魔法練習
次の日の授業から、レンは違和感を感じていた。
それもそのはず、クロエがレンに終日張り付くかのごとく、ついて回っていたからであった。
それに加えて、周囲の男子生徒達の目も、やけに鋭く突き刺さってきた。
「あの、ボクに何か用?」
「用はないけど、一緒にいたい」
相変わらず感情に乏しい表情で、そう答えるクロエ。
「転入早々お熱いな、レン」
隣の席に居たセザールがヤジを飛ばす。
「お熱いって、何がだい?」
「そりゃあ、男女が用もなく一緒にいる理由なんて知れてるだろう」
含みのあるようなにやけ顔で、セザールは煽る。
「なるほど、クロエはボクに惚れてるって事かな?」
レンがそう言うと、無表情だったクロエの顔が少しだけ赤くなった。
「そう、かもしれない。とにかくレンとはもう離れたくない」
孤児院時代に彼女と何かがあったのかもしれないが、レンの方は覚えていないので、クロエの行動の理由がわからない。
「うげ、マジなのか。冗談で言ったつもりなんだが……」
セザールの反応と共に、周囲から感じていた視線がより一層鋭くなったように感じられた。
「というかさっきからやたらと視線を感じるんだけど、ボクは何かしたのかな?」
殺意のある視線とは少し違う、攻撃的な視線。この微妙な状況にレンはどうすべきか悩んでいた。
「そりゃ、今まで誰に告白されてもなびかなかったホルムさんが、転入してきたお前にベッタリなのが気に食わないんだろう」
「へぇ、クロエって人気なんだ」
レンにその辺りの事情は分からないが、確かに小動物的で可愛らしいと言えるのかもしれない。
「どうでもいい。私にはレンがいればいいから」
クロエがそう言うと、余計に視線がキツくなる。
「でも、どうしてそれでボクが攻撃的な目で見られているんだい?」
いまいち状況を理解していないレンにセザールはため息をつく。
「主に嫉妬だろ。それくらい察してやれよ」
「そういうことなんだ、ボクはそのへんの事に対して疎くてさ」
色恋など不要の世界に生きていたレンにとって、そういった感情の機微は分かり得ないものであった。
「なんか俺までムカついてくるからやめてくれ。まぁ、時間が経てば落ち着くと思うぜ」
とりあえず、気にしない方針でいるのがベターだということで、レンも大人しくそうすることにした。
授業が終わり、帰ろうとするレンであったが、そこにセシルがやってくる。
「ねぇレン、ちょっとあたしの練習に付き合いなさいよ」
「また練習? まぁ構わないよ。昨日と同じ場所でいいかな?」
「ええ、よろしく」
短く会話を交わすと、セシルは一人で自主練習場へと向かった。
「なぁレン、今の、どういう事だ……?」
クロエが居たので少し離れた位置で授業を受けていたセザールが、困惑した様子で尋ねてくる。
「どういう事って何が?」
「クラインさんの事だよ! お前のこと名前で呼んでたし、妙に親しげだったし、何があったんだ?」
「昨日、実技演習の練習を一緒にしてたんだ。その延長だと思うよ」
「お前、ナニモンだよ……あの誰とも関わろうとしなかったクラインさんと、一日で仲良くなるなんて」
セザールが奇妙な生き物を見つけたような表情でレンに言い放つ。
「普通に接してただけだと思うんだけど……」
レンは特別な事をした記憶はない。学園長からの頼みで意識的に声をかけたりはしたが、それだけである。
「もしかすると、レンは天性のタラシなのかもしれないな……」
呆れたようにセザールがため息をつく。
心なしか、先程よりも視線の数が多くなったような気がした。
「いや、でもセシルには面と向かって嫌いとまで言われてるよ」
「嫌いなやつを魔法の練習に誘うわけないだろ。それが彼女なりのコミュニケーションなんじゃねーのか?」
「そういうものなのかな」
「普通分かるだろ、変なやつだな」
ひとまず待たせるのも悪いので、レンも自主練習場へと向かった。
「あれ、クロエも来るのか?」
「レンが行くなら私も行く」
その言葉に、レンは昔護衛任務をやった時の事を思い出す。トイレの個室内まで付いていこうとしたら怒られた記憶がある。
自主練習場に着くと、セシルが既に軽く魔法の練習をしていた。
「来たわね、レン。……で、何でアンタもいるわけ?」
不満そうにクロエを見るセシル。
「クラインさんには関係のないこと。私はレンに付いてきただけ」
やや喧嘩腰でそう言い放つクロエ。
「レン、コイツなんとかならないの?」
「3人で練習すれば良いんじゃないかな。クロエは結界魔法が得意みたいだし」
「ハァ、分かったわ。今日は別に練習内容を決めていたわけじゃないから」
渋々セシルが承諾する。
「それじゃあ、クロエの魔法をちゃんと見たことなかったし、これを機に見せてもらおうかな」
「分かった。レンがそう言うなら、やってみる」
クロエはブレスレット型の年季を感じる魔具、恐らく天然魔具だろう、を取り出し、魔法を発動する。
「”バリアスキューブ”」
すると、手のひらサイズの直方体の結界が5つ出現する。
バリアスキューブは複数の移動可能な結界を作り出す魔法で、結界の数や強度、大きさも自由に使用者が決定できる。
結界とは、基本的には特定の範囲に魔法の壁を作り出すものだが、今回のバリアスキューブはその壁の強度を利用して、防御にも攻撃にも回す事も出来る魔法である。
5つの小さな結界を操るクロエに、セシルは素直に驚く。
「アンタ、中々やるじゃない」
「今回は操作性の為に小さいのを作ったけど、もっと大きくて硬いのも作れる」
バリアスキューブ自体が難易度の高い中級魔法だ。それを自由自在に操れるだけでも、クロエの魔法技術の高さが伺えた。
「それぞれ別の動きを取らせたりは出来るのかな?」
「出来なくもない、けど実践レベルではないと思う」
クロエが集中して操作すると、直線的に動くもの、放物線を描いて飛ぶもの、回転しながら飛ぶものなど、様々なバリエーションを同時に行うが、やや動かし方に乱れが生じていた。
「結構上手いね。びっくりしたよ」
レンの想定以上に、クロエの魔法技術は高かった。学園生は魔法を一応使えるだけで、実戦レベルには至っていないと聞かされていたが、これなら訓練次第で十分実戦に耐えうる。
「というかレンはなんでそんな上から目線なのよ……」
セシルが不満そうな目でレンを見るが、クロエは嬉しそうにしている。
「レンに認めて貰うために、頑張ったから……」
過去の自分は、よっぽど慕われていたらしいとレンは自分に感心する。
「上級魔法とかは使えるのかな?」
単純に興味があったのでレンはそう尋ねる。
「頑張って覚えたのもあるけど、扱いきれないから使わないことにしてる」
「そうだね。使いきれない上級魔法は下手したら初級魔法にも劣るからね。正しい選択だと思うよ」
つまり、現状はバリアスキューブくらいの魔法が彼女の限界だということだ。
レンが日常的に使っている魔法も初級魔法が多いので、その点はそれほど気にならない。
「ちなみにセシルは上級魔法とかは使えるのかい?」
「少しは使えるけど、全部攻撃魔法だから、ここでは使えないわ」
完全に扱い切れるわけじゃないから、危ないしと小声で付け足す。
魔法の難易度は、必要な魔力量と原魔法の作成難易度、魔法自体の操作難易度によって決定される。
学園生の中には身の丈に合わない上級魔法を覚えたりもするが、魔力量にものを言わせた形ばかりの上級魔法であることも多い。
「それじゃあ今日は、比較的簡単な中級魔法の操作をやってみるのはどうかな?」
自主的に行う練習だ。折角なら自分の実力に合ったものを行うのが良いだろう。
「別に良いけど、アンタは使いこなせるわけ?」
「必要な魔力量が少ないものなら使えるよ。”バリアスマニュピュレイ”」
レンがそう唱えると、彼の周囲に20個程のエネルギーを凝縮した球体が現れる。
バリアスマニュピュレイはバリアスキューブの結界を、エネルギー体に変えただけの魔法で、作るのがただのエネルギー体な分、難易度は下がる。
「クロエ、さっきみたいにバリアスキューブを作って自由に動かしてくれるかな?」
「わかった。”バリアスキューブ”」
クロエが魔法を放ち、自由に飛び回るかのごとく結界が動き出す。
それを確認して、レンが魔具を操作すると、エネルギーの球体が4つずつ全ての結界に同時に直撃し、結界は崩れ落ちた。
「ウソでしょ……20個の魔法全部を個別に操るなんて……」
セシルが驚愕に目を見開く。
「いきなりこの数は難しいだろうから、セシルは5個くらいからはじめてみるのがいいんじゃないかな」
「なんかムカつくわね……まぁいいけど。”バリアスマニュピュレイ”!」
セシルの周りに5つのエネルギー体が現れる。しかし、その大きさや密度はバラバラで、操作にも手間取っているようだ。
「とりあえず5つ全部を一つの塊として認識すると、操作しやすいよ」
感覚的な助言ではあるが、魔法は感覚がモノを言うので、その辺りの感性は重要だ。
レンのアドバイスのおかげもあってか、セシルの作った5個のエネルギー体は、列を成してグルグルと自分の周りを回らせることには成功したようだ。
「ふぅ、なんとか制御は出来たわ」
手間取っているセシルの横で、クロエが8つのエネルギー体を自由自在に操っている。
「ほら、見てレン。私のほうがすごい」
「うん、やっぱりクロエはセンスがあるね」
魔力量自体はセシルに及ばないが、魔法の細かい操作や技術に長けている。
「あ、あたしはこういう細かいのが苦手なのよ!」
生まれ持った魔力量の差は埋めることは出来ないが、技術次第でその差を埋めることは出来る。クロエはその為に努力を重ねていたであろうことは伺えた。
「さて、それじゃあ次は――」
レンがそう言いかけた時、遠方から魔法が飛んでくる。彼はそれを結界魔法で防いだ。
使われた魔法はチェーンロック、直撃すると対象を魔法の鎖で拘束する下級魔法だ。
「攻撃!? 一体どこから!?」
焦っているセシルだが、レンはもう既に相手の場所は掴んでいる。あとは反撃するかどうかだけである。
「恐らくクラスメイトの人なんだけど、名前がわからないや。殺していいのかな?」
クロエと一緒にいた時からレンに攻撃的な視線を向けていた一人である。まさか攻撃してくるとは思っていなかったが。
「殺すなんて物騒な事言うんじゃないわよ! 無傷で捕まえられる?」
「なら……”バインドロック”」
レンが魔法を発動する。
チェーンロックとは違う、対象の周囲に魔法のロープを出現させ、締め上げて拘束する中級魔法だ。
相手は結界魔法で防御する前に拘束されることとなった。3人で近寄ると、やはりレン達のクラスメイトの男子であった。
「それで、何でレンに向かって魔法なんて使ったのよ」
セシルが尋ねると、男はセシルの方を向かずに、レンに向かって言葉を発した。
「コイツが気に食わないんだよ! 転入していきなり調子づきやがって!」
別に調子づいているわけではないと言うレンを傍目に、クロエがバッサリと切り捨てるように正論を言う。
「模擬戦でも無い限り、相手に魔法を使うのは校則違反」
「クソっ、分かってるよ。停学なりなんなり好きにしろよ」
拘束されている自分が情けないのか、やけくそ気味に言い放つ。
「ねぇレン、今回は未遂で終わった訳だし、見逃してあげるとかは出来ないかしら?」
先日の自分の行いが見逃されたことに対する罪悪感もあるのか、セシルがそんな事を言い出す。
「別にいいけど、多分学園長は気付いているんじゃないかな」
正直レンとしてもあまり目立つような事は避けたいという思いがあるが、学園全体を覆っている結界から、魔法の形跡があったことは分かっているだろう。
「チェーンロックは直接的な攻撃魔法じゃないし、相手を傷つける目的がなければ問題ないはずよ」
「そんな甘くないと思うけどなぁ」
とりあえず、こちらは被害者だし申告しないでいるだけで十分かと思い、拘束を外す。
魔法を解かれた男子生徒は、そのままそそくさと去っていった。
「しかし、今後もよく分からない理由で襲われるのは勘弁してほしいな」
「その時は私がレンを守るから、安心して」
守る守られるの問題で困っているわけではないので、レンは苦笑いしか出来なかった。




