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第45話 かくれんぼ禁止

 目を覚ますとバスは山間に止まっていた。

「新島々だって」

 修二くんが教えてくれた。新島々とは、長野県の松本市から上高地方面に行く鉄道の終点である。聞くところによると昔は上高地に行くには、近くの島々という集落から徒歩で峠を越えなければいけなかったそうだ。だからこの地は今も昔も上高地への入口なのだ。

「足伸ばそうよ」

 そう誘ってくれたのでルドルフを伴って外に出てみる。4月末だからこの時間でもすっかり明るい。ただ、空気は冬のように冷たい。

「自販機見てくる!」

 そう言ってルドルフはダッシュした。

「あいつは夜行性か?」

 修二くんのつぶやきに笑ってしまう。そもそもルドルフの正体はドラゴンだから、夜行性であっても不思議ではないのだが。

「どうなんだろうね、杏、ルドルフが生まれたときはどうだったんだい?」

 修二くんが言っているのは、むこうの世界で卵から孵したときのことだろう。

「う~ん、よくわかんない。なんか一緒に遊んでた記憶しかない」

「そっか、それはそれでうらやましいな」

「ふふ、いいでしょ」


 新宿からのバスは快適だった。ふつう観光バスといえば狭いシートに押し込められてしまうのだろうが、今回は横3列のシートだったのでゆったりである。トレッキングシューズを脱いでサンダルに履き替えていたから足も楽だし暖房も効いていた。途中高速道路のサービスエリアに2回トイレ休憩をとった。幸いトイレは空いていた。普通高速のサービスエリアといえば、女子トイレは長々と列ができていることが多い。そういうときは修二くんが気を使って売店でたこ焼きとか買ってきてくれるけど、やっぱり自分で買いたいものだ。今回は空いてはいたものの深夜であったので屋外の屋台みたいな売店は全滅、最低限の店しかやっていなくて残念だった。まあ太らなくて済んだと無理やり納得した。


 新島々での休憩は予定に無かったから、時間調整らしい。始発までまだ時間があるので、駅には私達のバスの一行しかいない。ルドルフが温かいお茶を3本買ってもどってきた。お茶を飲みながら見上げる空は深い青色だ。きっと今日は一日いい天気だろう。はやくバスが出発しないかと思う。


「そろそろ行こうか」

 修二くんが腕時計を見ながら言った。体も少し冷えてきたので修二くんの言葉に従う。バスの入口の階段を大股でのぼるルドルフがかわいく、修二くんと二人で笑った。


 バスにもどると暖房ですぐ眠くなってしまい、気がついたらフロントガラスの向こうに穂高が見えた。山道はまだ陽光が届いていないので暗いのだが、穂高連峰は白く輝いている。バスは右に左に大きく揺れるので、肘置きにしっかりつかまりながら穂高を見る。左右を見たら修二くんもルドルフも私同様に山を見つめていた。これから2泊、ずっと穂高の峰々は見えているだろうけれど、穂高から目を離すと損な気がした。


 バスは大正池で停車した。半分ほどの乗客が降りる。ここから見る穂高はとても美しいのは知っているが、2泊分の荷物を持って1時間あまりも歩くのはしんどいので終点の上高地バスターミナルまで乗っていく。バスターミナルで荷物を預かってもらい、徒歩で大正池まで往復する予定なのだ。

「さ、身支度しよ」

 荷物を預ける前に私は肌寒く、リュックから雨具の上着を出して着込んだ。ルドルフはバスから降りても服装を替えようとしない。

「寒くないの?」

と聞いても、

「うん、全然。それより雨具の色、めだつから僕嫌なんだよ」

とのこと。ルドルフの雨具は黄色、今着ているのはオリーブ色の薄手のフリースである。

「わかったけど、帽子くらいはかぶろうか」

と言うと、ルドルフはリュックからやはりオリーブ色のキャップを取り出してかぶった。ルドルフは上から下まで、さらにはリュックまでオリーブ色である。

「ルドルフ、明日まほちゃん・みほちゃん・あかねちゃん来るでしょ。かくれんぼはやめてね」

「え、なんで?」

「あんたがその服で隠れたら、誰も見つけらんないよ」

「そっかな」

「そうだよ、それでまほちゃん・みほちゃん・あかねちゃんが迷子にでもなったら、大変なことになるよ」

「そ、そっか。わかった。でもさ、ママ、二人がやりたいって言ったらどうすればいい?」

「う、うん」

 私がちょっと困ると、修二くんが助けてくれた。

「ここは国立公園で自然の植物を守らなきゃいけないから、道から外れたりしちゃいけないんだよ」

「そっか、なるほどね」

 ルドルフは納得してくれた。とりあえず一つ事故の可能性はつぶせたと思ったが、つい東海村の公園で、子どもたち4人が迷彩服を着込んで本気でかくれんぼする様子を想像してしまった。その私の思考を読んだのか、ルドルフは私の顔を見てニヤッと笑った。

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