実技演習
実技演習場に着くと、開始前だというのに多くの生徒がウォーミングアップを始めていた。
「みんな、ずいぶんと張り切っているんだね」
「そりゃあな。やっぱ魔法は実技がナンボってところはあるからな」
レンの隣にいたセザールも、アップを始めている。
「さて皆さん、集まってください」
先程の講師が生徒たちを集める。彼女の手には先程とは違う、ブレスレット型の魔具が装着されていた。
「これから皆さんには指定した魔法を発動してもらいます。当然ではありますが、人に向けて放ったりしてはいけませんよ」
そう言ってから、魔法を指示する。どれも基本的な魔法である。
攻撃能力のある魔法もあるが、放つ指示を送らなければその場で待機する魔法であるため、暴発したりしなければ安全な課題である。
「どれも初級魔法か。レンの為に気を使ってくれているのかもな。”エネルボール”!」
隣でセザールがそう言って魔法を発動する。
エネルボール、最も簡単と呼ばれている魔法の一つで、圧縮した魔力を球体として生成する魔法である。
当然、この学園には使えないものはいないレベルの魔法なのだが、レンが周りを見渡すと、同じエネルボールでも様々な個性を表現している生徒が伺えた。
単純に巨大な球体を作るもの、圧縮率を上げてエネルギーの密度の高い球体を作るもの、複数の球体を作るものなど様々である。
講師の指定としては魔法を規定秒数発動させるというものだけであったため、余力のある生徒は自分なりに工夫を凝らして魔法を使っているのだろう。
「何よアンタ、エネルボールすら作れないなんて言わないわよね?」
レンの後ろで10個のエネルボールを作成していたセシルが煽るように問いかける。
「作れるよ、”エネルボール”」
レンは腰に差していたナイフ形の魔具を取り出し、エネルボールを作り出す。
「はぁ? 何の捻りもないヤツを1個しか作らないわけ?」
拍子抜けと言った様子で、セシルは鼻で笑う。
「無理して魔力を多く使っても、勿体無いからね」
これはレンの本音でもある。元々彼の魔力量自体もそれほど多くない。
「スカしてるつもり? バカバカしい」
そう言ってセシルはレンの元から離れる。
「なぁレン、クラインさんに喧嘩でも売ったのか?」
セザールが怪訝そうな様子でレンに尋ねる。
「ボクはそんなつもりないんだけど、なんだか敵対視されているみたいだね」
「いや、明らかになんかしただろ。学園長の娘に手を出すなんて恐ろしいことやるなぁ……近寄らんとこ」
面倒事は嫌だと言わんばかりにレンと距離を取るセザール。
一人になってしまったが、黙々と課題をこなすレン。
すると、一人の女子生徒がレンの元に駆け寄ってきた。
「……すごい」
体格は小さく、レンの胸元くらいしかない。胸も小さいので相当年下に見える。しかし、ボブくらいの黒髪に緑色の瞳が美しい少女であった。
「すごいって、何が?」
レンは与えられた課題を普通にこなしているだけである。特別な事は何一つしていない。
「あなたの魔法、とっても綺麗。どうしたらこんなに綺麗に出来るの?」
感情に乏しい表情で、そう尋ねてくる。
「どうしたらもなにも、普通に魔法を使っているだけだよ。そもそも綺麗っていうなら向こうで高密度で形状変化を取り入れた魔法を作っているマクファーソンのほうがよっぽど綺麗じゃないか?」
「アレは魔力を押し込めてるだけ、ただの力技。あなたのはもっと無駄なく、魔力の漏れも綻びもない、完璧な魔法」
最初は何かの間違いかとレンは思ったのだが、どうやら本気で言っているらしい。
「君、感知能力でも持っているのかな?」
感知能力とは、魔力の流れや反応、密度等を感じることが出来る特殊体質である。
「いいえ。でもわたし、結界魔法を特に勉強しているから、あなたの凄さが分かる。相当な結界魔法が使えるよね」
「……君の名前は?」
「クロエ・ホルム。……わたしのこと、見覚えない?」
クロエと名乗る少女はレンの事を以前から知っているような口ぶりで尋ねてくる。
「ボクの事を知っているのかな?」
「知ってるよ。レンのことは、ずっと前から」
暗部の人間か? それとも七賢人関係の人間か、レンは記憶を探るが、その名前と容姿に思い当たる節はない。
「思い出せないや。どこかで知り合ったかな?」
「……アセス児童養護施設って聞いたら思い出せる?」
アセス児童養護施設と言えば、レンが過去に捨てられた孤児院である。
「もしかして、あそこに居た子?」
レンがそう尋ねると、クロエはコクリと頷いた。
孤児院時代の記憶は、レンにとってかなり希薄だ。最強魔道士育成プログラムの際に不要な記憶は忘れるように教育されていたからだ。
「なるほど、同郷だったんだね。でもあそこに居た魔道士は……」
あの孤児院に居た魔道士は、全て最強魔道士育成プログラムに投入されている。しかしレンにはその記憶がない。
「わたし、レン達が国に保護されるちょっと前に、ホルム家に引き取られたから」
ようやく全てが繋がったようにレンは納得する。しかし、国に保護という名目を使っているのが皮肉な話だ。
「そうだったんだね。忘れていて申し訳ないけど、改めてよろしくね」
レンが手を差し出すと、クロエはその手を両手でぎゅっと握りしめた。
「うん。次はもう絶対に離さないから」
何やら意味深な言葉を発しながらも、レンとクロエは再開の挨拶を交わした。
「皆さん終わったようですね。それでは次の課題を出しますよー」
パンパンと手を叩いて講師が生徒たちを集める。
「次は簡単な攻撃魔法を使って頂きます。私が魔法で作る動く的に対して指示した魔法で破壊してみてください。”エネルボール”」
講師はそれなりに密度の高いエネルボールを作成し、グネグネと闘技場内を動き回らせる。飛ばすだけなら簡単だが、意のままに動かすのはそれなりに訓練が必要な技術だ。
生徒は一人ずつ魔法を放ち、破壊するまでの時間を測定するらしい。
ひとまず的がどのような動きをするのか、様子を見た方が有利だろうと多くの生徒は周りを伺うようにしていた。
「では、俺からやらせてもらいましょうか」
アレクが一番手を名乗り出る。
「分かりました。私がスタートと言ったら魔法を発動させてください。それでは、スタート!」
講師が開始を宣言した瞬間、なだらかで規則的な動きだったエネルボールが高速で不規則な動作に変わる。
その操作技術は、曲がりなりにもバエス魔道学園の講師であることが伺えた。
「”エネルショット”!」
アレクがそう叫ぶと、魔法で生成された半球状のエネルギー体が飛び出す。それは一撃で的に命中し、講師の魔法を破壊した。
「これだけ不規則に動く物体を一撃で捉え、破壊するとは。流石はマクファーソンくんですね」
タイムは約2秒、ほぼ最速と言っても差し支えないだろう。
アレクの早業にたじろいだのか、次にやろうという生徒は中々現れない。
「あたしがやるわ」
セシルが名乗りを挙げる。
「クラインさんですね、それでは、スタート!」
講師の合図と共に、エネルボールが先程とは違う動きで実技演習場内を駆け回る。
「……”エネルショット”!」
セシルが魔法を発動させるが、的に掠っただけで破壊とは至らない。
元々エネルショットという魔法は直線的で応用性の低い魔法だ。込める魔力次第で速度や威力は上がるが、それだけでしかない。
つまりこの課題は、最大限発動する魔法の威力と速度を上げつつ、正確に的を撃ち抜く必要がある。
「クッ、”エネルショット”!」
セシルが二度目の魔法を放つ。しかし、焦りのせいか今度は的にかすりもしない。
流石にこのままではマズいと思ったのか、一旦深呼吸をするセシル。
「ふぅ……”エネルショット”!」
三度目の魔法でようやく的を撃ち抜くことが出来たのだった。
「はい、約15秒ですね。これでも十分早いスピードだと思いますよ」
確かに、二度目の焦って撃ったものを除いては、一度外してからのリカバリーとしては悪くない、そうレンは分析していた。
セシルが終わってからは、徐々に課題を受け始めていった。大体クラス平均としては1分ちょいといったところか。
想定以上に講師の的の操作技術の高さと、エネルショットしか使えないという縛りが厳しいのだろう。多くの生徒が苦戦を強いられていた。
そんな中、レンの順番がやってくる。
「モーリスくんは、初めての実技演習ですので、出来なくともあまり気負わずにやってみてくださいね。では、スタート!」
講師の合図で的が縦横無尽に動き回る。
しかし、不規則に見えるその的の動きは、見ている内に規則性がある事をレンは気付いていた。
いくら不規則にやろうと意識しても、結局は人間の操作だ。クセや偏りは必ず存在する。
それに合わせて、レンは予め軌道を予測して魔法を発動する。
「”エネルショット”」
レンが放った魔法は吸い付くように的に向かい、直撃した。
「わぁ、威力もスピードも上げずに完璧に狙い撃つなんて、素晴らしいですね!」
講師が感嘆の声をあげる。
タイムは約3秒。アレクは魔法の速度も上げていたので、純粋に技術だけで言えば同等のタイムと言えるだろう。
「スゲェ! レンってこんな実技出来たんだな!」
セザールが感心したようにやってくる。
「最後の方だったからね。魔法の動きが予測できたんだ」
「へぇー、俺にはランダムに見えたけど、予測できるもんなんだな」
「特に講師はこっちの魔法を見ていなかったからね。見てから回避させるってのもしないと思ったんだ」
意識的かどうかは置いといても、そこが課題の肝であるとレンは考えていた。
「……フンッ、まぁまぁやるじゃない」
後ろでセシルが悔しそうにそう口にしていた。
「それでは本日の実技演習は終了となります。皆さん、気をつけて帰ってくださいね」
講師のその言葉で、生徒たちは散り散りになって帰っていく。
こうしてレンの学園生活初日は幕を閉じたのだった。




