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術名破棄

「それでは今回は、難しいですが術名破棄の練習をして頂きます」

実技演習場に集まると、講師はそのように言い出した。

術名破棄とは名前の通り術名を言わずに魔法を発動させることである。


術名は魔法を学ぶ時に必ずセットで覚える言霊のようなもので、名前そのものに特別な意味は無いが、魔法を発動する際に、感覚的なスイッチを切り替える為にも殆どの魔道士が行っているものである。

特に正しく魔法を学んでいるものほど術名の詠唱は必須と言えるほど重要な要素であり、言わないことで魔法が正しく発動しなかったり、出力が落ちたりする。


「術名破棄の実技演習は初めてですので、各自エネルボールから発動してみてください」

講師がそう言うと、手のひらにエネルボールを作り出す。

術名破棄は実際の戦闘において非常に有用な手段だ。術名を言わないことでどんな魔法を使うのか発動の瞬間まで隠すことが出来、発動のタイミングも読まれにくくなる。


クラスメイト達は中々苦戦しているようで、発動に手間取っているようだった。

アレクとクロエは一応発動は出来ているものの、形や出力の安定があまり取れていなかった。

レンは周りの様子を見つつ術名破棄で小さなエネルボールを作り出す。


レンにとって術名破棄はしてもしなくても変わらない程度のもので、何故周りがそこまで苦戦しているのかが理解できなかった。

しかし、学園で自分の実力を出し切ってしまうと、暗部について知られてしまう危険性がある。

彼にとっては学園の成績など些末な問題で、無事学園を卒業することが目的、もとい任務である。


そのため、学園ではそこそこの成績さえ収めていれば十分であろうというのが彼の見解であった。

「レン、何で手抜いてんのよ」

セシルが気に食わないといった様子で話しかけてくる。


「手を抜いているわけじゃない。魔具が練習用のものだし、魔力量も少ないから、これが限界なんだ」

一応理屈は通っている言い訳を言ってみる。

「アンタ、初日にあたしと模擬戦した時もっと凄いことやってたじゃない」


そういえば、術名破棄はセシルと最初に模擬戦をした時に見せていたのか、とレンは思い返す。

渋々普通のサイズのエネルボールに切り替えると、アレクが驚いた様子でレンを見てきた。

「キミ、もしかして今までの実技演習で、ずっと手を抜いていたのか!?」


軽く怒気を含んだ声でアレクはレンに詰め寄る。

「手を抜いたって程じゃないよ。最低限のことはやっていたし」

「それを手を抜くと言うんだ!」


思い切り怒鳴られる。何がそんなに気に食わないのか、レンには分からない。恐らく、自分が上手く出来なかった術名破棄をいとも簡単にやられた事が気に食わなかったのだろう。

「キミは転入してきたにも関わらず、授業に真面目に取り組んでいない。そんな者にこのバエス魔道学園は相応しくない」

「別に真面目に取り組んでいないわけじゃないと思うんだけど」


与えられた課題はこなしているし、座学も真面目に聞いている。

「出来ることを敢えて出来ないように振る舞っているのは十分不真面目だ。よって、キミに決闘を申し込む。俺に負けたら退学してもらう」

入学前日に同じような言葉を聞いたような気がしたが、この学園の生徒はなぜこんなにも好戦的なのだろうか。


ただ、セシルの時とはわけが違う。恐らくクラス内で最も優れているアレクを大勢の生徒の前で倒してしまうと、目立ってしまう。

それに退学をかけるなど、自分が勝ったらどうするつもりなのかとレンはため息をつく。

「別にボクはキミに迷惑をかけているわけじゃない。それに、課題を真面目に取り組んでいるかどうか判断するのは講師だろう?」


「キミの行動がクラス全体の士気に関わるんだ。そんな奴を野放しにはしておけない」

完全に頭に血が上っていて、もう何を言っても聞かないと言った様子だ。

レンは困ったように講師を見ると、今まで黙って聞いていた彼女が慌てて間をとりなした。


「コホン、マクファーソンくん、そんな理由で退学をかけて決闘などというのは学校としては認められませんよ」

「ですが先生、彼の授業態度は真面目ではありません! 思い返してみればずっとそうでした!」

以前からそう見られていたのかとレンは反省する。

「確かに、モーリスくんは余力を残しているだろうということは分かっていました。ですが課題はしっかりとこなしている以上、それ以上を隠すのもまた実力でしょう」


流石に講師はものわかりがいいとレンは関心した。全力を見せるというのは、手の内を全て明かすのと同義。それは戦闘を行う上で大きなマイナスとなる。

「でも、確かに仲間であるクラスメイト達に手の内を隠すというのもモラル的によろしくありません。ですので、退学は抜きにして、模擬戦をしてもらうのは賛成です」

しかし、あっさりと手のひらを返されてしまい、困ってしまう。


「マクファーソンくんが勝てばモーリスくんは今後本気で授業を受けてもらいます。モーリスくんが勝てば以降課題で手を抜くことを公認しましょう」

それは自分に圧倒的に不利な条件ではないかとレンは思ったが、学園では講師の言うことが絶対だと聞いているので、仕方がない。

「それでは、先に手足以外の部分が地面に付いたら負けというルールにしましょうか。膝をついたり、倒れたりすれば十分ですので、使う魔法はそれを考慮して、威力の高すぎないものを使ってくださいね」


いつの間にか模擬戦をすることが確定してしまったかのように、レンとアレクの周囲にスペースが空いていく。

「フン、ちょっと小手先の技術が優れているだけで調子に乗っているキミに、正義の鉄槌を下してやる」

やる気満々といった様子のアレクに、レンは辟易する。


「お二人とも、準備はいいですか? ……それでは、始め!」

「”エネルグラビティ”!」

講師の合図とともに、アレクは魔法を発動する。


エネルグラビティは比較的難易度の高い中級魔法で、対象の範囲の重力を操作する魔法である。

レンを中心にした周囲5メートル程に強力な重力場が発生するが、その重力場は一瞬にして消え去った。

そして、アレクが苦しそうに膝をつく。


レンが行ったのはたった一つの行動であった。アレクが魔法を発動する前に、腰に挿していた拳銃型の魔具を取り出し、アレクの足に打ち込むことだ。

「ボクの勝ちだね」

「なんの……つもりだ。術式固定魔具など、そんなふざけたものを使いやがって」


「こういうのは速さが大事だからね。そういう時にはコレも使い勝手があるってもんだよ」

術式固定魔具とは、予め1つの原魔法を魔具に読み込ませたものである。発動時に原魔法を注入する必要がない反面、一つの、それも簡単な下級魔法しか使えず、汎用性の低い魔具である。

主に警察組織が非魔道士に対して、対外的な面を考慮し、魔法を限定して使うために存在している魔具で、魔道士からは鼻で笑われるような代物である。


威力もそれほど高くなく、簡単な結界魔法を張っていれば防げていた魔法だ。それを行わなかったのは、ひとえにアレクが魔法の発生速度に自信を持っていたからだろう。

「え、えーと、マクファーソンくんが膝をついてしまったので、モーリスくんの勝利ですね」

講師が早すぎる決着に戸惑いながらも、判定を告げる。


講師としては模擬戦の中でレンの手の内を出してもらう目的もあったのだろうが、それは失敗に終わった。

「クソっ、そんな不意打ちのような魔法、俺は認めないぞ!」

「術式固定魔具を使ってはいけないというルールはなかったと思うけど」


「あんなもの、魔法を学ぶ上で全く必要のないものだろう!」

別に学ぶ上では必要ないが、世間で思われているほど術式固定魔具は悪いものではない。魔法の発生速度も上がる上に、魔力効率も悪くない。デメリットと言えば用途ごとに魔具を持ち歩かなければならないくらいだ。


「勝ちは勝ちだよ。じゃあ先生、彼の治療とかはよろしくね」

そう言って、レンは実技演習場を後にした。

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