第48話 ウグイス
大正池を満喫した私達は来た道をたどって上高地方面にもどった。ただ、田代橋のところで梓川の対岸に渡る。梓川はここでは急流になっている。そして川の真ん中に島になっている部分があり、穂高橋という橋をわたると右岸に着く。
「このあたりの岩盤は硬いんだろうね」
修二くんが呟いた。
少し上流へ歩くと上高地温泉であり、ホテルが2軒建っている。以前「若手の学校」関連でお世話になったのはそのうちの1軒である。最初に来たときは大雨によるがけ崩れで帰れなくなってしまい、何日かカンヅメになってしまったのもいい思い出である。
ルドルフは近くにある沼みたいになっているところを覗き込んでいたが、
「ねえ、この魚、イワナじゃないね」
と言った。すると修二くんは、
「ああ、なんだったっけな、このあたりは温泉のせいで水温が高いらしくて、もう少し標高が低いところにいる魚が住んでいるらしいよ」
「パパよく知ってるね」
「ははは、最初に上高地に来る前にね、いろいろ勉強した」
「なるほど」
修二くんは単に上高地に行くのが楽しみで勉強したのか、それとも私達女子にもてたくて勉強したのか、ちょっと聞く気にはなれなかった。
すっとルドルフが寄ってきて、
「良かったね、ママ」
などと言う。
「う、うん」
と返事するが、顔が赤くなった。
林道を歩く。ときどき湿地に出会う。その一つの湿地では、大きなカエルがたくさんいた。
「ヒキガエルだね」
という修二くんの言葉にルドルフは、
「産卵?」
と聞いた。
「そうだよ、ヒキガエルは冬眠から覚めると交尾して産卵する。そしてもういちど冬眠するらしいよ」
「茨城だと3月だったよね」
ルドルフにとってカエルは食料でもあるからよく観察しているみたいだ。
「こっちは春が一月は遅いね」
「そうね、桜もまだだよね」
話しながら歩くうちに河童橋についた。3時間ほど前と異なり、ものすごい人である。人をかき分けるように橋を渡る。記念撮影している人のじゃまにならないように気を使う。川沿いに気持ちいい風が吹き抜ける。ホテルの売店もものすごい人だ。アイスを食べている人が目に付く。
「杏、アイスはテント立ててからにしよう」
「ママ、一働きしてからのほうがおいしいよ」
「二人ともさ、私今、何も言ってないんだけど」
「はいはい、じゃ、とにかく荷物取りに行こう」
二人には私の考えが100%見抜かれている。
人の流れに逆らいバスターミナルに向かう。ターミナルの裏手に手荷物預かり所があり、朝バスを降りたときに預けた荷物を受け取る。日陰なので少し寒い。
「キャンプ場までちょっとあるから、荷物整理しよう」
修二くんの提案で荷物をもってベンチを探す。ターミナルそばのベンチはみんな混んでおり、見つかったところは梓川とバスターミナルの中間くらいにある林の中になった。ここはなぜか人がほとんどいない。川の音、人の音が混ざってざわざわとした音が聞こえる。
荷物整理とは言ったものの、水筒を取り出すと水が飲みたくなった。
「ちょっと休憩するか」
という修二くんの提案に、私もルドルフも賛成する。
ベンチに座っていると、ウグイスの声が繰り返し聞こえる。小声で修二くんに言う。
「私、ウグイス見たい」
「そっか、じゃちょっと静かにしているか」
「うん、双眼鏡貸してよ」
「うん」
するとルドルフが、
「ママ、結構近くにいるよ。まだ警戒している。ママから見ると右のほうだね」
「そう?」
「うん、静かにしていたら、きっとでてくるよ」
「わかった」
修二くんから受け取った双眼鏡を両手で握りしめ、静かにする。
「そんなガチガチにならなくても大丈夫だよ。こっちが攻撃する気がないと向こうに伝われば大丈夫だから」
「うん、ルドルフ。ありがと」
深呼吸してリラックするように務める。
ガサガサッと音がした。確かに近い。だがここで下手に動くと逃げてしまう気がする。気をつけてもう少し待つと、ウグイスが姿を現し木の枝にとまった。数メートルしか離れていない。以外に地味な色である。東海村でもよく見るメジロのほうがよっぽどきれいな色である。
「ホーーー、ホケキョ!」
体を大きく膨らませてからウグイスは鳴いた。そしてキョロキョロとしている。私はゆっくりと双眼鏡を目に当てた。
しばらく観察してから、双眼鏡を修二くんに渡す。修二くんもウグイスを刺激しないよう、ゆっくりと動く。ルドルフはベンチに両手をのせ、足をブラブラとさせている。ただ、ウグイスに注目している私と修二くんと違って、視線を方方に散らしている。ルドルフがウグイスに注目するとウグイスは怖がって逃げてしまうのかもしれないし、私と修二くんを守るため周囲に警戒しているのかもしれない。
私は思い出していた。ラーボエの港町でステファンが襲われ、その後私は心を病んでしまった。それを治すため玲子ちゃんの提案で私とステファンはルドルフの背中に乗って国境を越え、ヴァルトラントの果物を食べに行った。そのときルドルフは私達を守るため、いつも周囲への警戒を怠らなかった。そして私の状態をとても心配していた。見た目は子供のルドルフだが正体はドラゴン、昔から私を守ってくれたのだ。
そんなことを考えていたら、ウグイスは再びヤブの中に隠れてしまった。




