第13話:泣けない王子と、笑う聖女
嵐のような晩餐会から一夜。
ルフレ王子は目覚めず、カシアンは「自分が盛った薬をルフレが愛と信じて飲み込んだ」という耐え難い事実に打ちのめされていました。
ヴィオラは幽鬼のようなカシアンと対峙し、彼が背負った「嘘」の重さを知ります。
姉アネモネの所在、アイノアの未来、そしてカシアンが一生逃げられない檻。
一方で、聖女の力を惜しげもなく捨て去ったルナリアは、ヴィオラの客室で優雅に茶を啜り、悪戯っぽく微笑むのでした。
「私はもう、ただのルナリアです。聖女の力なんて、ヴィオラ様と結婚するためなら、いくらでも捨ててあげます」
嘘と真実、呪いと祝福が入り混じる、あまりにも歪で美しい「救済」の朝が始まります。
嵐のような晩餐会が、あまりにも突飛な「予知」とルフレ様の昏倒によって強制終了してから一夜。
ヴィオラは、自分に割り当てられた部屋があるにも関わらずヴィオラに用意された客室のソファで優雅に茶を啜るルナリアを、眉間に皺を寄せて見つめていた。
「……いい加減に説明しなさい。昨夜のあれは、一体何のつもりなの。真実の愛だの予知を失うだのと、正気?」
私は昨夜から一睡もできていない。ルフレ様は目覚めず、カシアンは幽鬼のようになり、城内は聖女の「予知」の噂で持ちきりだ。
「えへへ、ヴィオラ様。簡単ですよ。カシアンが私を黙らせようとして盛った『眠り薬』を、ルフレに美味しく召し上がっていただいたんです」
ルナリアは事もなげに言った。
「……カシアン様が、貴女に? 薬を?」
咄嗟に、否定は……出来なかった。
ーー私はそれを一度体験した記憶があるから。
「そう。私を眠らせてアイノアに残してヴィオラ様だけカステリアに帰す算段だったみたいですけど……。残念、私の方が一枚上手でした。グラスをルフレ様に押し付けて、ついでに真実の『愛』って設定を上書きしちゃいました!」
私は眩暈がした。カシアンは、ルナリアをアイノアに帰そうとして、自分の手で私に「毒」を盛って殺してでも守りたかったであろうルフレ様に「毒」を盛ってしまったというのか。
「これでカシアンは詰みです。ルフレを眠らせたのは自分だと言い出せない罪悪感と、ルフレが『カシアンとの愛』を信じて眠りについたという事実。彼はもう、一生ルフレから逃げられません。……それに、アイノアは彼を欲しがるでしょうね。ヴァルデルマとしても丁度良いんじゃないですか?」
カシアンはヴァルデルマの第一王子ではあるが、ルナリアの言葉を信じるなら嫡男であり、正しい血筋の弟・ルシアン様も居る。
お姉様のことがあったのでカステリアの汚名に付け込むのに重宝されてはいたが、王位継承者としての立場は曖昧だった。
そこで、「聖女の予知」により、ルフレ様を救う鍵――あるいはその原因――となったとあれば……
ヴァルデルマとしては体の良い追い出し文句を見つけた、ということになるだろうか。
神秘の力を信じカシアンを望むアイノアへ、彼は半ば「売られる」形で送られることになるだろう。
◇
私は、一時、ルフレ様が寝かされていると聞いたカシアン様の客室へと赴いた。
ルフレ様の寝室へと実物客が訪れないための配慮であるのだろうが、邪魔をしてはいけないという予知が効いているのか、辺りは鎮まりかえっていた。
沈黙の廊下にノックの音が響く。少しして返事があったので、中へ入ると、そこには、昨夜から一歩も動いていないであろうカシアン様がいた。
「……カシアン様。ルフレ様の様子は」
「……ヴィオラ。ごらん、平和な寝姿だ。……幸福であると錯覚しそうになるほどに」
カシアン様の声は、ひどく掠れていた。彼はルナリアの「予知」が彼女のデタラメであることは百も承知だ。けれど、薬を盛ったのが自分である以上、否定することもできない。
「心配しなくても、彼女の言う通り3日とせずに目覚めるさ。……そういう効果なんだ。俺がここに居ようが居まいが、関係のない」
誰かに、吐き出したかったのだろうか。ーー確かに吹聴するつもりは無いが少し癪ではある。はたまた、ルナリアの言うように私のことも歪んだ形で「特別」に思って居るためか……彼は誰にも明かしていないであろう真実を私に語った。
「私はただ、君に言った通り、あの聖女に少し仕事をして欲しかっただけなんだ。彼女はどうしてあんなでたらめを……」
カシアンの顔はいつかのように紙のように白く、ルナリアは私の部屋のソファでのんびりお茶をするためにそうしたんです。なんてことは口が裂けても言えない雰囲気だ。
「彼は、ーー彼は、私を見て笑ったんだ。微笑みながら眠りについた……。私が彼に盛った、この薄汚い薬の結果を、彼は『愛』と信じてしまったかもしれない」
カシアンは、ルフレ様の純粋な信頼という名の檻に、一生閉じ込められた。
だれが「愛」を信じようと、カシアンだけは、この「愛」が、ルナリアのついた嘘に過ぎないと、そう思いながら過ごすのだろうか。
嫌味なばかりなこの男のことがはじめて少しだけ気の毒に思えた。
「……お姉様のことですが。ルナリアは、見つかると言いました」
「……アネモネは、ヴァルデルマの王城のーーいちばん、アイノアの城がよく見えるにいるよ。閉じ込めてなどいない。彼女は、枯れてしまっただけだ。……散らせてやることも出来なかったな。……見つかったところで、どこも彼女を欲しがらないだろうに。ヴァルデルマにとっても、カステリアにとっても、彼女はもう『見捨てられた』存在だ」
カシアンは自嘲気味に笑う。
カシアンの妻であったお姉様が、もし本当にルフレ様を慕っていて、そのルフレ様がカシアンとの「愛」を信じたのだとすればーーお姉様を救う真実の「愛」など、ここにはないということになる。
彼女は誰からも見捨てられたまま、ヴァルデルマの部屋に取り残されている。カシアン様は、重過ぎる「愛」と「嘘」と「後悔」に、今にも押し潰されそうに見えた。
◇
私は寝室に戻り、ルナリアに問いかけた。
「……ルナリア。貴女、本当に力を失ったの? アイノアはどうなるのよ。ルフレ様という後継がいなければ、国が保たないわ」
「大丈夫ですよ。アイノアの政治は、あの方がいなくても回るようにできています。それに、じきに次の聖女だって現れますから」
ルナリアは窓の外を眺めながら、予知ではない「確信」を持って言った。
彼女は知っているのだ。この物語の「続き」を。ルフレが世継ぎを残す力を失った後のアイノアに、新しい光が生まれることを。そして、自分が「聖女」という役を降りても、世界は残酷なまでに平然と続いていくことを。
「私はもう、ただのルナリアです。聖女の力なんて、ヴィオラ様と結婚するためなら、いくらでも捨ててあげます」
ルナリアは私の腕をぎゅっと掴み、悪戯っぽく微笑んだ。
「これで、ヴィオラ様を縛るものは全部なくなりました。カシアンはアイノアで一生後悔しながらルフレのお世話。アネモネ様は、……まあ、いつか誰かが救うかもしれませんけど、今は私たちの管轄外です。……ね? 自由になったんですから、今度は私たちの話をしましょう?」
私はため息をつき、けれどその口元には、自分でも驚くほど柔らかな笑みが浮かんでいた。
「……救いようがないわね、本当に。何もかも貴女の思い通りだわ」
晩餐会の後の、騒がしくて嘘くさい、けれど希望に満ちた朝が、始まろうとしていた。
ご一読ありがとうございました。
ルフレの信頼という名の檻に、一生閉じ込められることとなったカシアン。
自分が盛った「毒」の結果を、愛する人が「愛」と信じて眠りにつく。
嘘を、後悔を、そして歪な愛を抱えたまま、彼はアイノアの静寂の中に溶けていきました。
それは、ステラの悲劇を「設定資料集」という名の暴力で塗り替えた、リナリアが導き出した一つの「解釈」です。
【最終回への予告】
いよいよ、この物語も幕を閉じます。
聖女の座を降り、ただの少女となったルナリア。
呪縛から解き放たれ、けれど新しい「熱さ」を胸に宿したヴィオラ。
二人が向かう先、カステリアの空の下で待っているのは、もう誰にも邪魔されない「幸せな結末」です。
明日、21:00。
『星の物語』、その終幕を、どうぞ最後まで見届けてください。




