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第52話 徳沢往復

 ピピピピピピ


 枕元においたスマホのアラームで目が覚めた。見慣れた天井でなく木目がはっきりした天井で、上高地のバンガローに宿泊していることを思い出した。もう外はけっこう明るいみたいでカーテン越しに入る光で室内はすでに明るい。ウグイスの声が繰り返し聞こえる。横でルドルフと修二くんが体を起こし、

「おはよ」

と挨拶してくれるので私も返す。今日は昼に新発田先生・まほちゃん・みほちゃん・あかねちゃんが上高地入りするので、それまでに徳沢まで往復する予定だ。片道2時間くらいなので早朝に起きることにしていた。あたたかい布団から思い切って出る。


「杏、コーヒーでいい?」

「うん」

「ママ、パン出すよ」

「うん」

 私がまだしっかりと目を覚ましていないからか、うちの男子2名がテキパキと動いている。

「ママ、窓のほう行ってよ」

「うん」

 言われるがまま窓際に行って外をみると、デッキの手摺や床に15羽ほどの小鳥が来ている。

「みんな、おはよ」

と言うとみんな飛び立っていった。

「杏、聖女様に挨拶に来たんだね」

「うん、そうみたい」

 あっちの世界でヴァイスヴァルトの離宮に滞在中、小鳥たちが毎朝ベランダに来ていたことを思い出した。


 ぱっぱと準備して出発する。バンガローのあたりは静かだったが、山道にでるとすでに歩く人がいっぱいいた。みな私達と同じく梓川の上流を目指している。私達はルドルフが先頭、私が真ん中、殿に修二くんの順に歩く。キャンプ場近くは清水川という小さな川に沿った道だったが、やがて川の音が聞こえなくなった。逆に鳥の声がよく聞こえる。出発時には肌寒くてレインウェアをウィンドブレーカー代わりに着ていたが、すぐに暑くなってしまいリュックにしまう。ルドルフはというと、出発時からTシャツ1枚である。たまに山から降りてくる人とすれ違うが、ルドルフはそのたびに、

「こんにちは!」

と元気に挨拶している。


 キャンプ場から1時間ほど歩くと明神に着いた。山小屋があって多くの人がその前の広場で休息している。穂高というか明神岳がぐっと近づいて大きく見える。私達はベンチに座ってちょっと休憩することにした。

「僕、あそこの小屋、覗いてくる」

「うん、いいよ」

 ルドルフは走って行った。


「あいつ、食べ物の偵察だよ」

「だよね、何が食べたいのかな?」

「う~ん、杏なら何食べたい?」

「やっぱイワナかな」

「ならルドルフもそうだろう」

「お金渡しとけばよかったかな?」

「かもね」


 しばらくしたらしょんぼりとルドルフが戻ってきた。だいたい原因はわかっているが一応声をかけてみる。

「どしたの?」

「うん、イワナね、ちょっと時間かかるって」

「そっか、お昼までにもどんなきゃいけないからね」

「うん」

 お昼には後続の新発田先生が子供たちを連れて到着するのだ。修二くんは、

「みんなが着いたら、どっかで食べようよ。そのほうがいいだろう」

という。ルドルフは、

「うん!」

と言って、元気な顔に戻った。


 時間にあまり余裕がないのも確かなので、少しの休憩で出発する。明神から先の道は、ぐっと人が減った。多くの観光客はここから対岸の穂高神社に行って上高地に帰るようだ。


 そこからの道も多少のアップダウンもあって、少し汗が出た。風は乾いていて不快感は無い。ただ、少しずつ全身にほこりが溜まっていく気がする。それを口にすると修二くんに笑われた。

「騎士団育ちの杏でも、やっぱ気になるんだね」

「失礼ね、こう見えてもお嬢様学校出身なのよ」

 こういうくだらない会話が楽しい。景色を見ながら歩いていると、草原みたいなところに出て、それが徳沢だった。


「ここは広くてどこでも休めるけど、一応小屋まで行こうか」

「そうね、修二くん」

「こら、ルドルフ、走らない!」


「ママ、ニリンソウだ!」

 先行したルドルフはニリンソウの大群落を見つけた。

「ルドルフ、よくやった」

 笑顔で修二くんが褒める。私もきっと笑顔になっているにちがいない。足をとめ、しばらくその景色を堪能した。


 小屋前でソフトクリームを食べ、水場で水を補給し来た道を戻った。明神からは対岸の道をたどり、岳沢湿原を経由してバンガローにはなんとか昼前に戻れた。


 バンガローの中は少し肌寒かった。半日歩き回ったので、水道の水で顔とか上半身を拭く。修二くんも同様にして、ついでにルドルフの世話もお願いする。ひさしぶりにスマホを見ると、新発田メールが来ていた。

「修二くん、新発田先生、1時すぎに着くって」

「やっぱタクシー?」

「そうだって」

 新発田先生は脳梗塞の後遺症で未だに杖が手放せないし、子供を3人も連れているからそれが自然な選択だろう。

「でさ、杏、お昼どうする?」

「どうしよっか?」

「ここで今食べちゃうか、いや、杏、その顔は買食いしたい顔だな」

「あは、わかる? ルドルフにイワナも食べさせたいし」

「そっか、じゃ、そうしよう」


 そうと決まって私達は素早く支度して、出発した。イワナはバスターミナル2階の食堂で食べられるはずである。

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