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勉強と本

 綾香さんの申し出により、今日から勉強を教えてもらうことになった。場所は図書室だ。学校のクラスメイトの男子たちは綾香さんが俺と親しいことに嫉妬しているのか、鋭い視線を送ってくる。そんなことに気付いた様子もなく、綾香さんは俺のところにやってきた。


「それじゃあ勉強始めるわよ」


 綾香さんと一緒に教室を出る。帰宅部の俺たちは今まで学校が終わったらすぐに帰宅していたのだが、今日は遅くなると愛奈さんにも伝えてある。図書室のドアを開けると、人は受付の人以外いなかった。俺たちは声を潜めて囁き合う。


「図書室って来たことなかったけど案外広いね」

「いい場所よ。私は時々、使わせてもらっているわ」

「綾香さん図書室使ってたんだ」

「ええ。人がいないから穴場よ」


 確かに綾香さんが嫌いな人の目は少ない。人がいたとしても本を読んでいる生徒しかいないため、綾香さんにとっては好都合なのだろう。


「とりあえず、何から始めましょうか」

「じゃあ国語」

「国語って、あなた母国語よ。国語の何がわからないのよ」

「筆者の考えとか筆者にしかわからんだろと思うんだけど」

「馬鹿ね、そういうのは、直前に書いてあるものなのよ」


 綾香さんに指摘され、俺は教科書とにらめっこする。綾香さんは本当に勉強ができるのか、俺に教えながら自分で問題集を解いていた。


「まったく、最近の若者は本を読まないから読解力が育まれないのよ」

「だって活字って見てたら眠くなるし」

「おもしろいのに」


 確かに綾香さんは本が好きなのだろう。よく教室でも本を読んでいることが多いし。というか、本を読んでいるところしか見ない。


「綾香さんはどうしてそんなに勉強を頑張るの」

「ママが褒めてくれるからよ」

「やっぱり愛奈さん基準なんだね」

「当たり前よ。私の行動指針は全てにおいてママが中心よ」

「そのマザコンっぷりを知ったら綾香さんに幻想を抱いている男子たちも夢から覚めるだろうに」


 だが、母親が好きなことは何も悪いことじゃない。俺たちの年頃で親と仲がいいのは珍しいぐらいだし、羨ましくもある。俺も父さんとは仲が悪いわけではないが、コミュニケーションを取れているわけではない。綾香さんと愛奈さんを見ていると、理想の親子に見えて少し羨ましい。


「昔ね、私がテストで百点を取ったことがあったの」

「まあ小学生のテストって誰でも百点を取れるもんね」

「そうなのよ。でも、それをママは凄く褒めてくれて。私、すっごく嬉しかったのよ」


 愛奈さんのあのぽやぽや~とした空気なら、確かにものすごく褒めそうだ。というか愛奈さんは物凄く優しいしね。あんなお母さんがいたら俺だってマザコンになっていたかもしれない。


「それで私勉強を頑張ろうと思ったの。あとは習慣よ」

「そうなんだね。俺は褒められたことないから勉強は嫌いだな」

「褒めるって凄く大事なことよね。子供って褒められるだけでやる気が出るから」


 確かに子供の頃、親に褒められたくていろいろ頑張った記憶がある。だが、褒めてくれる親はいなかった。母さんはとっくに離婚して家を出ていたし、父さんは仕事で忙しかった。俺は基本的に家で一人で過ごしていた。


「そういえば、綾香さんってどんな本読んでるの」

「はあっ⁉ あんたに関係ないでしょ」

「いいじゃん見せてよ」

「……馬鹿にしない?」

「するわけないだろ。人の好きなものを馬鹿にしたりはしないよ」


 俺がそう言うと綾香さんは伏し目がちに本を差し出した。俺は本を受け取るとブックカバーを外した。


「これは……」

「ほら、やっぱり引いた!」

「引いてないよ。少し驚いただけだよ」


 その表紙に写っていたのは濃厚な男たちが絡み合うイラストだった。いわゆるBLってやつだ。


「意外だな。綾香さん男が嫌いなのに、男同志の恋愛小説を読むんだ」

「失礼ね。だって小説の中の男たちは裏切らないじゃない」


 まるでアニメオタクのようなことを言い出す綾香さん。


「元はいと言えばこれもママに教えてもらったのよ」

「愛奈さんから?」

「ええ。小学生の時に誕生日にBL本をもらって」

「小学生の娘に何をプレゼントしてるんだあの人は」


 まあ綾香さんにBLを教育したということは愛奈さんも腐女子なのだろう。しかし、もっと知的な文学とかを読んでいるのかと思ったから少々面食らった。他人の趣味は否定しないけどね。


「それで、私は自分でも小説を書いていて」

「え、綾香さん自分でも書くの?」

「ええ。ママだけに見せているわ」


 愛奈さんのためだけに書かれた小説か。


「ママはいつも喜んで読んでくれるから、私も筆が乗るのよね」

「小説か~。ちょっと読んでみたいかも」

「さっきは活字は眠くなるって言ってたじゃない」

「だって友達の作品だよ? 興味あるじゃん」

「友達……」


 綾香さんはうっすらと頬を赤くすると顔を上げた。


「じゃあ、読んでみる?」

「いいの?」

「そのかわり、そんなに上手くないからね」

「綾香さんの頭の中が丸裸にできる」

「いやらしい言い方しないで!」


 それから俺は綾香さんに勉強を教えてもらいながら、勉強に励んだ。綾香さんは教え方も上手く、とてもわかりやすい。今度お礼に何かしないとな。

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