第3話:綻びの盤面
「お気楽、馬鹿……?」
王子ルフレが呆然とする中、聖女ルナリアの毒舌は止まりません。
一周目で私を絶望の淵に追い込んだ、義兄カシアンの「完璧な計算」。
それを、彼女は出会って数分で、物理的に、そして政治的に粉砕し始めます。
神殿を支配していた、あの重苦しくも完璧な静寂。
それが、一人の少女の「絶叫」に近い熱情によって、無残に叩き割られた。
「……えっ、僕……お気楽、馬鹿……?」
最初に声を漏らしたのは、ルフレ様だった。
アイノアの第一王子として、誰からも愛され、敬われてきた「運命の男」。彼が人生で初めて投げつけられた、剥き出しの蔑み。その端整な顔を、信じられないものを見るかのように歪ませている。
だが、カシアンは違った。
「は?」という一瞬の亀裂を、彼は驚異的な速度で埋め戻していた。
「……衛兵。聖女殿はどうやら混乱にあるようだ。一度奥へお通しして、頭を冷やしていただこうか」
声は極めて事務的。表情も、先ほどまでの「理想の王子様」に戻っている。
彼はルナリアの言動を、不足のトラブルとして対処し盤面を強引に元に戻そうとしたのだ。
だが、跪いたまま私の手を握るルナリアの瞳には、冷笑が浮かんでいた。
「『混乱』? 笑わせないで、陰険ストーカー男。貴方が今、頭の中で『このイレギュラーをどう消して、ヴィオラ様を孤立させるか』って秒単位で計算してることくらい、全部お見通しなんだから」
彼女は立ち上がり、私の前に立ちはだかるように背を向けた。
その背中は、以前の怯えていた聖女のものとは、まるきり別人のように頼もしく、そして――狂気を含んでいる。
「私の推し……ヴィオラ様はね、貴方の事務机に並ぶチェスの駒じゃないのよ」
「……不敬ですよ、聖女様。根拠のない妄言で私を誹謗するのは」
カシアンの瞳が、一際冷たく細められた。
殺気。私を死に追いやった、あの事務的な、機械のような殺意だ。
彼は懐から、精緻な意匠の施された懐中時計を取り出した。
「アイノア神殿の秩序を乱した罪は重い。たとえ聖女であっても……それなりの対処は必要だ」
カシアンが衛兵にルナリアを追い出さんと指示をだそとする、その時だった。
「言ったはずよ、カシアン。貴方の敗北は、確定したって」
ルナリアが指をパチン、と弾く。
それが合図であったかのように、神殿の入り口から数人の神官たちが血相を変えて駆け込んできた。
「カシアン王子! 至急、国王陛下がお呼びだ! ヴァルデルマからの『送金記録』の件で……!」
「…………っ!!」
完璧な彫像のようだった彼の顔に、初めて「焦燥」という醜い人間味が滲む。
私を絶望させた、あの鉄壁の「事後処理」。
カステリア家の財産を奪い、アイノアを裏で操っていたその「証拠」を、この少女は出会って数分で、最も公な場所へ引きずり出したのだ。
カシアンの秩序が、音を立てて崩れていく。
ルフレ様が「送金……?カシアンが何故お父様に……」と呆然とする中、ルナリアは私の手を強引に引き、神殿の出口へと走り出した。
「ヴィオラ様、今のうちです! こんな男たちのいる場所、空気が汚れますから! 行きましょう、私たちの『聖域』へ!!」
(……ああ、本当に)
私は、ルナリアに引かれるまま走りながら、可笑しさに肩を震わせた。
カシアン。私の仇。
貴方が一文字ずつ丁寧に書き上げた「姉と私の処刑台」への物語。
そのページは今、無残に破り捨てられたのだ。
それはまだ、たったの一ページかもしれない。
けれど、確かに、今、この鉄壁の秩序は綻んだ。
道端に咲くリナリアの花のように。
鮮やかに群れて咲き、不敵に秩序を乱し、私の世界を塗り替えていく少女の手によって。
彼女の笑顔が綻ぶのを見て、一度は死んだはずの心臓が、確かに熱を取り戻すのを感じていた。
これはただの、心が凍てついた復讐の物語にはならないのかもしれない。
――きっと、もっと暖かく。
花の蕾が綻ぶような、騒がしくて愛おしい物語に。
ご一読ありがとうございました!
ヴィオラを操ろうとするカシアンを「陰険ストーカー男」と呼び捨て、送金記録という急所を突くルナリア。
ヴィオラの復讐の覚悟すら置き去りにする彼女の暴走は、まだ始まったばかりです。
「推し」を救うためなら、国政すらひっくり返すオタクの熱量。
果たしてヴィオラは、この「物語」でどんな二周目を歩むことになるのか。
【お知らせ】
明日からも【毎日21:00頃】に更新予定です!
「この展開、スカッとした!」「カシアンの焦り顔をもっと見たい!」と思った方は、ぜひ下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援をお願いします。
その一票が、ルナリアの推し活(物理攻撃)の威力に直結します!




