第4話:仮面舞踏会と、毒を盛る者たち
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ついにやってきた王宮の夜会。華やかなドレスや音楽が飛び交う表の舞台の裏で、宰相派の貴族たちが新たな陰謀を巡らせて空に近づいてきます。
社交界という名の泥仕合で、十二歳の主人公・空がどのような冷徹な対応を見せるのか。そして、一族を揺るがす新たな悪意の片鱗をお楽しみください!
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モクモク王国の王宮大広間は、数多のシャンデリアが放つ黄金色の光と、貴族たちの着飾ったドレスや宝石の輝きで満ち溢れていた。
管弦楽団が奏でる優雅なワルツの旋律が天井高く響き渡り、ワイングラスが触れ合う軽やかな音がそこかしこで聞こえる。表向きは、我が国の平和と、それを支える英雄たちを祝福するための至福の宴だった。
だが、その華やかな空気の底流には、ねっとりと湿った悪意と探りの視線が渦巻いていた。
「……眩しいな」
広場の隅、柱の影にひっそりと佇む一人の少年が、低く呟いた。
連才空、十二歳。
仕立ての良い漆黒の正装に身を包み、胸元には連才家の紋章である「影の刃」を象った小さなブローチが光っている。その整った容姿と、どこか冷ややかな雰囲気を纏った幼い貴公子は、周囲の貴族たちにとって格好の興味の対象だった。
「あれが、あの『連才』の長男か……噂には聞いていたが、まだ子供じゃないか」
「おい、声が大きい。あの一族の恐ろしさを忘れたのか? 隣国の要人たちを次々と闇から葬ってきた、本物の殺人鬼の血を引いているんだぞ」
「ふん、所詮は平民上がりから成り上がった新参者だ。今回の王国への貢献で調子に乗っているが、宰相様がご用意された『手土産』の前では、どうせすぐに尻尾を巻くさ」
遠巻きに聞こえてくるヒソヒソ声や、好奇と警戒が入り交じった視線を、空はまるで心地よいそよ風でも受けるかのように完全に無視していた。
(人間とは、群れるとどうしてこうも愚かな臆病風に吹かれるのか)
前世の記憶を持つ空にとって、こうした権力者たちの社交場は、ただの「無駄なエネルギーの消耗戦」にしか見えなかった。武器を持たず、言葉の裏に毒を仕込み、笑顔を貼り付けながら相手を蹴落とし合う。それは暗殺の世界と本質的に同じだが、より陰湿で非効率的だった。
「おや、噂の連才家の若君ではありませんか」
そこへ、ねっとりと這い寄るような低い声がかけられた。
空が静かに視線を向けると、そこにはふくよかな体型に派手な刺繍の入ったコートを着込んだ男が立っていた。宰相派の重鎮として知られる、バルトロ伯爵である。その目は笑っておらず、薄ら笑いを張り付けたまま空の足元から頭のてっぺんまで品定めするように見つめていた。
「これは、バルトロ伯爵」
空は表情を一切崩さず、形式的ながらも完璧な礼を取った。子供らしい怯えも興奮もなく、ただ底の知れない黒い湖のような瞳で相手を見据える。
バルトロはわずかに目を細め、面白がるような、あるいは警戒するような笑みを深めた。
「いやはや、お若いのに見事な佇まいですな。今回のマケマケ、ミケ、そしてペコペコ王国にまつわる一連の『急変』……我が国の安全保障が保たれているのは、ひとえに連才家の皆様の『お陰』だと、王宮内でももっぱらの噂ですぞ」
最後の「お陰」という言葉に、わずかな皮肉と毒気が含まれていた。
周囲の貴族たちが、息を潜めて二人のやり取りに注目している。彼らは、新参者で急速に力をつける連才家が、王宮の古参である宰相派によってどこまで追い詰められるのかを見物しようとしていたのだ。
「身に余るお言葉です。我が家はただ、モクモク王国の繁栄と平穏のために、影から微力ながら尽くしているに過ぎません」
空が淡々と返すと、バルトロはフッと鼻で笑った。
「微力、ですか。国境を揺るがす大国の大物を次々と、それも一切の痕跡を残さずに消し去る技術が『微力』とは、何とも謙虚なことですな。……ですがね、若君。国というものは、表の法律と秩序、そして『正当な騎士道』によって成り立っている。影でコソコソと暗闘を繰り広げるような『不確定要素』がいつまでも野放しにされているのは、王国の将来にとって本当に健全と言えるでしょうか?」
それは明確な揺さぶりであり、宣戦布告だった。
——お前たちのやっていることは邪道であり、いつまでも王国が許すと思うな、という脅しである。
周囲の空気が一瞬でピリッと張り詰めた。
平民出の成り上がり貴族に対するマウンティングであり、連才家を自分たちのコントロール下に置こうとする宰相派の常套手段だった。
だが、空の心拍数は一ミリたりとも上がっていなかった。
(なるほど。自分たちの権力が脅かされるのを恐れて、まずは言葉で威圧し、従わせようというわけか)
空はグラスに注がれた葡萄酒にそっと視線を落とした。その液体は赤く、まるで血のようだった。
「伯爵」
空は静かに、しかし先ほどよりも一段低いトーンで口を開いた。
「世の中には、『正当な騎士道』だけでは守れないものがあります。あなたがこうして暖かい大広間で甘い葡萄酒を飲み、優雅にワルツを踊っていられるのは、その『不確定要素』が夜の闇で王国の代わりに血を流し、すべての脅威を刈り取っているからだという事実を……ご存じではないのですか?」
「なっ……!」
バルトロの顔色が変わった。まさか十二歳の子供が、これほどまでに容赦なく、かつ論理的な鋭利さで自分を言い返してくるとは思っていなかったのだ。肥えた身体が怒りでわずかに震える。
「小僧、口の聞き方に……!」
「それとも、伯爵」
空はバルトロの言葉を遮り、その瞳の奥にわずかに「黒い魔力」をちらつかせた。常人には気づかれないほどの微細な呪圧が、周囲の空気をわずかに凍りつかせる。
「我が家のやり方に不満がおありですか? それとも、ペコペコ王国のレナートのように、あなた自身も『影の真実』をその身で確かめてみたいと……そうお考えですか?」
「っ……!」
バルトロは、空の双眸の奥に宿る「本物の死の気配」を瞬間的に察知した。
それは政治の駆け引きなどではなく、目の前の少年が「自分をいつだって殺せる」という紛れもない事実だった。冷や汗が一気にバルトロの背中を伝い、彼の足をすくませる。言葉が出ない。喉の奥がキュッと締め付けられたように、息が詰まる。
「……ふ、ふん。さすがは連才家の血筋、気宇壮大だな。失礼した、お邪魔したようだ」
バルトロはこれ以上ここにいれば自分の命が危ういという本能的な恐怖に突き動かされ、それ以上何も言い返すことなく、そそくさとその場から逃げ出すように立ち去っていとまごいをした。
周囲の貴族たちは、あの肥え太った実力者であるバルトロが、十二歳の子供にたじろいで逃げ出した光景を見て、どよめきと恐怖の入り交じった視線を空へと向けた。
(やれやれ、これだから社交界は面倒くさい)
空は静かに息を吐き、葡萄酒のグラスをテーブルに置いた。
騒ぎを起こしたわけではないが、これで宰相派が自分たちを警戒し、さらに露骨な手段に出てくることは確実だった。
その時、大広間の遠く離れたテラスの向こう側から、冷ややかな視線が空に向けられているのを、彼の鋭い感覚が捉えた。
それはバルトロのような俗物ではなく、もっと洗練された、そしてどこか異質な、王国以外の気配をまとった何者かの視線だった。
(……新しい客人のようだな)
空はグラスを置き、静かに微笑んだ。
王宮の仮面舞踏会の裏で、モクモク王国を揺るがすさらなる巨大な陰謀の歯車が、音を立てて回り始めていた。
第4話をお読みいただき、ありがとうございました!
王宮の夜会で宰相派の重鎮バルトロ伯爵を冷徹な言葉と威圧で一蹴した空。着実に政治的にも存在感を増していく中、新たな不穏な気配がテラスの向こうから忍び寄ってきます……!
次回、いよいよ謎の来訪者との対峙、そして新たな任務が幕を開けます!




