第12話:偽りの予知と、真実の愛
永遠に続く宴はない。けれど、永遠の幸福を願うことは、誰にだって許されている。
カシアンから差し出された「眠り薬入りの杯」を受け取ったルナリアは、迷いなくルフレ王子の元へと駆け寄ります。
カシアンが最も守りたかった「無垢なる王子」に、彼自身が用意した毒を届けさせる。
それは、届かずに灰になった手紙たちの、時間も「ルート」も超えた復讐でした。
どよめく会場、崩れ落ちる王子、そして白日の下に晒される「アネモネ」の名。
「――予知します!」
聖女ルナリアとしての最後の力(メタ知識)を使い、彼女は世界の設定を根底から書き換えます。
悲劇のヒロインを救うため、邪智暴虐の王子を黙らせるため。
オタクの執念が引き起こす、前代未聞の「ハッピーエンド」への強行突破。
ヴィオラの胸に飛び込んだルナリアが掴み取った、あまりにも眩しい「正解」とは。
永遠に続く宴は存在しない。
それでも「永遠に幸せに暮らしましたとさ」というエンディングを望むことは全ての人間に認められていると、ルナリアは信じている。
「ありがとうございます。カシアン様」
ルナリアは「聖女」になってから、今までで、一番美しい笑顔でカシアンから、その杯を受け取った。
一切の迷いのない仕草だった。
カシアンは聖女の笑顔に見惚れるような男ではなかったので、一瞬のうちに身構えるが、ルナリアが何をしでかすかなんて、「予知」の力でも無い限り予測のしようがない。
最も強いその力を持つは、「聖女」であると、この世界では定められている。
「ルフレ様!」
ルナリアはカシアンから受け取ったグラスを手にして、
ーーそのまま、ルフレの元へと駆け寄った。
ルフレは花の咲くような華やかな笑顔で応える。
「ごきげんよう、ルナリア。楽しんでいるかい?」
「ええ、とっても」
(ーールナリア?)
ヴィオラも仕込まれた薬には気付かなかったものの、カシアンがグラスを手渡してからの動向は見守っていた。
元々人の良いルフレと、機嫌良く笑うルナリアは一見似合いのように見えて、ヴィオラはーーほんの少しだけ胸の痛むような気がした。
確かに存在する、「毒」を飲み込んだ痛みの記憶。
「美しいでしょう、ルフレさまの瞳と色と同じだわ」
ルナリアは本当に素敵なものを自慢するように、ルフレの目前にグラスを掲げてみせた。
大きく目を見開いたカシアンはふたりのもとへ向かうが……彼に出来ることなど何も無い。ルナリアは無邪気に、軽やかに、宴会場を駆けたが、「ヴァルデルマ第一王子」のカシアンが「アイノア」の宴会で行儀悪く走ることなんて出来ないし、大声を上げることなどもってのほかである。
ーーいつだって、カシアンが気付く頃にはもう遅い。
「ああ、とても美しいね。深い川のような蒼色だ。そんな風に言ってくれるなんて光栄だな」
悪意を知らない。ーーあるいは何とも思わない。どこまでも、軽い調子の声が、緊張の中、足早に聞き耳を立てているカシアンには妙に響いて聞こえた。ヴィオラは未だルナリアの意図が伺えずに怪訝そうに様子を見ている。
「ねぇ、これ、ルフレさまへの届け物なの」
ーー「受け取って下さる?」
(これは、貴方が受け取るべき「毒」だから)
届かずに灰になった物達は、今、正しい場所に届けられようとしている。
カシアンは失意に飲まれ、ヴィオラは大きく目を見開いた。
「そうなの?ーーありがとう」
ルフレは花が綻ぶように微笑んでーー迷うことなく杯を、傾けた。
全てが、ルナリアの思い描いた、在るべき場所へ、歪に、描き直されていく。ーーこの世界を知ったあの日から、こうあればいいとずっと思っていた。
これは歪な二次創作かもしれない。しかし今の主人公は間違いなく「ルナリア」である「リナリア」だ。
アイノアの聖女ルナリアは、会場の中心へ、大きく一歩踏み出した。
「ーー予知します!」
高らかに叫ぶ。その声は宴の喧騒を一瞬で沈め、宴会場全体へと響き渡った。
「今から、貴方達に、みっつ、予知を授けます」
アイノアの神秘は、幸せな結末のためにある。悲劇のための設定など、消し飛んでしまえ。
「ーーひとつ、これを聞き終わる頃、アイノア王子は眠ります」
隣で呆然とルナリアを眺めていたルフレが、カシアンに微かに腕を引かれて、ようやく、目を見開いた。
「ルフレ王子は、カシアン王子の腕の中で眠ります」
カシアンはもう、どうしていいかわからなったが、ルフレが倒れて怪我をしてしまわないように手を添えることは間に合った。
「それは、真実の『愛』が叶わないから。ふたりを決して引き離さないで。もちろん、カステリアの姫との婚約も解消しなさい!そうすれば3日とたたず目覚めるでしょう。でも、ーー『愛』が叶わないなら……もう二度と、目覚めないでしょう。」
会場はにわかにどよめくが、皆「予言」に聞き入っていた。
ーーカシアンに寄り添うルフレに「愛」を見たと騒いだ侍女がいただとかいなかっただと。侍女はいつも噂好きで正体がない。
「ふたつ!アネモネ姫がヴァルデルマの城から見つかります」
「それが邪魔された『愛』の末路!アネモネ姫は未だ眠り続けています。彼女の愛は政治のために犠牲にされてしまったの!真実の『愛』のみが姫を救います」
(ーーお姉様……!?)
ヴィオラは息を呑んだ。お姉様、生きていたの……?ルナリアは、いったい何をしようとしているの?
カシアンは今の行いが正しくないことを知りながらも震える手をルフレから離せずにいた。
「最後の予知です!私はこれをもって予知の力を失います」
会場は、しんと静まり返った。
(ルナリア?何を言っているの?)
ヴィオラが会場の中心地で呆然と立ち尽くしていた。
「次の聖女はヴァルデルマ近くの、川のそばに居るでしょう」
「そうして私の予言を信じた方は……」
「ーー私とヴィオラ姫の婚姻の証人なってください!」
ーールナリアが、飛んだ
高さはないが自分より少し背が高く、ヒールも高いルナリアは、まるで飛ぶ鳥のように、私、ヴィオラの胸に飛び込んできた。
思わず受け止めると。やわく、甘い肌が甘えるように擦り寄ってくる
ぱらぱらと手を打つような音がきこえるが、これは、祝福だろうか…………ルナリアと、結婚!?
「以上、私の出来る最後の『予知』でした!」
その言葉と同時にルフレは意識を失った。失ったが、カシアンが受け止めたので怪我はない。
「ね!ヴィオラ様、言ったでしょう!大丈夫だって!」
すべてがあまりに突然で突飛で、未だにルナリアがなにをしでかしたのか実感が湧かなかった。けれど、ーー今はきっと、この温もりだけが正解だ。
晩餐会は喜劇のもとに幕を閉じた。
ご一読ありがとうございました!
晩餐会の喧騒、そして聖女ルナリアによる「予知」という名の世界改変。
カシアンが用意した毒杯は、リナリアの手によって「ルフレとの愛の証」へとすり替えられ、物語の因果は決定的にねじ曲げられました。
ルフレは眠りにつき、カシアンは自らの手癖が生んだ「偽りの愛」の牢獄に繋がれる。
これが、設定資料集を武器に立ち回ったオタク・リナリアが導き出した、最も「合理的で残酷な」ハッピーエンドの序章です。
【次回の予告】
次回、嵐が過ぎ去った翌朝。
幽鬼のようにやつれたカシアンが独り、眠る王子の傍らで噛み締める「嘘」と「後悔」。
そして聖女を引退し、ただの少女となったルナリアが、ヴィオラに告げる最後の願い。
「ね? 自由になったんですから、今度は私たちの話をしましょう?」
明日も【21:00】に更新予定です。




