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第46話 挨拶

 バスから降りたときはとてもとても寒く、早く雨具の上着を着たくて気づかなかったがバスの駐車場の真ん中は大きな雪山になっていた。おそらく観光シーズン直前の除雪時に、雪の捨て場が無くて駐車場に積み上げるしかなかったのだろう。私はノルトラントの女学校で、ネリスとヘレンが中庭の雪山に登って叱られたことを思い出した。ルドルフは私の心を読んでいるのだろう、ニヤニヤしている。

「ルドルフ、どうした?」

 修二くんが質問したがルドルフは、

「う~ん、ネリスママとヘレンママの名誉のため、僕はなんにも言えない」

 修二くんはそれだけで事情を察し、

「あ、そういうことか」

と言って笑った。


 バス停の裏側に回ると大きなテーブルやベンチが並んでいて、登山客観光客が休憩したり身支度をしたりしている。

「修二くん、私達もあそこ座って朝ごはんたべようよ」

「そうだね、で、杏、何食べる? 持ってきたパン?」

「いや、修二くん、おやきがいい」

「やっぱそうだよね、買ってくるよ。荷物番、おねがい」

「わかった、ルドルフ、どうする?」

「パパと行ってくる」

「んじゃ、おねがい。私野沢菜ね」

「はいは~い」


 早朝ではあるが、人の数は着々と増えてきた。鳥のさえずりがだんだんと人混みの音にまぎれそうになってきた。ただ、ウグイスのホーホケキョという声だけはよく聞こえる。私としてはぜひ、いちどウグイスの姿をみてみたいのだが、この場所では無理だろう。それでもと考え、双眼鏡をリュックから取り出してむこうのヤブのあたりを見てみた。もちろんウグイスの姿は見えなかった。


 しばらくすると修二くんとルドルフがもどってきた。ルドルフが大事そうに大きな紙袋をかかえている。

「たくさん買ったのね」

と声を掛けると、

「ママ、野沢菜以外も食べようよ。多かったら僕食べるから」

とルドルフが言った。ルドルフは大食いだから問題なく無くなるだろう。


 まずは野沢菜のおやきを食べる。熱い。熱いけどおいしい。

「ルドルフは何食べてるの?」

「なすみそ。おいしいよ。ママも食べる? 交換しよ」

「うん、はい」

 お互いの食べかけを交換した。

「ほんとだ。おいしい」

「でしょ! パパ、パパの言う通りだったね」

「だろ」

 修二くんもパクパクと食べ、早くも2つ目を食べている。


 男子2名はたくさんあったおやきをあっという間に平らげた。私もかぼちゃ味も含め、合計2つ食べた。


 水場で水筒を満たし、トイレにも行っていよいよ大正池へ向かって出発だ。


 梓川べりに出て、河童橋を背に川の流れる方向へ歩く。河童橋には早くも多くの人が見え、背景の穂高連峰は真っ白だ。つい昨日多摩川べりを散歩したが、同じ川でも水の流れが速い梓川のほうが川音が大きい気がする。

「杏、ちょっと待ってよ」

 修二くんがリュックから大きなカメラを取り出した。このカメラは、連休に上高地に行くと父に知らせたときに修二くんがもらったものである。父は「新しいの買ったから」と言っていた。おそらく新しいカメラを買った父が、母に嫌な顔をされたので古いのをこっちに押し付けてきたとみた。

 修二くんは2・3枚ほどシャッターを切った。ルドルフは、

「パパ、貸して。ママと一緒に撮ってあげる」

と言ってくれた。ルドルフ立ち位置だったりポーズだったりいろいろと注文をつけた。

「楽しそうですね、ご家族の写真、お撮りしましょうか」

 修二くんのカメラよりさらに大きなカメラをもったおじさんが話しかけてくれた。

「あ、ありがとうございます」

 撮ってもらったあとカメラのモニターで写真を見る。おじさんのおかげで家族3人のいい写真ができた。おじさんは手を振って河童橋の方に歩いていった。


 それからルドルフ、私、修二くんの順に一列になって歩く。少し歩いたところで田代橋につく。バスターミナルから少し離れただけなのに、朝早いからかこのあたりは人がほとんどいない。以前にここに来たときに、私と明くんが流体力学の方程式の議論をしたことを思い出す。

「杏、結局この川の深さはどんくらいなの?」

と修二くんが聞いてきた。修二くんもそのことを思い出したらしい。

「ふふ、計算してない」

 するとルドルフが、

「そうなの? ママらしくないね」

と笑った。


 大正池方面への道へ入る。川から離れ川音が小さくなり、鳥の声がまたよく聞こえるようになってくる。ガサッという音が聞こえてそのほうを見ると、サルがいた。私が小さな声で、

「ルドルフ、サルがいるね」

と言うと、

「うん、いるね。なんか怖がってるよ」

と返事してきた。

「少し立ち止まってようよ。驚かしちゃいけないよね」

「うん、そうだね」

 サルはすこしこっちを見つめ、やがて背を向けて遠ざかって行った。

 ルドルフはそれを見て、再び歩き始めた。


 少し歩いて行くと、サルの群れがいた。十数匹はいるだろうか。

「キ、キ」

と声を発し、群れは一斉に去っていった。

「ママ、あれはね、サルたちが聖女様に挨拶に来たんだよ」

「そうなの?」

「そうだよ。さっきのサルにママを紹介したら、群れを呼んできたんだよ」

「そっか、ありがと」

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