第6話:メルヘンな義兄と、聖女の手
離宮に戻った深夜。
薔薇園でのカシアンの圧を思い出し、震えが止まらない私に、聖女は突飛な言葉を投げかけます。
「あいつは貴女を、換金資源だと思っている」
命を奪われる恐怖の裏側にあった、あまりにも歪なカシアンの「正体」。
完璧な王子の仮面の裏側に潜む、リナリア曰く「自己肯定感ゴミ以下の陰気野郎」とは一体……?
深夜。離宮の自室に戻ったルナリアは、椅子に深く腰掛け、窓の外を眺める私の背中に声をかけた。
「見ました!? ヴィオラ様! あいつのあの顔! あの石像がヒビ割れたみたいな絶望顔! 助かる、命が助かります……!」
「……ルナリア、落ち着いて。カシアン様は、あんな屈辱を黙って見過ごす方じゃないわ。次はきっと、もっと容赦のない手段で……」
私の指先はまだ微かに震えていた。
悪夢のような記憶が囁く。カシアン・ヴァルデルマは、微笑みながら私に毒を盛った男だ。
「……ヴィオラ様、顔色が最悪ですよ。そんなにカシアンが怖いですか?」
背後で、ルナリアが退屈そうに爪を眺めながら言った。彼女は、私がかつて義兄の手で命を絶たれたことなど、露ほども知らない。
「当たり前でしょう。彼は私に、お姉様の罪をあがなえと言ったわ。そのために、ルフレ様の隣にいろと。……逆らえば、どうなるか」
「逆らわなくても、条件が揃えばあいつは貴女を消しますよ。……あいつにとって、貴女はアイノアへ流すための換金資源なんですから」
「……換金資源?」
「そう。あいつにとって、殺人は私怨じゃないんです。単なる外貨獲得の手段なんですよ」
ルナリアが、鏡越しに私を射抜いた。その瞳には、私には見えない「物語の裏側」が宿っている。
「不祥事の末に貴女を死なせて、その全責任をカステリアに被せれば、アイノアには多額の賠償金が転がり込む。……あのルフレ王子、政治に疎すぎるお人好しでしょう? カシアンは、そんな馬鹿な王子が困らないよう、ヴィオラ様を換金出来る在庫としてとっておいてるんです」
その言葉に、背筋が凍る。
私にとっての「死」は、彼にとっては単なる「外貨獲得の手段」に過ぎない。
そして、一度毒を飲んだ私にはわかる。その私にとっては悪魔のような仕打ちは、きっと世間から見れば、義妹だか隣国の姫だかの不祥事を厳正に処断した様にしか見えない。
「……でも、ルフレ様は。あの方は、そんなことを望む様なお方には見えないけれど……」
「ええ。あいつは本物の善人ですから。カシアンの必死の資金調達なんて、ルフレには関係ない。……あ、ヴィオラ様は知りませんでしたね。あいつ、あんなに完璧ぶってて、中身は自己肯定感ゴミ以下の陰気野郎なんですよ。うじうじ考え込んだ挙句毎回ヴィオラ様を巻き込んでもう本当に最悪……」
ルナリアがぶつぶつと不満を呟き続けるが、私は途中から内容が頭に入って来なかった。自己肯定感ゴミ以下の陰気野郎……?
「カシアン様が……? まさか。….確かに嫌味だし、遠回しで陰湿なところはあるかもしれないけれど、あんなに傲慢で、すべてを支配しているようなお方が?」
私には信じられなかった。
お姉様を壊し、私を駒として扱い、常に「正解」を突きつけてくるあの男が、陰気はともかく、自分を卑下しているなんて。
「だからこそ厄介なんですよ。あいつ、ルフレ様に好かれようとして動いてるわけじゃないんです。最初から自分が好かれるなんて思ってないから。まったく、素直にあの単純お気楽王子様に媚びてくれればどれだけ楽か……」
またぶつぶつと呟き始めてしまった。
視線はまた爪に注がれていたので覗き込んでみたけれど、特に何かがあるわけでは無さそうだった。
「ずっと気になっていたのだけれど……カシアン様は……その、ルフレ様のことをお慕いしているのかしら?」
今まで自分の命が賭かっていたので気に留めていられなかったけれど。
ぶつぶつと腹立たしげにささくれをむしる少女を眺めていると、ぽろりと、ずっとどこかで胸に支えていた疑問が口からこぼれ出ていた。
そうでもないと説明がつかないけれど、もしそうならば、私が婚約者のうちに殺せばよかっただけだ。
と、思っていたが、ルナリアの話を聞いていると、少なくともルフレ様への執着が根元なのは間違いなさそうだ。
「知りませんよそんなの!だけどカシアンルートでも、カシアンはルナリア……今は私ですけど。ともかく、聖女を好きにならないんです。いや、ヴィオラ様みたいにお気に入りだったんだと思うんですけどあいつはお気に入りに妙に意地悪くする嫌な性格……小学生男子みたいっていうか……あれ、もしかしてあれ試し行為みたいなこと!?メンヘラ!?カシアンはメンヘラだった!?常々製作陣の悪意しか感じないシナリオだとは思って……」
「しょうが……?メルヘン……?」
くわっと目を見開く。今度は鏡越しではなく目が合った。相変わらず何を言っているかわからない。
すっかり私のベッドの窓側が定位置になってしまった、嫁ぎ先の国の聖女様。
「私ってカシアン様に気に入られているの?」
毒を煽った日の記憶が蘇る。「気に入っていたんだけどな。――君のこと」確かに、言ってはいたけれど、皮肉か嫌味とばかり……
「……ヴィオラ様の感性の方が正しいですよ。でも、理解にとっっっっても苦しみますけど、あいつにとって、ヴィオラ様も特別ですよ。じゃないと全ルートあんなに悲惨なことには……」
「……わかってはいたけれど、喜ばしいことではないのね?」
「……今すぐ殺されはしませんけど、あいつはどのルートでも大体ヴィオラ様を殺します」
聖女様は、私の「命」の話をずいぶん軽くする。
殺されるだなんて、少し前なら聞くだけでも震えていたところだけれど、私はもうその後に続く言葉を知っている。
「でも、大丈夫です!ヴィオラ様のことは私が守りますからね!」
優しく手を握られ、力強く声をかけられる。
そのおかげで私は、手が少し乾燥してしまっているから、後でクリームを塗ってあげないと、なんて、気の抜けたことを考えていられた。
ご一読ありがとうございました!
カシアンにとってのヴィオラは、愛着があるからこそ「丁寧に殺して換金する」対象だった――。
そのあまりにも「製作陣の悪意」に満ちた設定を、リナリアがオタク特有の語彙で次々と解体していきます。
「試し行為」「メンヘラ」……聞き慣れない言葉に困惑しながらも、ヴィオラの心からは少しずつ毒気が抜けていくようです。
【次回の予告】
次回、視点は再び執務室のカシアンへ。
カシアンが隠そうとするある「枯れた花」の存在。
彼はアイノアの平穏を維持するために動き出します。
明日も【21:00】に更新予定です。




