セシル・クライン
授業が終わったので指定された自分の部屋に戻るレン。持ってきた荷物も殆どないので、部屋の中は非常にさっぱりとしていた。
「さて、これからどうしようか」
早々に最低限の荷物だけ設置すると、手持ち無沙汰になるレン。
眠るには早い時間だし、軽く散歩でもしようと思っていると、ドアの前に人の気配を感じた。
「学園長か。開いてるから入っていいよ」
レンがそう言うと、ドアが開き学園長が部屋に入ってくる。
「今のは感知能力で分かったのですか?」
「まあね。ドアの前に人がいるのは単純に気配で分かったけど、学園長だってのはこの能力のおかげだよ」
「便利なものですね」
レンの能力については知っているようで、学園長はあまり気にした様子はない。
「学園長だって結界内、つまり学園の中の事なら大体把握できてるんでしょ?」
「魔力の性質や流れは把握できますが、生徒のプライバシーの関係上、内部の情報は基本的に見ないようにしています」
「勿体無い。それでなにしに来たの?」
ようやく、ここに来た本来の目的について尋ねる。
「あの子と……セシルと、仲良くしてあげてほしいのです」
学園長がわざわざ部屋にやってきたにしては拍子抜けする理由だ。
「ちなみにどうしてか、理由を聞いてもいいかな?」
「あの子には学内で友人と呼べる存在がいません。その原因の一つとして、私、学園長の娘という肩書きにあるのだと思います」
元七賢人で現学園長である彼女の娘であるということは、相当な色眼鏡で見られることだろう。
加えてアレだけキツイ性格をしていれば、確かに敬遠されるのも無理はない。
「貴方であればそんな肩書きなど気にせず、普通に接してあげられると思い、こうして頼んでいるのです」
学園長は申し訳なさそうな表情を浮かべている。
「ボクは別に構わないんだけど、あの子はボクの事をやたら嫌ってないかな?」
なぜかは分からないが、レンはセシルと出会ってから攻撃的な言葉以外を受け取った記憶がない。
「確かにあの子は貴方に対して攻撃的ですが、裏を返せば仲良くできる余地があるという事でもあると思うのです」
随分強引な理屈ではあると思うが、実技演習の際に自分から声をかけてきたりなど、あり得ない話ではないのかもしれない。
「学生と仲良くする事も任務の一環だと思うし、気にかけてはみるよ」
そう言うと、学園長はホッとしたように礼を言い、部屋を出ていった。
「本当にそれだけの為にわざわざボクの部屋に来たのか」
随分娘に対して思い入れが強いようだ。学園長とは言っても自分の娘には甘いらしい。
「さて、散歩にでも出かけるか」
学園内部の探索も兼ねて、レンは自分の部屋を後にした。
先日学園長から受けた説明で、この学園には授業に関係する施設が集中している授業棟と、生徒達の寝泊まりや食事を主に行う寮と二分されている事は理解していた。
その他にコンビニのようなちょっとした買い物ができる場所や、学生が自主的に魔法の練習をすることが出来るスペースなどが存在する。
レンはひとまず魔法の練習が出来るというスペースに行ってみることにした。
そこは四方が純度の高い魔法で作られた壁で覆われており、ある程度自由に魔法を使っても構わないような開けた空間になっていた。
しかし、攻撃魔法については細心の注意を払うようにとの但し書きがあり、人に向けて使用した際の罰則なども書かれていた。
「げ。アンタ、ここに何の用よ」
レンが辺りを見渡していると、まずいところを見られたかのような様子のセシルが立っていた。
「ここでなら魔法の練習が出来るって聞いてね。クラインは自主練かな?」
「別になんだって良いでしょ。あとクラインってのやめて。家の名前を誇示してるみたいでムカつくから」
学園長の娘であるということを気にしているのは本当らしい。
「じゃあセシル。普段からここにはよく来るのかい?」
どうやら授業が終わってからすぐにここに来て、ずっと練習をしていたようだ。鞄も置いてある。
「アンタには関係のない事よ。邪魔だからどっかいって」
セシルはボールを取り出すと、それを投げてエネルショットをぶつけるという事を繰り返していた。
「そんな軌道のわかりやすいものよりも誰かが的を作ったほうが練習になるんじゃないかな?」
レンはエネルボールを作り、グネグネと動かす。
「フン、あんな演習であたしに勝ったつもり? そもそも最後の方にやったからアンタのほうが有利だったじゃないの」
どうやら今日の実技演習の結果を気にしているらしい。
「結果で言うならボクの勝ちだよね。そもそも勝ち負けを競うものじゃないけど」
「それで何? あたしをあざ笑いに来たってわけ?」
何故やたら喧嘩腰なのかレンには分からなかったが、学園長の言っていたこともあり、根気よくコミュニケーションを図ってみる。
「そんなつもりは無いけど、的役が居たほうがやりやすいかなって」
「……まぁ、そうね。的役くらいならやらせてあげてもいいわね」
上から目線なのが疑問ではあったが、レンはエネルボールを不規則に動かし始める。
「”エネルショット”! ”エネルショット”!」
セシルは狙いを定めてエネルショットを撃つが、全く的には当たらない。
実技演習の時とは違う精度の高いランダム要素を取り入れた上に、相手の魔法を読んで動かしている。そうそう当てることは出来ないだろう。
セシルはしばらく魔法を放ち続けるが、やがて無理だと悟ったのかその場にへたり込む。
「なんでこんなに当たらないのよ!」
「そりゃあ、さっきの演習のものとは的の動かし方が違うからね」
「それじゃあ練習にならないじゃない!」
言われてみればそうだと思い、先程の実技演習の動きを模した挙動でエネルボールを動かす。
「”エネルショット”!」
今回は一撃で破壊することに成功するが、セシルの表情は複雑であった。
「アンタ、わざと手抜いたわけじゃないわよね」
「手を抜いたというか、実技演習の時の動かし方を真似した感じかな」
「なに、先生の動かし方が下手だったって言いたいわけ?」
「あれはああいう遊びでしょ。本気で的を動かしたら殆どの生徒が当てられないから」
「つくづくムカつく言い方する男ね。じゃあ次はあたしが的役をやるわ」
セシルはエネルボールを作り出すと、絶対に当てさせないと言わんばかりにヒュンヒュンと動かしている。
しかし動きは速いがぎこちなく、魔法の遠隔操作にあまり慣れていないことが伺えた。
「”エネルショット”」
レンは一撃でセシルの作ったエネルボールを破壊する。
「何でよ!」
「遠隔操作は慣れてないと難しいからね。例えエネルボールでも、日常的に動かしてないと思ったとおりには動かないよ」
「……あたし、これでもクラスでは2番か3番くらいには魔法上手い自信あったんだけど」
「魔法って言っても色々あるからね。結界魔法とかが上手い人もいれば、こういう遠隔操作が上手い人もいるよ」
「ムカつく。それでフォローしてるつもり?」
「いや、セシルが言っているのは魔力量であって、魔法の巧拙ではないんじゃないかなって」
「やっぱり馬鹿にしてるじゃない!」
いちいち怒ったりつっかかったりと忙しない女である。
「……アンタ、クライン家の娘がこんな魔法が下手で内心笑ってるんじゃないの?」
「別に。家柄が関係するのは魔力量だし、それも完全じゃない。魔法の技量は経験と才能だよ」
それは昔、レンが嫌という程味わわされたものである。どちらが欠けても魔法技術は一定以上向上しない。
「あたしには才能がないってワケ?」
「それを決めるほどボクはセシルの魔法を見ていないよ」
とは言っても、大体は理解している。魔法技術に関して、現状セシルはそれほど優れていない。恐らく、高い魔力量で今までは何とかしていたのだろう。
「やっぱりムカつく。でも、魔法に関して言ってることは、そんなに間違っていない、と、思う……」
後半の語調が弱めではあったが、レンの言っている事を認めたようだ。
「……あたし、クライン家の娘だから、魔法で一番を取るのが当たり前のように見られてきた」
それから、セシルは呟くように語り始めた。
「でも、世の中にはあたしより魔法の上手い人達がいっぱい居て、努力しても努力しても、その人達には届かなかった」
グッと自分の歯を噛みしめながらもセシルは続ける。
「あたしが一番を取れない度にクライン家の娘なのにと失望され続けたわ。もう慣れたけどね」
「ママや家の人が凄いのは知ってる。でも、あたしはあたしなのよ。セシルでしかないのよ!」
悲痛な叫びのようにセシルは言い放つ。
「なんて、アンタに言ってもしょうがないのにね。名家でもないアンタに」
諦めるような口ぶりではあるが、どこか助けを求めるような様子で空笑いをする。
「そうだね。ボクは孤児院出身だし、そういう家のことはよく分からないや」
家柄を気にしたり、家の誇りだのを気にする人間を数多く見てきたが、レンには理解が出来なかった。
「好きに生きればいいのにね。不器用な連中だよ」
「それが出来れば苦労しないわよ。でも、下手に慰められるよりはマシね」
自分の気持ちを吐き出してスッキリしたのか、少しだけ柔らかい表情になるセシル。
「ちなみにさっき言ったこと口外したら、許さないから」
「認めなかったり許さなかったり忙しないね」
「うるさいわね。揚げ足ばかり取る男は嫌われるわよ」
「嫌われるのは慣れてるよ」
「……やっぱりあたし、レンの事嫌い」
「なんで急に名前呼びになったんだ?」
「うるさい! レンなんか嫌いよ!」
そう言ってセシルは荷物をまとめて帰ってしまった。
「仲良く出来た気がしないけど、これでよかったのかな……」
そう呟いたレンの言葉は、誰に聞こえる訳でもなく空気とともに消えていった。




