香さんは顔を赤くして俯いた。
「私、友達って初めてだから、なんかそわそわするわ。落ち着かないというか。今までは一人でいることが当たり前だったから、こんなこと思わなかったのだけど。明日が来るのが待ち遠しいって思えるようになった」
「俺もそういう意味では学校が少し楽しみになったよ」
「あなたとママって本当に理想の関係よね。なんでも言い合える関係みたいだし」
「そうだね。愛奈さんとは気兼ねなく過ごせる感じが居心地いいなって感じるよ」
「なんだか妬けるわね」
まあ俺と愛奈さんが仲がいいと綾香さんが嫉妬するのはわかりきっていたことだ。それだけ愛奈さんのことを溺愛しているし。
「綾香さんに他に友達ができたら、俺は捨てられるんだろうな」
「なんでよ。そんなことしないわよ。あなたは私の初めての友達なのだから」
「でも男だよ?」
「性別なんて関係ないわ。むしろ性別が違うからこそ、いい友達になれると思ってる」
俺は結構女の子相手だと気を遣うけどな。でも、綾香さんはなんだか話しやすい。やっぱり愛奈さんの娘だからなのだろうか。全然違うけど、どことなく似た雰囲気がある。
男女の友情が成立するかというのはよく題材にされるテーマだが、俺は成立すると思っている。みんながみんな恋愛に関心があるわけじゃないし。だから俺は三人の大事な友達をこれからも大事にしていきたいと強く思った。




