後日談
アレクを倒してからというもの、レンはクラスメイトからやや特殊な視線を向けられていた。
「しかし、アレクを模擬戦で倒すなんて、やっぱり実技も出来るんじゃねえか」
セザールが小突くようにレンに絡む。
「セザールも見てただろ? たまたま上手くいっただけだよ」
不意打ちのような一撃、別に開始宣言をされていたので不意打ちでも何でも無いのだが、アレでレンがアレクよりも優れた魔道士であるとは誰も思わないだろう。
「ま、運も実力の内ってな。でも、術式固定魔具なんていつも持ち歩いているのか?」
「まぁね。アレで頭を撃ち抜けば人を殺せるくらいの威力はあるから」
相手を殺すのに強大な魔法など必要ない。人間の身体を貫けるエネルギー体を作れれば、それで十分である。レンは今までの経験から、そのような持論を持っていた。
「おっかないけど、そうだよな。エネルショットだけでも威力や狙い所次第では簡単に人は死んじまうんだよな。魔法を当たり前に使ってると麻痺しちまうけど」
無論、防御する術はある。だが当たれば死ぬ。強大な魔法という力に対して、人という身体はあまりにも脆い。
「そもそも手を抜いてたってのが誤解なんだけどね。魔力をあまり使いたくないだけで、授業自体は真面目に受けてるよ」
それは基本的に本音であった。レンの魔力量はクラスでも中間程度。アレクやセシルのような大容量の魔力を持っている者とはかなりの差がある。
「そこそこ出来る上に余裕そうな顔してっからそう見られるんだよ」
セザールからすると、レンは一通りの事は問題なくこなせる、比較的優秀な生徒というのが所感であった。
特筆すべき点があるわけではなく、所謂秀才という立ち位置にいる。それはレンの狙いでもあった。
「余裕ってわけじゃないさ。アレクの言ってた通り、小手先の技術がちょっと出来るってだけだよ」
「確かに細かい魔法操作は得意みたいだよな。魔具を変えれば出力も上がるんじゃないか?」
レンの人工魔具を見てセザールが尋ねる。
「昔からこれで慣れ親しんでいたから、下手にちょっといい魔具に変えると、逆に魔法操作が難しくなっちゃうんだよ」
嘘である。レンの人工魔具は練習用の魔具の形を模しているが、現七賢人で人工魔具制作で最高峰の権威であるマルゲリット・ヴェルディエ特注の、一級品の人工魔具だ。
天然魔具にも引けを取らない性能を誇っている上に、カモフラージュ出来る点はレンも重宝している。
「なるほど、ランクの低い魔具だからこそ、細かい操作も出来るって側面もあるのかもしれないな」
実際にそういった側面は存在する。程度の低い人工魔具は出力やレスポンスが落ちる代わりに、扱いやすいという点は教育にとってそれなりに有用である。
「ところでレン、クラインさん達との自主練習に行かなくてもいいのか?」
「そうだった。それじゃあセザール、また明日」
そう言ってレンは教室を後にした。
セシルとの魔法の自主練習は、もはや毎日の恒例行事と化していており、それにクロエがついてくるのも当たり前になりつつあった。
「というか、ずっと気になってたんだけどレンって転入前は何してたのよ。やたら魔法の扱いが上手いし、やり方はどうあれ、マクファーソンにも勝っちゃったし」
「私も気になる。レンが孤児院を出てから何をしていたのか」
「別に普通だよ。国が作ってた魔道士養護施設で生活していただけだよ」
以前クロエが国に保護されたと言っていたので、それに沿った嘘を並べ立てる。
「でも、ならなんで最初から入学しなかったのよ。養成施設の魔道士ってほぼ全員魔道学園に入るものじゃないの?」
その意見はもっともである。政府が運営する魔道士養護施設は、全寮制の魔道学園に入学するまで、親のいない魔道士の面倒を見るという場所である。
しかし、レンが入っていたのは魔道士養護施設ではない。実際は最強の魔道士を人工的に作り上げる為の地獄のような場所であった。
最強魔道士育成プログラム。非人道的な訓練を行い、魔法の才に優れていなくとも、最強の魔道士を人工的に作り上げる実験計画。結局レン以外五体満足とまともな精神状態を保ち続けていた者はいなかったが。
その計画自体関係者と七賢人以外知らない存在であり、現在は倫理的な問題と成功個体が少なすぎた為、廃止となっている。
「最初はその予定だったんだけど色々とゴタゴタがあってね」
当然そんなものをセシル達に説明するわけにはいかないので、はぐらかす。
「レンって肝心な事は何も話さないわよね。別に深く詮索する気もないけど」
誤魔化している事自体はバレているようで、セシルがジトッとした目でレンを見る。
「まぁいいじゃないか。こうして練習にも付き合ってるわけだし」
セシルの自主練習に付き合っているのは、学園長に仲良くしてほしいと頼まれたからで、レン本人の意思ではない。
「確かにそれは有り難いけど、その度にレンという人間がよく分からなくなってくるのよ」
セシルとの自主練習では、それなりに実用的な事も部分的に教えたりもしている。本来であれば適当に教えればいいだけなのだが、何故かレンは真面目に彼女らに魔法を教えていた。
無論、暗部に繋がるような事を教えてはいないが、魔法を教えることでやがて暗部でなくともレンが普通の魔道士では無いことは露見してくるだろう。
顔や姿、得意魔法でさえも開示してしまっている七賢人に代わり、裏で危険因子の暗殺や表立って行えない殺戮を行う組織である暗部。
レンの得意な戦闘スタイルや魔法からも、知っている者からすればバレてしまう危険性があるだろう。
「さて、それじゃあ練習を始めようか」
そんな危険性が有りながらも、セシル達に魔法を教えている理由は、レン自身も深い意味では理解していなかった。しかし、漠然とした危機感は感じていた。
「今日の練習内容だけれど、レンって術名破棄以外にも魔具を持たずに魔法使ってたわよね。あれってどうやるのよ?」
「あれは原魔法を注入する時に手に魔具を持つ事が最も意識を集中させやすいだけで、身体の近くに魔具があればどこでも魔法を発動できるんだよ」
殆ど肌が接触していないブレスレット型の魔具で魔法を発動できるのと、原理的には同様である。
魔力は身体を血液と同様に循環しており、速度的にもどこが最も効率的だという事はない。
「確かに魔法を習い始めた頃に手に魔力を集めることは基礎として教わったけど、別に手じゃなくても構わないのよね」
そう言ってセシルは自身の杖型の魔具を地面に置き、魔法を発動させようと試みる。
しかし、魔法は一向に発動する兆しすら見えなかった。
クロエも自身の魔具をしまい、魔法を発動させようとするが、成功しない。
「これは結構訓練が必要だから、根気良くやらないと難しいかもね」
魔具によってはあまり必要のない技術ではあるが、小さい魔具であればそれなりに有用だ。それに、魔力操作の精度も上がる。
特にレンにとっては、ある事情からも必須とも呼べる技術であった。
レンが魔具を腰に差したまま、エネルボールを発動する。
「……やっぱり、レンの魔力操作能力はそこらの魔道士とは違う気がする」
セシルが不満と疑問の入り交ざった様子で呟く。
「どうせ、上級魔法もかなり使えるんじゃないの?」
「上級魔法は使えないよ。簡単な中級魔法と初級魔法だけさ。使える魔法を最大限有効に使えるよう努力はしてるけどね」
「ふぅん、ま、そういう事にしておくわ」
納得はしていない様子でセシルは再び魔法を発動しようと試みるが、成功しない。
クロエは元々ブレスレット型の魔具を利用していたからか、歪な形のエネルボールを作り出すことに成功していた。
「レンが凄いのは確かだけど、セシルはただ下手なだけ」
無表情だが、勝ち誇ったような様子でクロエが言い放つ。名前で読んでいるのは、セシルが指示したものだ。
「アンタもアンタでムカつくわね。孤児院出身者はムカつくやつばかりなのかしら」
差別とも取れかねない言葉だが、この場には3人しかいないこともあり、当たり前のように聞き流される。
「孤児院出身の2人にも魔法で及ばないクライン家の娘。プッ」
表情を変えずに笑うクロエだが、それが余計にセシルの気にふれたのか、自らの魔具を取って踵を返す。
「今日の練習は終わりよ! 特にクロエ! アンタは後で絶対見返してやるんだから」
クロエは満足気にレンの横で再び魔具を持たずに魔法を発動する練習を続けている。
レンは今後どう立ち回っていくか、考えさせられていた。




