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第14話:星と愛と、救いの終わり

嵐のような晩餐会から一夜明け、アイノアの空はどこまでも高く、澄み渡っていました。


各国へ戻る馬車の準備が進む中、ヴィオラは最後にもう一度、カシアンの元を訪れます。

理想の王子の仮面を失い、娼婦の息子という出自を突きつけられ、自らが盛った「毒」を「愛」と信じ込むルフレの傍らで生きることを強いられた男。

彼が選んだ孤独な終止符と、アネモネという「枯れた花」へ向けられた、あまりにも遅すぎた配慮。


そして、聖女という役割を脱ぎ捨て、一人の少女としてヴィオラの胸に飛び込んだルナリア。


「私はもう、ただのルナリアです」


無茶苦茶な「予知」で運命を上書きし、力任せにもぎ取ったハッピーエンド。


かつて煽った絶望の毒よりも深く、熱く胸を焦がす「幸福」という名の痛みを抱えて。

ふたりの、そして彼らの、本当の物語がここから始まります。

アイノアの空は、どこまでも高く、透き通るような蒼色をしていた。川面はそれを写して輝くのかもしれなかった。

 

 嵐のような晩餐会から一夜明け、各国へと戻る準備が進む中、私はカシアンの寝所へと足を運んだ。

 そこには、昨夜と全く同じ様にルフレ様に寄り添うカシアンがいた。

 眠れていないのだろうか。元から白い顔の目元が青く落ち窪んでいた。

 

「……カシアン様。お加減はいかがですか」

 私の問いに、彼は自嘲気味な笑みを浮かべて振り返った。その手は、未だに眠り続けるルフレ様の手を握っている。

 

「……ああ。ヴァルデルマ本国からは、既に『アイノアに骨を埋めろ』との親書が届いたよ。元から卑しい生まれでカステリアとの外交のための妻も失った半端者だ。……おまけにアイノアの王子との禁断の『愛』だなんて囁かれて、とんだ不届き者だよ。……ヴァルデルマの王はアイノアの『予知』なんてほとんど信じていないがーーアイノアの民はすっかり信じているようだ。……体よく売られた、というところだろうね」


 (ーールナリアの言っていた事は本当だったのね)


 嫡男だということは公然の秘密のようなものだったが、密かに噂されていた、貧しい娼婦の生まれというのも本当のようだ。

 

 ルナリアの「予知」のせいで、彼は一生、「毒」を盛った責任を取らされる。

 ルフレ様が目覚めた後も、その瞳に宿る純粋な信頼に焼かれ続けながら、彼はこのアイノアで、王子の傍らに侍る影のように生きるのだろうか。

 

「……アネモネのことは、ヴァルデルマへ指示を出しておいた。……何もかも遅いが、ーーせめて不自由のない様にと。見捨てられようとも元はカステリアの姫だ。「予知」で噂になってしまった今では消してしまうのも難しいはずだよ。……もし、君が望むなら、会うのは容易だろう」


 ーー「枯れてしまった花を、見る覚悟があるのなら」

 

 そう言い残して、カシアン様はルフレ様の眠る寝台に上半身を伏せてしまった。

 

 心音を確認するかの様に胸元に耳を当て、目を閉じる。青褪めた顔をしながら傍から一時も離れようとしないその姿は、ルフレ様が目覚めてしまうことも死んでしまうことも恐れているように見えた。

 

 彼には、その規則正しい鼓動が、死刑宣告のカウントダウンにでも聞こえるのだろうか。目覚めれば「偽りの愛」に焼かれ、目覚めなければ「愛する人を失う」絶望に凍える。

 

 目覚めることを、薬の効果を、予知の嘘を、知っているはずなのに。ーー絶望への恐れを捨てきれないのか、「予知」に、「愛」に、縋りたいのか。


 「理想の王子様」の姿はもうここにない。王子様の口付けでは王子様は目覚めないことを知って。「毒」を盛る卑しい魔法使いに身を落とし。しまいにはその「毒」で王子を苦しめーーそれでも尚、傍に居たいと乞い願うことを辞められないのは、真実の「愛」ではないのだろうか。


 カステリアの花を燃やした灰を被って、王子様の平和を繋ぎ止めようとした男は、「愛」を知らないまま、静寂の中に溶けていく。

 

 ◇

 

「さあ! ヴィオラ様、私たちのカステリアへ帰りましょう!」

 

 部屋を出ると、廊下で待ち構えていたルナリアが、私の腕をこれ以上ないほど強く抱きしめてきた。

 

「……ルナリア。貴女、本当にいいの? 予知の力を失ったなんて大嘘をついて、聖女の座を降りて……。アイノアの民は悲しむわよ」

 

「いいんです! アイノアには、じきに次の聖女様が現れるんですから。あ、これ予知じゃなくて公式で『続編』が……いえ、『確信』があるんです!」

 

 ルナリアは悪戯っぽくウィンクしてみせた。

 彼女は知っているのだ。この「物語」の「続き」を。自分が役目を終えても、この世界が平然と続いていくことを。

 

 だからこそ、彼女はこの「物語」の結末を、力任せに書き換えた。

 本来なら死ぬはずだった私を救い、カシアンの「毒」に「愛」のラベルを貼り付けて、自分勝手なハッピーエンドをもぎ取ったのだ。

 

「私はもう、ただのルナリアです。これからはカステリアで、ヴィオラ様の隣でのんびりお茶を飲んで、たまにわがままを言って、そうして普通に幸せになるんです。……予知なんてなくても、ヴィオラ様が笑ってくれれば、それが私の『幸せ』ですから!」

 

 ルナリアは私の胸に顔を埋め、甘えるように擦り寄ってくる。

 

 カシアンの毒に怯える日々も。

 ルフレの光に焼かれる義務も。

 アネモネお姉様の影に絶望する夜も。

 

 この子がすべて、めちゃくちゃな「予知」で上書きしてくれた。

 

「……本当に。何もかも貴女の思い通りね」

 

 私はため息をつきながら、けれど離さないように、彼女の体を強く抱き返した。


「どうしてかしら、もう、何も辛い事はないはずなのに、ーー『毒』を飲んだ時の様に、胸が熱い」


 頬を寄せると、ルナリアが息を呑む音が聞こえた。初めて見る反応に胸が軋む様に痛んでどちらともなくふたりの隙間を埋める様に寄り添った。


 この子が私に盛った『幸福』という名の毒は、かつての絶望よりもずっと深く、私の胸を焦がしていく。ーー本当に。救いようのない、心地のよい痛みだ。

 

 アイノアの城門を出て、私たちの馬車が動き出す。向かう先は、私が生まれ育ったカステリア。

 

 星の物語ステラ・ノーツは、ここで一度幕を閉じる。

 そして、私たちの、「幸せな結末」が、今ここから始まるのだ。


 この痛みに名前をつけるならきっと「愛」と呼ぶのだろう。

『星の物語ステラ・ノーツ』、全話完結です。

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。


カシアンの背負った「嘘」と、リナリアがもぎ取った「幸福」。

誰かにとってのバッドエンドは、誰かにとってのハッピーエンドかも知れません。


ただ、ヴィオラが感じた、かつての毒よりも深い「愛」という名の痛み。

その熱こそが、彼女がこの世界で「生きている」という確かな証拠なのだと思います。


あなたの胸のどこかに、心地よい毒として残り続けることを願って。


幕は閉じましたが、彼女たちの「続き」は、予知の及ばない自由な空の下で、今も続いています。


執筆:英莉菜葉藻乃えいりなはもの

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