入学試験?
「ここが学び舎で、日中はここで過ごします。ひとまず建物の説明はこんなところでしょうか」
学園長についていき、学園のルールや全寮制なのでその過ごし方、建造物の説明を受けるレンと未だに仏頂面のセシル。
「なるほど。だいたい分かったけれど、侵入者に対する迎撃とかは学園生はやらないの? 防衛用の施設としてはあまりにも貧弱に見えるけど」
「基本は私の結界魔法でなんとか出来ております。それに、この学園の近くには七賢人の拠点の一つがあります。
そのため、私の結界と同時並行で救援要請を出せばすぐに駆けつけてきてくれることでしょう。それほどの前例はあまりありませんけれど」
どうやら、この学園は過去比較的安全であったらしい。学園長の結界のおかげか、近くに七賢人の拠点があるおかげかは不明だが。
あくまで危険な実戦はさせず、安全に魔法を学ぶ場としてこの学園は存在しているようだ。
ただ、これからもその体制で学園生を守りきれるのかと疑問は残ったが、自分の任務と関係がないのでレンは突っ込むことはしなかった。
「レン、貴方も今まで色々あったとは思いますが、この学園では学園生として伸び伸びと過ごして欲しいと思っています」
学園長はレンの過去を知る数少ない人物の一人だ。そしてレンを学園に引き込んだのも彼女であるからこそ、そのような言葉が出てくるのだろう。
「つか、なんでコイツはこの学園に転入してくるの? 今までこの学園じゃ転入とかなかったって聞いたんだけど」
今までずっと不機嫌そうに黙りこくっていたセシルがそんな問いかけをしてくる。
「理由は色々とありますが……彼は、貴方達にとっていい刺激になると思いますよ」
はぐらかしつつも、そう答える学園長。実はレンにとっても何故彼女が自分を学園に引き込んだのかは理解できていない。
「コイツと一緒に授業受けるなんて、あたし嫌よ」
セシルがそんな不満を漏らす。
「コイツ、なんて言い方をしてはいけませんよ。彼はもう貴方と同じ学園生なのですから」
「でも! コイツあたしの着替え覗いたし、それをなんともなかったかのように平然としてるし、ムカつくのよ! あたし、コイツの編入なんて絶対認めない! どうせママがどこかから連れてきたんでしょ!」
学園長がレンを引き抜いてきたのは事実なので、彼女は複雑な表情を浮かべている。
「じゃあどうすれば認めてくれるのかな?」
純粋に疑問に思ったレンが問いかける。
レンとしても任務として学園に向かった身なので、学園を追い出されることは避けたい。
ここは一つ彼女を納得させてみようと思ったのだ。
「あたしと勝負しなさい! それで勝ったら、アンタの転入を認めてあげるわ」
どうやら、彼女はレンに最初に力でねじ伏せられた事が気に食わなかったらしい。
「でも、この学校では人に向けて魔法を使ってはいけないんだろう?」
「模擬戦なら話は別よ。ちゃんと申請すれば、認められるわ。ここにはママもいるし、問題ないでしょ?」
「ボクは構わないよ。むしろその程度で納得してくれるのなら、安いものだと思うのだけど」
元々レンは戦い、殺しで生きてきた人間だ。一対一での戦闘は得意な方では無いが、下手な対話よりも一番分かりやすい方法である。
「……分かりました。認めましょう」
学園長が認めたくは無いが、渋々といった形で了承する。
「そうこなくっちゃ。ルールは先に魔法を相手に直撃させた方の勝ちって形でどうかしら?」
「大丈夫だよ」
「決まりね。さっきは不意を付かれたけど、あたしの実力はこんなもんじゃないから!」
ずっと手に持っていた杖を構えて、臨戦態勢を取るセシル。
「ほら、アンタも早く魔具を取り出しなさい!」
魔具とは、魔法を発動させる際に必要になる道具。これに原魔法を注入することで魔法が発動する。
「ちゃんと持ってるよ」
レンは自分の腰に刺したナイフ風の魔具を指差す。
「ふざけてるの? それって安物の人工魔具じゃない。そんなものであたしとやり合おうっていうの?」
「別に魔法を発動させるには支障はないからね」
確かに魔法を発動させるだけなら天然魔具でも人工魔具でも変わりはしない。しかし、出力や発動速度、魔法のアシスト機能に大きな違いが出る。
レンがそう言うと、セシルは鼻で笑う。
「あたしをナメてかかったこと、後悔させてやるわ。”フレイムフロア”!」
セシルがそう叫ぶと、レンの足元を基点に円状の炎の床が生成される。
しかし、レンの靴が溶けることはなかった。
なぜなら、レンの身体は少しであるが浮いていたからだ。
「……エネルムーブ、魔具も持たずに術名破棄!? しかもそれだけ精密な動作を……!」
エネルムーブは対象、主に身体を任意の方向へ押し出すという基礎的な魔法である。ただ単純が故に扱いがシビアだ。
基本は身体能力に軽く上乗せをする形で利用することが多く、浮遊や飛行などを行うにはかなりの訓練が必要な魔法である。
「でもその魔法、次の魔法に移行するときにバランスを崩しやすいけど、大丈夫かしら? ”フレイムショット”!」
そう叫んだセシルの魔具から炎の球が6発発射される。どれもかなりのスピードで、相当身体能力が高くとも避けることは難しいだろう。
しかし、レンが浮いたまま高速で動くことで、その球はどれも彼には当たらなかった。
「ウソ!? ……なら、”フレイムワーム”!」
すると、セシルの杖から太いロープのような炎が10本程現れ、レンの周囲を取り囲み、襲いかかる。
しかし、レンはそれを予見していたかのような動きで炎のロープを避け、距離を詰めていく。
「なんで当たらないのよ!」
そう言い終える前にレンはセシルの目の前に移動しており、彼女の眼前に手をかざす。
直後、トンと押されたようにセシルの身体は後ろに倒れ込んだ。
「勝負ありだね」
当然かのように歩き去るレンに、セシルが不満を爆発させたように叫ぶ。
「待ちなさい! あんな安物の人工魔具であれほどの芸当、アンタ一体何者よ!」
「何者って言われても……魔道士だけど」
そんなのは分かってると言わんばかりに、セシルは学園長の方を見ると、もういいだろうという様子でセシルを見ていた。
「とりあえず、これでボクが転入することは認めてもらえるよね?」
「クッ……言ったことに二言は無いわ。転入は認めてあげる。ただアンタのことを認めたわけじゃないからね!」
そう捨て台詞を残して歩き去るセシル。
よくわからない言葉遣いに首を傾げるレンだが、学園長はうんうんと頷いているので、きっと間違いでは無かったのだと判断する。
「それにしても、こんなやり方でよかったのかい?」
レンが学園長に尋ねる。
「十分です。エネルムーブだけでも十分に戦闘になるという事を理解してもらえればよかったのです」
模擬戦が始まる前、結界魔法の応用で学園長はレンにのみ聞こえる遮音空間を作り出し、そう指示を出していたのだ。
「でも、先に防御魔法を展開されていたらエネルムーブは当てられなかったよ。そもそもアレは攻撃魔法ですらないし」
「相手が意識する前に相手の懐に入り込むのは、貴方の得意分野でしょう?」
「素人が相手だったからだよ。そもそも向かい合っての一対一の戦闘は得意じゃない」
「貴方も謙遜が過ぎるのではないですか? 私はもう七賢人ではないので詳しくは知りませんが、噂くらいは耳にしていますよ」
「婆さんのおかげだよ。あの人が作った魔具がなければボクはただの傭兵に過ぎないよ」
「マルゲリット・ヴェルディエ……彼女とは随分親しくしているみたいですね」
「うん。七賢人の中じゃ婆さんが一番面白いし、いい魔具をくれるからね」
「あの狂人を面白いと言うのは貴方くらいですよ。確かに人工魔具の発展には欠かせない存在であることは否定しませんが」
過去に何かあったのだろう。学園長は渋い表情を浮かべている。
「話が脱線しましたね。レン・モーリス。入学前から頼ってしまいましたが、本当は貴方には、普通の学園生として生活していただきたいのです」
「レイモンド国王からもそう言われているよ。普通に卒業しろって。任務と言えるかよく分からないんだけど、とにかく暗部のことがバレなきゃいいんだよね?」
言葉の前に遮音結界を今度はレンが張り、そう答える。
「そうですね。そして貴方が七賢人であった事も。また、例の魔具も極力使わないほうがいいでしょう。あれはヴェルディエ卿の特注魔具でもあるのですから」
「実はこっちの人工魔具も婆さん特製なんだけど、大丈夫かな?」
レンは腰に挿しているナイフ型の魔具を指す。
「それくらいなら構いません。心配なら安いグレードのものに買い換えるのもいいでしょう」
「わかったよ。見た目は変わらないし、使い捨てで色々と持ち歩いているのもあるから、大丈夫だと思う。それに、いざって時にないと困るしね。
ありがとう学園長。それじゃあまた明日、よろしくね」
「そのいざという時が来ないために、貴方をこの学園に呼んだのですよ、レン・モーリス」
そう呟いた学園長の言葉は、レンに届くことは無かったのだった。




