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やりたいこと

 図書室での勉強会を終え、俺たちは帰路に就く。綾香さんに教えてもらったところは家で復習しておかないとな。せっかく教えてもらったのだ。これで赤点を取りましたでは綾香さんに顔向けできない。


「綾香さんって教えるの上手いね」

「そうかしら。そうだと嬉しいわ」

「将来は先生とかやったりするのかな」


 何気なく言ったことだった。だが、綾香さんはその場で足を止めた。


「どうしたの?」

「なんでわかったの。私が先生になりたいって」

「え? いや適当に言っただけだけど」

「それにしたって的確に言い当てるなんて」


 本当にそれは偶然だ。さっきまでむしろ綾香さんは小説家にでもなりたいのかと思っていたぐらいだし。


「なんかむかつく。あなたに私のこと丸裸にされてる感じがして」

「そんなこと言われても」

「だからあなたのことも教えなさい。何が好きで、どんな夢があるのか」


 綾香さんは俺を見つめると、そう言った。


「俺のこと知りたくなったの?」

「別にそういうわけじゃないわよ! ただ私だけ知られているのは不公平じゃない」

「知りたいですって言ったら教えてあげるよ」

「う……いじわる」


 綾香さんが唇を尖らせる。綾香さんはちょっといじめると可愛い一面を見せる。俺もついいじめたくなってしまうのだ。別に俺のことを話すのは構わない。ただ、そんなにおもしろい情報が出てくるわけじゃないから、綾香さんが知りたいこととはかけ離れているような気がするだけだ。


「知りたい、わよ」

「言うんだ」

「あなたのこと、もっと知りたいわよ! これでいいんでしょ!」


 半ばやけくそになりながら、そうまくしたてた綾香さんに、俺はときめいてしまう。悔しそうに顔をしかめながら涙目で訴えかけてくる表情はなかなかにくるものがある。


「まあそんなに面白い話はないけどね。俺はゲームが趣味で、将来は適当な会社に入ってゲームしてたい。それだけ」

「夢がないわね」

「誰しもが夢を持てるものじゃないと思うよ。俺は平穏に暮らせたらそれだけで幸せだからさ」

「結婚とかはしないの?」

「できると思う?」


 俺は自他ともに認めるコミュ障だ。他人と関係を構築していくのは至難の業だ。ましてや相手が女性となると上手く話せない。


「俺は女の人が苦手だから、上手く話せないんだ」

「私やママとは普通に話せるじゃない」

「だって愛奈さんは友達だし、綾香さんは……なんか話しやすいんだよなぁ」

「そ、そう……」


 綾香さんはうっすらと頬を赤くすると俯いた。


「でも、最初私と付き合えって言ってきた時はどんだけ自分の容姿に自信があるんだと思ったけどね」

「言わないでよ! 私だって無理してたんだから」

「無理してたの?」

「当たり前でしょ。男の子に付き合いましょうなんて破廉恥なこと言ったんだから」


 案外、綾香さんは初心なのかもしれない。同級生の男子たちにえっちな妄想をされているだろうに。本人はその自覚がないらしい。


「でも、ママを渡すわけにはいかなかったから」

「俺なんて警戒するような対象じゃないでしょ」

「そんなことないわ。あなたにはママ心を開いているもの」


 確かに愛奈さんとはなんでも話せる関係だ。どぎつい下ネタだって話すし、お互いの悩みだって話してきた仲だし。

 でも、だからって俺が愛奈さんを恋愛対象として見るかどうかは別の話だ。さすがに十八歳年上だし、同級生の娘がいる女性を恋愛対象として見るのは難しい。

 そんなの恋愛初心者の俺には手に負えない。


「まあ、信頼してくれてるってのは嬉しいけどさ」

「正直、あなたとママの関係性が羨ましいわ。お互いを理解している感じがして」

「俺に取っても初めての友達だから。ずっと憧れてたんだ。親友ってどんな感じなのかなって」

「親友ね……あなたたちは恋人のような空気感よ」

「そんなにいちゃいちゃはしてないだろ」

「してるわよ。私の目に毒だもの」


 まあ綾香さんはママ大好き人間だから、判定が厳しいのはあるだろう。

 それにしても、綾香さんが俺に対して興味を持つのが少し意外だった。


「あなたはまだやりたいことを見つけていないだけよ。そのうち見つかると思うわ」

「そんなことないと思うけどな」

「やりたいことができた時のために、しっかり勉強をしておきましょう」

「う……ご教授お願いします」


 今日は本当に綾香さんにお世話になった。


「そうだ。綾香さん。勉強を教えてもらったお礼に何かしたいんだけど、俺に何かしてほしいことない?」

「してほしいこと?」


 綾香さんが頤に手を添え、思案する。


「そうね、友達と遊ぶっていうのを体験してみたいわ」

「遊びか」

「ええ。私友達と遊びに行ったことがないから。あなたは私の友達、なんでしょ?」


 綾香さんが頬を赤くして上目遣いで俺を見る。


「わかった。じゃあ次の休みにでも遊びに行こうか」

「ええ。空けておくわ」


 そんなわけで、俺は休日に綾香さんと遊びにいくことになってしまった。正直、女子とお出かけするのは初めてだけど、相手が綾香さんだから大丈夫だろう。

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