第2話:予知(履修済み)の聖女
運命を狂わせた「聖女選定の儀」。
一周目で私を絶望へと突き落としたヒロイン、ルナリアが祭壇に現れます。
処刑台への一歩目を踏み出す覚悟を決めた私の前で、
聖女が口にした「予知」は、あまりにも場違いな叫びでした。
――私の復讐計画が、崩壊して行く音がする。
神殿の奥から、静かに「彼女」が現れた。
「予知の聖女」として選ばれた少女、ルナリア。
アイノアは神秘の地であり、国民の多くが微かな魔力を持つが、中でも「予知」の力は国政を左右する至宝だ。その頂点に立つ者が聖女として王宮に迎えられる。
「前」の彼女は、周囲の視線に怯えるように肩を震わせる、儚げな美少女だった。
だからこそ、お人好しのルフレ様は守護欲を掻き立てられ、一瞬で心を奪われたのだ。私という婚約者が隣にいることも忘れて。
(くるわ……。ルフレ様が彼女に駆け寄り、私の「人形」としての役割がはじまる、あの忌まわしい瞬間が)
私は、数年後に訪れるあの処刑場への一歩目を覚悟し、拳を握りしめた。
が。
祭壇の階段を降りてきた少女の姿を見て、私は息を呑んだ。
「……っ!? ……ヴィ、ヴィオラ様……。ヴィオラ様だ、本物だ……」
ルナリアは、隣で手を差し出そうとしていたルフレ様など見向きもしなかった。
あろうことか、彼女は最前列にいた私を、見開いた瞳で凝視している。その瞳には、前のような「怯え」など微塵もなく、代わりに獲物を見つけた猛獣のような、異様な熱が宿っていた。
「……本物の、動くヴィオラ様……。生きてる……。実在したんだ……。嘘……無理……顔が良い……造形が神すぎる……」
少女の口から漏れたのは、神聖な予知の言葉でも、神への祈りでもなかった。
神殿の静寂を切り裂く、場違いな呻き。
「おい、聖女。予知はまだか。皆が待っている」
困惑した神官が儀式を急かそうと声をかける。
すると彼女はハッと我に返り、それから――私の隣で「理想の王子様」の貌を崩さずに立っていたカシアンを、一瞥した。
「予知? ……ああ、そうですね。予知、しますよ」
ルナリアは、凛とした声で宣言した。その響きは、アイノアの全貴族、そして隣国の王子たちの鼓膜を震わせる。
「ヴァルデルマのカシアン王子。貴方のその陰湿な性格の悪さと、手際の悪い裏工作。……私は、そのすべてを予知しています。貴方が将来、ヴィオラ様に毒を煽らせようとするその計画、私が全部今から潰します。貴方の敗北は、現時点で確定しました。……以上です!」
「………………は?」
カシアンの完璧な仮面が、初めて物理的に歪んだ。
眉間に深い皺が刻まれ、その硝子球のような瞳に、明確な戸惑いが生じる。
ルナリアは、呆然とするカシアンなど無視して、祭壇を駆け下りてきた。
儀式を司る神官を突き飛ばし、優雅に声をかけようとしていたルフレ様の前を脱兎のごとき勢いで素通りし、私の前で勢いよく膝をつく。
「ヴィオラ様!! 私、地獄の底から、貴女を救うために馳せ参じました!」
「え、ええ……?」
あまりの勢いに、私は思わず後退りそうになる。
だが、彼女が私の手を取り、見上げるその眼差しは、カシアンの冷徹な観察とは正反対の、火傷しそうなほどの純粋な熱情に満ちていた。
「ルフレなんて自分の足元も見えないお気楽馬鹿ですし、カシアンなんてただの陰険ストーカー男です! ルシアン様は言いなりで頼りないし、カイルは騎士のくせに貴女を守れない無能だし、アランとかいう側近だってただの不届き者です! 今日から私が、貴女の剣であり、盾になります!!」
神殿が、凍りついたような沈黙に包まれる。
名指しで罵倒された主役級の男たちが、各々の表情で固まっていた。
……どうやら、私の『やり直し』は。
復讐の計画を練る隙もなく、始まった瞬間に、跡形もなく壊れてしまったようだった。
「ヴィオラ様……ああ、今日も、一秒前も、今この瞬間も、お顔が良い……尊い……」
膝をついたまま、私の手を握って震える聖女。
ルフレ様と結ばれて私を追い出したはずの「ヒロイン」は、今や見る影もない。
愛と政治の世界、ステラに生きるヴィオラは知る術も無いが、別の世界、地球ではそれを『限界オタク』と呼ぶ。
ヴィオラの二度目の生のルナリアはーーヴィオラ達の登場する乙女ゲーム『ステラ・ノーツ ~星降る夜の預言書~』のヘビープレイヤーで、ヴィオラの熱心なファン、リナリアへと中身を変えていたのである。
ご一読ありがとうございました!
聖女ルナリア、中身が「強火の限界オタク」に差し替わっての参戦です。
復讐のために牙を研いでいたヴィオラ様も、これには困惑するしかありません。
カシアンの陰湿な裏工作を「手際が悪い」と断じ、攻略対象たちを一刀両断した彼女の「愛」は、この「物語」をどこへ導くのか。
【連載告知】
ここまで一気に投稿いたしましたが、第3話からは【毎日投稿】でお届けします!
オタクの暴走によって、「悲劇」がどう物理的に破壊されていくのか。
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